70.天才同士の戦い
歩兵部隊長ザイムが敗北した。
レーベルト帝国軍にとって彼は皇帝シュナイダーに次ぐ実力の持ち主で、これまでの帝国内の統一やティルゼール王国の抵抗勢力などをその長棒で完膚なきまで叩きのめしてきた。
故に彼への信頼は大きく、言ってみればシュナイダーの片腕を失った状態。だが皆の動揺はそれほど大きなものではなかった。なぜなら彼らにはその若き皇帝がいた。
「さあ、始めようか。勇者サックス」
三大アーティファクトを身に纏った皇帝は美しく、そして可憐だった。若くて容姿も良い皇帝。その強さも別次元で、帝国軍にアーティファクトと言う古代遺物の有益さを伝えた人物。
「ザイム様が負けたけど、シュナイダー様がいれば安心だ」
「シュナイダー様、万歳!!」
もはや盲目的に皆の心はシュナイダーに傾倒していた。
(ヘルハウンドに魔王を従えた勇者サックス、だが私は負けぬっ!!)
シュナイダーは懐から取り出した指輪をゆっくりと左指にはめる。そして勇者の剣を構えリュードに言う。
「行くぞ!!!!」
リュードも手にした剣を構えそれに答える。
「上等だっ!!!」
カン、カンカンカンカン!!!!
流れるような両者の剣撃。美しく剣を振るうシュナイダーに対し、リュードも可憐にそれをいなし反撃する。くるりと体を反転し剣を振り下ろすシュナイダー。リュードも後方に回転しながらそれをかわしすぐに剣を打ち込む。
「すげえ……」
「美しい!!」
両者の攻防はまるでひとつの芸術品を見ているかのように美しかった。
「あれがリュードか。いや、サックスか……」
後方に下がった長兄ベルベットが苦笑しながら言う。もはや誰も踏み入ることのできない領域。天が与えた才能。サイラスを守る為にやってきた英雄。
(私は一体何をやっていたのだ……)
リュードの話を聞いたランフォードも己の無力さを痛感していた。そして自身のこれまでの行いを心から恥じた。
(強いな!! 前より格段にレベルが上がっている。やっぱりさっきの指輪はステータス上昇のアーティファクトか!?)
リュードはシュナイダーと打ち合いながら、以前とは比べ物にならないほどの強さを感じていた。シュナイダーの剣圧がどんどんと強くなっていく。
「さあ、どうした、どうした!! この程度か、勇者と言うのは!!!」
更に高速化する剣撃。思わずリュードが後方に逃げるように跳躍する。
「マジすげえわ、お前。見事なアーティファクターだ。敵じゃなきゃ仲良くなれたかもしれないのにな」
「笑止。私はすべてを支配する者。誰とも慣れ合うつもりなどない!!」
この時代の天才アーティファクター。対する古代の天才が思う。
(さすがにこの途中で拾った敵の剣じゃ苦しいな。ワンスターじゃこれ以上の効果は望めない)
敵兵が落として行った剣。偶然ワンスターのアーティファクトだったので使っていたが、それもあの最高傑作の前では霞んでしまう。リュードが言う。
「じゃあ、俺も本気出すぜ」
そう言って腕にはめた黄金色の腕輪を素早く外す。シュナイダーが言う。
「本気? ふっ、強がり言うんじゃ……」
ガン!!!!!
(なっ!?)
シュナイダーは突如目の前に現れたリュードの攻撃を辛うじて剣で防いだ。これまでとは全く違う動き。涼しい顔をするリュードにシュナイダーが尋ねる。
「それも、アーティファクトなのか……?」
リュードが外し地面に落ちた黄金色の腕輪を見て、眉間に皺を寄せる。リュードが答える。
「そうだ。体が重くなるアーティファクト。鍛錬の為にずっと付けていた。お陰で今は体が軽くて調子いいよ」
「……」
シュナイダーが勇者の剣を構える。古の時代からやって来た勇者。一体どんなアーティファクトを使うのか見当もつかない。シュナイダーが再び剣を構え言う。
「面白い。では見せて貰うか、その実力を!!」
ガン!! ガガガガン!!!!
(こ、これは!!)
シュナイダーがそう言い終わると同時に、リュードの剣がまるで狂った雨のように襲ってきた。速さ、強さ、正確さ。変幻自在の剣撃が、予想もつかない所から次々と打ち込まれてくる。
「くっ……」
誰の目にも止まらない剣撃。防戦一方となるシュナイダーが、剣を振りながら一歩一歩と後退させられる。
「シュナイダー様が押されている……」
「何者なんだよ、あいつ!!」
一騎打ちを見ていたレーベルト帝国軍から不安の声が上がり始めた。絶大な信頼を置く皇帝。その皇帝が敵将に押され始めた。
ザン、ザザザン!!!!
「ぐはっ!!」
次第にシュナイダーの体にヒットし始めるリュードの攻撃。だが鋼鉄のように固い『慈悲の鎧』はその傷を最小限に抑え、更に戦闘中も装備者を回復をする。
ザン!!!!!
「ぐわあああああああ!!!!!」
だがリュードの剣はその防御能力すら上回るものであった。攻撃され、治癒を開始するよりも先に新たな創傷を刻む。剣でリュードの攻撃をいなせなくなったシュナイダーがやがて一方的に押され始める。
(こんな、こんな馬鹿な!!!!)
敵の持っている剣は恐らくワンスター程度の品。三大アーティファクトと呼ばれる最強の装備を手に入れ、ステータス強化された自分には敵うはずはない。そんなシュナイダーの算段が音を立てて崩れていく。
「はあ、はあはあ……」
乱れた青紫の髪。肩で息をする皇帝。一見、その優劣は明白だった。
(だが何じゃ。あの余裕の目は……)
後方で魔法での牽制を続けていたリーゼロッテが、どれだけ押されても一向に褪せない皇帝の目を見て一抹の不安を感じる。このまま行けばリュードは勝つ。間違いなくあの皇帝を倒せる。だが拭いきれぬ不安がリーゼロッテを覆っていた。
「凄い、本当に凄いよ、勇者サックス……」
勇者の剣を構え、興奮気味にシュナイダーがリュードに言う。
「本当に降参しろ!! 俺も手加減はできねえ。このままだと本当にお前を殺しちゃうぞ!!」
リュードの剣の創傷が痛々しいシュナイダー。回復が追い付かず全身から血が流れている。シュナイダーが答える。
「勿体ない、ああ、勿体ない!! 貴様こそ跪いて私に忠誠を誓わぬか!? でなければ殺さなければならない」
言葉の意味が分からないリュード。押しているのは自分。このまま戦えば間違いなく勝てる。だが不思議な程強気な皇帝。リュードがようやく気付く。
(まさか、あの女……)
皇帝シュナイダーから少し離れた場所に立つ茅色の髪の少女ヘルリナ。これまでずっとふたりの戦いを傍観していた。そんな彼女がシュナイダーがゆっくりと右手を上げるのを見てから、袖に入れていた神秘的な水晶を取り出し目を閉じた。
「しまっ……」
それに気付いたリュード。持っていた剣をヘルリナの水晶に向けて投げようと身構える。だが遅かった。
ボォオオン……
恐らくアーティファクターのみ聞こえる嫌悪感を覚える嫌な音。低く、ヘルリナを中心に波紋の様にその波長が広がっていく。リーゼロッテが小声で言う。
「これは、これはまさか……」
彼女がその目線の先に立つリュードを見つめる。リュードが言う。
「あいつ、『アーティファクトキャンサー』か……」
アーティファクトキャンサー。それはその場にいるすべてのアーティファクトの効果を打ち消す存在。いわばリュード達アーティファクターにとっての天敵。
シュナイダーが小さく、静かに笑った。