69.魔王の力
筋肉隆々の巨躯に可愛らしいネコ耳のカチューシャ。あまりに似つかわしくない姿に困惑していたサーラだが、みるみるうちに変貌していくその姿を見て状況を理解した。
(獣人化……)
長棒を担いだ歩兵部隊長ザイムは、そのネコ耳カチューシャによって全身茶色の体毛に覆われた獣の姿へと変化していく。突き出す口に大きな牙。手には鋭利な爪。凶暴なクマのように変化したザイムを皆が驚きの顔で見つめる。
(熊型獣人装具か。くだらないものを使いやがって……)
その様子を横目で見たリュードが思う。
獣人族が差別されていないサックスの世界。その驚異的な身体能力を借りたいとして作られたアーティファクト。一時的に獣人化し超越的な能力を手に入れるが、効力が切れた後は反動で動けなくなる品。
(サーラならそこまで耐えてくれるはずだ)
リュードはゆっくりこちらへやって来る皇帝シュナイダーに再び目を向けた。
(驚いたわ。こんなことができるなんて。これもアーティファクトなのかしら?)
剣を構えるサーラ。目の前でクマのようになったザイムを見て額に汗が流れる。確実に能力は上がっている。どこまでやれるか。ザイムが長棒を握りしめしみじみと言う。
「ああ、すげえ。すげえすげえ。力が湧いて来る。この俺がより完璧な強さを手に入れた瞬間だ……」
溢れる力。漲るオーラ。元々高かった身体能力が獣人化によって更に高められる。サーラに向かって言う。
「まずはお前だ、女剣士。お前を叩き潰してやる」
「お相手する!!」
その言葉を聞いたザイムが太い腕で長棒を振り上げ、サーラへと突進する。
ガアアアン!!!!
(きゃっ!!)
ぶつかり合う長棒とサーラの剣。鈍い音を立てサーラが真横へと吹き飛ばされる。
(凄い力、想像以上の……、!!)
起き上がるサーラの目に長棒を振り上げたザイムの姿が映る。
(速い!!!)
ドオオオオオオン!!!!
地面への直撃。紙一重でかわしたサーラが後方へ跳躍する。ザイムが長棒を担ぎ言う。
「すばしっこい女だ。だが時間の問題だ」
(来る!!)
再び突撃するザイム。サーラは剣を両手で持ち足を踏ん張りそれに応戦する。
ガンガンガンガン!!!!
防戦一方になるサーラ。想像以上の強い撃ち込みに加え、信じられないほどの速さ。獣人化によって確実に強化されている。
「ザイムさん、すげえな……」
「ああ、何か知らないけどめちゃ強ええ」
味方であるレーベルト帝国軍空も驚きの声が上がる。もともと強かった歩兵部隊長ザイム。それが更に強化されたのだから当然である。
「はあはあはあ……」
肩で息をするサーラ。すでに何度も叩きつけられ剣を握る手に力が入らなくなって来ている。ザイムが言う。
「弱いな、女。いい加減諦めろ。貴様も、あの王子達も、シュナイダー様の下、サイラスの奴らは皆殺しが決まってるんだ。くくくっ……」
「……皆殺し」
サーラが小さくつぶやく。
リュードにレーニャ。ベルベット兄弟に多くの民。そして、
(お父さん、お母さん……)
「!?」
サーラの全身から黒い瘴気のようなものが放出される。漆黒のオーラ。見ているだけで心を破壊するような強き圧。ザイムが言う。
「き、貴様。やはり魔族だったか!! その忌々しきオーラ。この俺がここで潰してやる!!!」
「……うるさいよ」
サーラの漆黒のオーラが手にした剣に集まる。一瞬でその刀身を黒色に染め上げた彼女は、突進してくるザイムをぎっと睨みつけ剣を構える。
「うごおおおおおおおお!!!!」
ザイム渾身の攻撃。振り下ろされた長棒が風を切りサーラへと打ち込まれる。
カン!!!
これまでとは違う乾いた音。撃ち込まれる長棒。サーラの剣の軌跡。ザイムは目の前の光景に唖然とした。
(長棒が、斬られた!?)
自慢の長棒。どんな剣にも耐えうる硬い素材で作られた太い長棒。それがまるで野菜を斬ったかのようにすっぱり先がなくなっている。
「うおおおおおおおお!!!!」
サーラの連撃。堪らずザイムが短くなった長棒でそれを受け止める。
カンカンカンカン!!!!
音が違う。棒と剣のぶつかり合う音が明らかに違っていた。
カーーーーーン!!!!
ザイムは持っていた長棒が吹き飛ばされ地面に落ちると同時に、半分に切られてしまったのを見て愕然とした。
「俺の長棒が、長棒が……」
愛用の長棒。苦難を共にしてきた家族のようなもの。ザイムが鋭い爪を出し、牙を剥き出しにして言う。
「ぶっ殺す!!!!! ガウウウウウ!!!!!!」
太い後ろ足で地面を蹴り、一気にサーラへと肉薄する。
ガン!!!!
サーラの剣と、今度はザイムの爪がぶつかり合う。だが魔王としての力に覚醒しつつあった彼女には、その程度の攻撃は取るに足らないものであった。
カン!!!!!
再び響く乾いた音。宙に舞うザイムの爪。サーラが剣を下から振り抜く。
「はああああああ!!!!」
カーーーーーン!!!!
そして今度はザイムの口に生えていた牙が宙に舞い、ボトッと音を立てて地面に落ちた。武器を失ったザイムが今度は全身の毛を逆立て、大声を上げ拳を打ち込む。
「グオオオオオオ!!!!!!」
ガン……
(なっ!?)
サーラはそれを片手で受け止めると、ザイムを睨みつけて言う。
「このワタシの大切なものを奪おうとするものは許さぬっ!!!!」
ボフッ……
「ウググウググ……」
剣を捨て、ザイム同様に握りしめた拳をその体毛深い腹に打ち込む。口から血を吐きながらザイムが言う。
「ナンだ、これ。馬鹿みてえに、強ええな、オマエ……」
戦闘不能。たった一撃でザイムを沈めたサーラが、倒れ、獣人化が解けた敵将を見て言う。
「誰にも何も奪わせやしない。この私が全力で守る」
漆黒のオーラが消えて行くサーラ。どっと出る疲れ。地面に落ちた剣を拾い鞘に戻し、少し離れた場所を歩くリュードを見つめる。
(リュード様、後はお願いします……)
魔王未覚醒のサーラ。急激な感情の変化によりその力の一端が現れたが、体に対する負荷は想像以上に大きかった。
両膝を地面につき肩で息をするサーラ。その隣に赤き魔獣がやって来て言う。
「僕に乗りなよ、サーラ」
ヘルハウンドのダフィ。姑息な刺客を倒しサーラの元へとやって来た。
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
サーラは彼の頭を撫で、倒れるようにその体に体重を預ける。静まり返るレーベルト帝国軍。皆は変貌した歩兵部隊長を一方的に倒した敵将を見て震え上がった。
「終わったようだね。やはり魔王相手では、付け焼き刃のアーティファクトでは勝てぬか」
リュードと向かい合った皇帝シュナイダーが無様に敗北したザイムを見て笑って言う。青紫の髪に帝国な瞳。美しいまでの容姿に、三大アーティファクトが輝く。リュードが彼の後ろについて来た少女を見て言う。
「サシでやらねえのか?」
「ん? ああ、彼女ね。彼女は私の副官。貴様を倒すために必要な人材なんだよ」
リュードが剣を抜く。
「最後にもう一度聞く。このまま帰るならその咎は見逃してやる。どうする?」
シュナイダーが勇者の剣を抜きそれに答える。
「愚問だ。とっとと始めようじゃないか、勇者サックスよ」
自信に満ちた言葉。リュードが手にした剣に力を込めた。