7.蔑まれる獣人族
黒髪にネコ耳。緑色の澄んだ瞳の獣人族の少女。
貧困生活から抜け出すために得意の隠密行動能力で時にはスリを、そして裏では危険な諜報活動などを行い暮らしていた。だから少しぐらい妙な依頼では驚くことはない。だが目の前に座る気の抜けたような優男が言った言葉の意味が全く理解できなかった。
「サイラス王城の第三王子、リュード……??」
小声。それほど危険な香りのする依頼。リュードが笑顔で答える。
「そう」
「そうって、そんな人いないニャ……」
サイラス王国は長男ベルベットと次男ランフォードのふたり兄弟。三男など聞いたことがない。リュードが言う。
「だから調べてきて欲しい」
「……」
黙り込む少女。無意識にコートから出た黒い尻尾が左右に動く。リュードが言う。
「見事なアーティファクト捌きだったよ。ワンスターにしては上出来だ」
「……何の話ニャ?」
口を開けてリュードの言葉を聞く少女。意味が分からないらしい。リュードが言う。
「それ、そのヘアピン。アーティファクトでしょ?」
「え?」
少女がフードの中、髪に付けた緑の宝石のついた髪留めに手をやり驚く。
「こ、これは違うニャ! ただの髪留めで……」
そう答える少女の隣にリュードがすっと立ち、軽く髪留めと黒髪に触れて言う。
「うん、アーティファクトだよ。ワンスター、綺麗な髪によく似合っている」
「ひゃっ!? さ、触るな!!!」
思わず少女がのけぞり怒鳴る。いつの間に隣に立ったのか!? 隠密が得意な自分ですら気付かなかった身のこなし。リュードが椅子に戻り笑って言う。
「いや、ごめんね。でもそれ『隠密』のアーティファクトだよ」
「か、髪に触るな!! それにこれは違うニャ! ただの髪留めでミャーは魔法で隠密行動ができる……」
「子猫ちゃんは、アーティファクターだよ」
アーティファクター。アーティファクトの使い手を意味する言葉。少女が言う。
「アーティファクト? そんな古いもの使えるはずがないにゃ。ミャーはすべて魔法『シャドーウォーク』で動いているニャ!」
シャドーウォーク。隠密行動ができる魔法の一種。リュードが言う。
「う~ん、信じて貰えないかな?? 子猫ちゃんは本当にアーティファクターなのに」
そう言ってコーヒーを飲む茶髪の男。少女はどこか不気味さを感じる。
「ふう、もういいニャ。それより早く依頼の内容を詳しく話すニャ。意味が分からないニャ」
「そうだね。それじゃあ順番に説明するよ」
リュードは初めて真面目な顔になって少女に依頼内容を説明した。
「……つまりお前がサイラスの第三王子で、リュードって言う奴で、みんなが忘れているからその原因を探れってことなのか?」
「ご名答~」
(馬鹿だニャ、この男は……)
少女は笑顔で頷くリュードを見て内心思う。だが高額の依頼。断るには惜しい。
「分かったニャ。受けるニャ」
「おお、そうか! それは助かる!!」
リュードは喜びのあまり思わず身を乗り出して少女の手を握って喜ぶ。
パン!!
少女の平手打ち。身をすくめて言う。
「気やすく触るな! 汚らわしいニャ!!」
「あ、いや~、これは失礼」
リュードは苦笑して椅子に座り直す。そしてポケットから小さな石のようなものを取り出してテーブルに置いて言う。
「これを持って行ってくれ」
「……何だニャ? これは」
「『封印打破』のアーティファクト。昨日、雑貨屋のガラクタ箱の中から偶然見つけてね」
少女がその小さな石を手にまじまじと見つめる。茶色の濁った半透明の石のようなもの。一部が欠けている。
「もともとワンスターだったんだけど欠けて性能が十分に発揮できない。だけど使い捨てぐらいには使える。城内で怪しげな封印がさている場所で茶色に光るから持って行って」
「こんな石が、ニャ~??」
「ああ。すぐに発動できるようにしておいたけど、君なら問題ない。逆にちゃんと使うこともできるよ」
「……分かったニャ」
そう答えるも半ば半信半疑の少女。茶色の石をポケットに入れリュードに言う。
「三日後の夜に街郊外の森に来て欲しいニャ。これが地図」
そう言って紙に描かれた手製の地図を手渡す。リュードが頷き尋ねる。
「三日でいいのかい? さすがだね」
「当然ニャ。ミャーは一流の諜報部員ニャ」
初めて嬉しそうな顔をする少女。だがその表情が背後から掛けられた言葉で一瞬で消える。
「あ~、何だこの店!? 臭せえ獣の匂いがするぞ~~」
「!!」
その言葉を聞いた瞬間少女の体がビクンと反応する。フードをしっかりと被り直し、左右に動いていた尻尾もすっとコートの中へと戻される。ふたり組のガラの悪そうな男がリュード達のテーブルにやって来て言う。
「なんでこんなとこに獣人族が居んだよ!!」
「そうだそうだ!! 汚い獣は出ていけよ!!!」
黙り込み下を向く少女。黒いコートが小刻みに震えているのが分かる。
コトン……
リュードがコーヒーカップをテーブルに置いて男に尋ねる。
「俺の相棒が何か迷惑でも掛けたか?」
男達がリュードを睨みつけて低い声で言う。
「何だてめえ? 大人しくしてろよ。俺はこの汚ねえ獣人族に言ってんだよ」
リュードが無表情で答える。
「俺の連れ、可愛い女の子に対して随分言ってくれるね~、謝れよ」
ドン!!!!
「きゃっ!!」
男が勢いよくテーブルを拳で叩く。驚く少女。腕を組んだままのリュードに男が凄みを利かせて言う。
「死にてえのか!? クソガキが……」
「当店での揉め事は御法度でございます」
そんな男達の後ろに店のマスターがやって来て言う。裏家業が集まるカフェ。平和な交渉の場。ここでトラブルを起こしたらどんな制裁が下されるか分からない。
「ちっ、運が良かったな」
男達は舌打ちすると、不満そうな顔で店を出ていく。
「あ、あの……」
顔を上げた少女。よほど怖かったのか、フードの中の彼女は涙目であった。リュードがとある違和感について尋ねる。
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
「……何だニャ」
リュードを見つめて少女が答える。
「違ったら悪いんだど、獣人族ってもしかして差別されているとか??」
「……お前、何も知らないのか?」
無表情の少女。リュードが小さく頷く。
違和感は昨晩からあった。お金を盗まれ少女に追いついた時、周りに集まって来た街の人達は彼女をあからさまに見下した目をしていた。そして先程の男達。獣人族と言うだけで難癖をつけてくる。黙るリュードに少女が話し始める。
「獣人族はお前達、人間らの奴隷のようなモノニャ……」
「奴隷……」
リュードは言葉を失った。
彼が居た世界、勇者サックスが魔王から世界を救った時代にも獣人族はいたが、人間以上の身体能力を有し皆が活躍していた。サックス自身も旅の途中、獣人族に身を救われたこともある。少女が言う。
「ミャー達、獣人族は魔法が苦手ニャ。だからお前達から馬鹿にされ、見下され、弱い奴は奴隷として酷い目に遭っているニャ……」
そう話しながら少女の目に涙が溢れる。
一体この500年の間に何があったのか? 魔法が使えない? そんなことは獣人族の身体能力によって十分補えるし、アーティファクトだってある。
(アーティファクト!?)
リュードが尋ねる。
「なあ、今この世界って、もしかしてアーティファクトはあまり使われていないのか?」
少女が涙を拭い答える。
「当たり前だニャ。あんなモノ、使う奴なんてほとんどいないニャ」
「そうか……」
少しずつリュードの頭のピースが埋まっていく。様々な違和感。その理由が体感的に溶けていく。
「もう行くニャ」
「ああ、分かった。気を付けてな」
少女はフードを深く被り直すと周りをきょろきょろ見ながら店を出ていく。リュードは少女が出て行ったのを見てから、指につけた『風』のアーティファクトを撫で思う。
(アーティファクトは、この世界では廃れてしまった能力って訳か……)
変わり果ててしまった世界。
だがそれを思えば思うほど、リュードは笑みが溢れ出すのを止められなかった。