71.敗走
『アーティファクトキャンサー』
それはリュード達アーティファクターにとって最も苦手な存在。言わば天敵。どれだけ優れたアーティファクトを持っていようが、その存在の前では無力と化する。
(まさか敵にキャンサーがいようとは……)
リュードの額に汗が流れる。この魔法全盛の時代。忘れられた古代遺物への対応策がとられていたとは驚きだ。
「どうしたニャ?? なぜリュードは動かないんだニャ??」
その様子を見ていたレーニャが首をひねる。近くにいたリーゼロッテが難しい顔をして言う。
「あれはアーティファクトキャンサー。サー様の力を無効化する奴じゃ。あの女」
そう言って皇帝シュナイダーの後方で、神秘的な水晶を持つ茅色の髪の少女を見つめる。ベルベットが尋ねる。
「アーティファクトが使えねえっとことか?」
「そうじゃ」
「だったらあの皇帝も同じだろ? 三大アーティファクトってのが無効化されるんだろ? それならリュードと条件は同じじゃねえか」
皇帝シュナイダーもアーティファクター。彼の持つ三大アーティファクトも無効化される。リーゼロッテが答える。
「ああ、そうじゃ。どんなアーティファクトも無効化される。じゃが、あの装備は元々の能力がずば抜けて高いのじゃ。例えアーティファクトの力がなかったとしても……」
そう言って皇帝シュナイダーに対峙するリュードを見つめた。
「どうした? 古の勇者よ」
一転、余裕の表情となったシュナイダーがリュードに言う。
(昔はキャンサーが居たって戦えていた。俺の装備があったから……)
例えアーティファクトキャンサーが敵に居ようとも、勇者サックスは問題なく戦っていた。何故なら基礎能力が高い三大アーティファクトがあったから。だがそれは今敵の手にある。リュードが仲間達を横目で見ながら思う。
(最悪だ。純粋に今誰も奴に敵わない。とは言え退く訳にはいかない!!)
リュードが剣を構える。アーティファクトの力を無効化された剣。ただの兵士の剣となった武器で、最強の皇帝に相まみえる。
「あーはははっ!! そんな軟な武器でこの私に挑むのか!? 滑稽、滑稽。少しでも勝てると思ったか!!!!」
シュナイダーが全力でリュードに突進。勇者の剣を振り上げ襲い掛かる。
ガン!!!!
「ぐっ……」
シュナイダーの重い一撃。この世界で最高峰の武器に、ただの剣で対抗するのだから無理もない。シュナイダーが叫ぶように言う。
「さあさあ、どうした、勇者!!!」
ガンガンガンガン!!!!
次々と打ち込まれるシュナイダーの剣。彼自身の能力は変わらない。だが武器の性能の差でリュードが押されていく。
「リュード様……」
心配そうに見つめるサーラ。そしてシュナイダーの剣が下段から美しく振り上げられた。
カーーーン!!!!
「!!」
下から弧を描くように振り上げられる勇者の剣。それをいなしていたリュードの剣が、甲高い音を立てて真っ二つに折れた。
「くたばれっ!!!」
そのまま体をひねる様にシュナイダーの蹴りがリュードを襲う。
ドフ!!!!
「がっ!!」
真横からの蹴りを受けふらつくリュードに、今度はシュナイダーが剣を振り下ろす。
ザン!!!!
「ぐわああああ!!!!」
「リュード様っ!!!」
「サー様!!!!」
胸に付けていた軽防具諸共斬られるリュード。幸い傷は浅いようだが血が一気に溢れ出る。シュナイダーが叫ぶ。
「死ね、サックス!!!!」
振り上げられた剣。攻撃を受け、一瞬対応が遅れたリュードの目にその美しい剣が映る。
「サー様っ!! 逃げて!!!!!」
ドオオオオオオン!!!!
雷撃。剣を振り上げた皇帝だけを狙ったリーゼロッテの雷魔法。傷を押さえながら後方へ跳躍するリュードが折れた剣を持って言う。
「ありがとう、リーゼ……」
雷撃の直撃。レーベルト帝国軍からは驚きと心配の声が上がり、そしてレーニャ達は喜びの表情を浮かべる。だがリュードとリーゼロッテだけはその表情を変えなかった。
「……無駄だよ」
雷撃の後、その土煙の中から現れたのは無傷の皇帝。涼しい顔をして佇立している。レーニャが吃驚して言う。
「な、なんで、あいつは平気なんだニャ!?」
「慈悲の鎧、あれはアーティファクトの力が無くても全魔法を無効化するのじゃ」
「ば、馬鹿な!!」
ベルベットが驚いて言う。
「そんな出鱈目な鎧が……」
「あるんじゃよ」
リーゼロッテが汗を流しながら言う。
「それが勇者サックスのアーティファクト」
皆がその美しい鎧に身を包んだ若き皇帝を見つめる。
「くそっ!!!!」
リュードが折れた剣で果敢にシュナイダーに立ち向かう。
「無駄なことを!! そんな武器でこの私に敵うはずなかろう!!!」
ガン!!!!
「ぐっ!!」
折れた剣を軽くいなす皇帝。同時にリュードの体に刻まれる創傷。形勢逆転。先程まではただの剣でもアーティファクトである以上リュードに分があったが、それが根本から覆された。
「じゃあ、あの女をやればいいじゃねえか!?」
ベルベットがシュナイダーの後方に立つヘルリナを見て言う。アーティファクトキャンサー。それならが彼女を倒せばこの状態が解消される。リーゼロッテが首を振って答える。
「多分無理じゃ」
「なぜだ!?」
リーゼロッテがヘルリナが着ている服を指さして言う。
「あれは恐らく『守りの法衣』。魔法攻撃を無効化し、弓矢などの遠距離攻撃にも耐性がある」
「じゃあ……」
そう口にするベルベットにリーゼロッテが答える。
「そうじゃ、近付いて直接攻撃しなきゃならぬ……」
ベルベットが黙り込む。そのヘルリナの傍には無敵の皇帝シュナイダー。彼女から一定の距離を保ちながらリュードの相手をしている。
(つまり、やはり皇帝を何とかしなければならないのか)
そのやり取りを聞いていたサーラが手にした剣にぎゅっと力を籠める。
「ぐわあああ!!!」
リュードはどうすることもできない状況に防戦一方となっていた。今この状況で使えるアーティファクトはない。
敗色濃厚なリュードが突如後ろを向き走り出す。
「!?」
驚くシュナイダー。リュードが全力で後方に向かって走り、サーラやベルベット達の横を駆けながら言う。
「サーラ、後は頼んだ!!!」
「え!?」
意味が分からないサーラ。だがリュードはそのまま何も言わずに後ろへと走り去っていく。
「くっ、くははははっ!!! 逃げたか、逃げたか、勇者よ!!!!!」
シュナイダーが剣を天に掲げ、勝利の笑い声を辺りに響かせた。
「無様な勇者だ!! 敵に背を向け逃走とは想像にもできぬこと。我らがレーベルトの勝利なりっ!!!!」
高々に勝利宣言をするシュナイダー。沸き立つレーベルト軍。だがその前に亜麻色の髪の剣士が立ちはだかった。
「私が相手をする、皇帝シュナイダー」
それは第三王子リュードの剣術指南サーラ。そしてその横に金色のツインテールの少女も現れて言う。
「わらわもおるぞよ。小童よ」
手にした黄金色の宝珠の魔法杖。それをシュナイダーに向け、リーゼロッテが睨みつける。
「哀れな、哀れな、哀れな雑魚共よ。降伏するなら君達を我が軍営に加えてあげようじゃないか」
「お断りします」
「馬鹿を申すな、青二才が」
即答でそれを拒否するふたり。シュナイダーが笑いながら言う。
「くくくっ、大将が逃げたお前達サイラスに何ができる? じゃあ、ではお望み通り……」
シュナイダーが勇者の剣をふたりに向け優しく言う。
「皆殺しにしてあげようか」
美しく光る勇者の剣。それは死を感じさせるような美しさでもあった。