73.託す想い
「皇帝と水晶の撃破を確認! よし、今行くぞ!!!」
サーラとシュナイダーが戦っている場所から遠く離れた場所。その荒れた荒野にひとり立つリュードが掛けていたメガネを外しひとり言う。
離れた場所の様子が見える狩り専用アーティファクト『遠視眼鏡』。そして子供用のおもちゃ弓『子供用弓玩具』。アーティファクターの力を白き矢に変換し放つ玩具だが、リュードが使えば強力な遠距離武器となる。
「これは、これは一体どう言うことだ……」
シュナイダーが唖然とする。
魔法ではない。かと言って通常の弓矢による攻撃でもない。考えられるのはアーティファクト。だがこの領域はヘルリナの力でアーティファクトは封じられているはず。
「へ、ヘルリナ……」
シュナイダーがゆっくりと立ち上がり、水晶が割れ青白い顔で佇立する彼女の元へと歩み寄る。
「ご、ごめんなさい。水晶が……」
アーティファクトの力を封じる水晶。それが破壊されたと言う意味はシュナイダーも十分理解していた。
「コンナ、こんなコトが……」
わなわなと震えるシュナイダー。剣や鎧にアーティファクトの力が戻って来ているのを感じる。だが、それはつまり奴が現れたら敗北することを意味する。
「何が起こったのです!?」
サーラが負傷し蹲るリーゼロッテの元へと行き声を掛ける。リーゼロッテが答える。
「あれはアーティファクトの力じゃ。そう、あんなことができるのは……」
「ガルウウウウ!!!!!」
皆の目にその勇者が映った。ヘルハウンドの背に乗り再び現れたサイラスの希望が皆に言う。
「みんな、大丈夫か!! 後は俺に任せろ!!」
「サー様……」
「リュード様!!」
サイラス王国第三王子リュード・サイラスが再び戦場へと舞い戻って来た。リュードが負傷し起き上がれないベルベットの隣に行き言う。
「長兄、これ借りるぜ」
「ああ、好きにしろ」
リュードはベルベットの大剣を手に取り、ゆっくりとシュナイダー方へと歩き出す。ベルベットが思う。
(ああ、この俺があいつを見て安心しちまうなんてよ。全く笑っちまうぜ……)
リュードの後姿。皆の期待をすべて背負い歩く姿。それは間違いなく勇者そのものであった。
「サー様……」
リュードがリーゼロッテに言う。
「リーゼ、よく頑張ってくれた。さ、戻って怪我の治療しな」
「……はい。でもサー様。決して無理はせぬよう」
「ああ、大丈夫だ」
そう言って軽く手を上げるリュードを見てリーゼロッテが言う。
「サー様!」
「なに?」
リーゼロッテに向ける優しい眼差し。思わず目に涙を溜め言う。
「消えないで。わらわの前から、もう二度と消えないで、サー様……」
リュードはそれに再び手を上げ歩き出す。
「リュード様」
サーラが全身の傷を押さえながらリュードに声を掛ける。
「よくやってくれた、サーラ。ありがとう」
「良かったです。でも相手は強大。お気をつけて……」
「ああ」
リュードは大剣を肩に担ぎ、再び歩き出す。サーラが思う。
(どうしてかしら? リュード様は何か戦いとは別のことをずっと考えているような気がする……)
サーラもリーゼロッテ同様、歩き出すリュードを見て特別な感情を抱く。
「随分やってくれたな」
ベルベットの大剣を構えリュードがシュナイダーに言う。全身から血を流し、真っ赤に染まった剣を向けながらシュナイダーが尋ねる。
「なぜ、なぜアーティファクトが使えたのだ!!」
リュードが苦笑して答える。
「ああ、キャンサーのことだろ? 俺の居た時代にも存在したさ、もちろん」
「!!」
それはシュナイダーにとって想定外のこと。アーティファクター同士の戦いを経験したことのない彼にとっては思いもよらぬことだった。リュードが言う。
「アーティファクトキャンサーってのは、その能力によって無効化できる範囲が決まってるんだよ。あの子は結構強い力があったから随分遠くまで離れなきゃならなかったけどな」
「そ、そんなことが……」
知らなかった。考えもしていなかった。無効化できる範囲が有限だと言うことなど。リュードが言う。
「だから俺は範囲外まで走り、そこから遠距離攻撃を行ったってわけ。遠くが見える眼鏡と弓で」
そう言って懐から眼鏡と玩具の弓を取り出しシュナイダーに見せる。
「ちなみに白い矢はアーティファクトの産物だけど、アーティファクト自体じゃないから無効エリアでも使えるんだぜ」
「くそっ……」
シュナイダーが怒りの表情を浮かべる。すべてが計画通りだった。武力で押し、敵将を篭絡させ、万が一のアーティファクト対策も万全だった。それが、それがたったひとりの男によって今崩れ去ろうとする。
「だが!!」
シュナイダーが全身から血を吹き出しながら叫ぶ。
「キサマを殺せば、ナニも問題はない!!!!」
そう叫びながらリュードに突撃するシュナイダー。リュードはそれを冷静に見極め、大剣で応戦する。
ガガガガガ、ガガガガン!!!!!
流れるようなシュナイダーの剣撃。速く、重い攻撃は一切衰えを見せない。だが、それを遥かに上回るリュードの剣捌き。重い大剣をまるで手足の如く扱い、余裕を持ってシュナイダーの攻撃をいなして行く。
「はああっ!!!」
ドオオオオン!!!!
「ぐっ……」
そして撃ち込まれるリュードの剣撃。鈍い音を立て、血に染まったシュナイダーの体へと打ち込まれる。
「はあはあはあ……」
肩で息をするシュナイダー。力を取り戻した『慈悲の鎧』のお陰で傷は回復していくが、体力や痛みは治らない。それは元持ち主であるリュードのよく知ったこと。間髪入れずリュードが大剣を振り回す。
「うおおおおおおおお!!!!」
ガガガガガガガガガーーーーーーン!!!!
もはや勝敗は明らかであった。
スリースターのアーティファクトを持ったリュードの前に、皇帝シュナイダーは防戦一方となりどんどん後退させられていく。何度も打ち込まれるリュードの剣。シュナイダーはそれに苦痛の表情を浮かべながら応戦する。
「負けない、ワタシは、マケナイ!!!!」
無表情になったシュナイダーが低い声で言う。
(このままじゃこいつ、死んじまう……)
リュードは剣を振りながらシュナイダーのことを案じ始めた。明らかに彼の意思とは別の何かが働いている。それこそ魔物。皇帝に憑りついた悪霊が彼を支配している。
――助けてくれ
(!!)
剣を打ち込むリュードの頭に流れ込んだ言葉。助けを求める声。目の前の、皇帝シュナイダーが発する声なき声。リュードが後方に跳躍し、ふうと息を吐いてから言う。
「……分かった」
一方的な展開。だがどれだけ攻撃しても倒れないシュナイダーとの戦い。皆はじっとその戦況を見つめている。サーラが小声で言う。
「リュード、様……?」
様子が変わった第三王子の背中を見たサーラ。思わず声が出た。リーゼロッテが涙声で言う。
「サー様、や、やめておくれ……」
懐に手を入れるリュード。そして取り出した小さく白い玉を握りしめ、後ろの皆に叫ぶ。
「みんな!!!!」
笑顔のリュード。皆が無言で彼の言葉を聞く。
「リュードをよろしくな!!!!」
「サー様ぁああああ!!!!」
「リュード様っ!!!」
リュードは宝玉を握りしめたままシュナイダーに向かって跳躍。大剣を振り下ろしながら、その白き玉を手で砕く。
「ウ、ウガアアアアアアアアア!!!!!!」
頭を押さえ悶え苦しみ始めるシュナイダー。リュードが自分の中にいる『リュード』に言う。
――お前ならやれる。行け!!
「う、うわあああああああ!!!!!」
震える手。逃げたくなるような状況。それでも第三王子リュードは無我夢中でその大剣を振り抜いた。