66.最終決戦、開始。
「よくぞ我が軍へ参った。ランフォード王子よ」
元ティルゼール王国領にある帝国軍陣営。その内幕にある皇帝専用テントに現れたサイラス王国第二王子ランフォードにシュナイダーが言う。
長い銀髪を揺らし、病的に白い肌をしたランフォードが我が物顔で前に出て言う。
「有り難きお言葉。シュナイダー皇帝よ。このランフォードが来たからには必ずや帝国の勝利を約束しましょう。何せこの私は……」
ダフィにやられた腕の傷は既に治療して貰っている。氷結の剣を腰に携え自分の有能さをひたすら語るランフォードにシュナイダーが尋ねる。
「貴殿の素晴らしさは我がレーベルトにも轟いている。間もなくやって来るであろうサイラスの追撃に対しての活躍を期待している」
「無論でございます。私がいればあのような小国など一捻りで潰して見せましょう」
シュナイダーの脇に立つ側近質が眉間に皺を寄せる。仮にも昨日まで自分がいた国。その国の王子。それを小国と馬鹿にし『潰す』と口にするとは。シュナイダーが尋ねる。
「うむ、頼もしいこと。時にランフォード殿、貴殿の弟であったか、リュード王子についてお聞きしたい」
「リュード? 何でしょうか……?」
ランフォードの声色が変わる。明らかに不満が滲む声。シュナイダーが尋ねる。
「私が思うにリュード王子はサイラスで最も警戒すべき人物。何か知っていることがあれば何でもいい。教えてくれぬか?」
ランフォードがあからさまに不満そうな顔で答える。
「シュナイダー皇帝陛下ともあろうお方が、これはとんだ思い違いをされている」
「思い違い?」
「ええ。あのリュード・サイラスは実に取るに足らぬ人物。私とベルベットの影に隠れ、城内では『ヘタレ王子』と揶揄されるほどの小者。あいつに対して何の心配もございません」
「……」
黙り込むシュナイダー。昨日ランフォードは戦の途中で負傷退場しており、リュードの活躍は見ていない。しばらく考えたシュナイダーが言う。
「リュード王子は問題ないと?」
「無論でございます」
「……分かった。直にサイラスとの戦いが再開されるだろう。貴殿の活躍を期待している」
「はっ。次期サイラス自治区の当主として微力ながらお手伝いさせて頂きます」
さらっとサイラスの支配者になることを告げたランフォード。そのまま軽く頭を下げ退出していく。側近が言う。
「やはり離反者には碌な人物がいないかと」
これまでレーベルト帝国内の貴族やティルゼール王国を制圧してきたシュナイダー。甘言に乗った内通者を巧みに用いてその業を成し遂げてきたが、主を裏切って味方に付いた者にまともな人物はほぼいなかった。今退出したランフォードとて同じ。シュナイダーが言う。
「離反者に期待などしておらぬ。ただあの男の氷結魔法は悪くはない。それをサイラスから奪えただけでも及第点だろう」
「御意。して、あの男の処遇はいかに?」
シュナイダーが笑って答える。
「興味はない。少なくともサイラスのとの戦で戦果を挙げられなければ、彼の居る場所はこの帝国にはないだろう」
側近はそれを聞き頷く。主を裏切ってシュナイダーの元にやって来た離反者達。その多くが碌な成果も上げられず冷や飯を食わされている。
「報告します!!」
そこへ伝令の兵士が慌てた様子でやって来る。側近が落ち着き尋ねる。
「どうした?」
「はっ! サイラスとみられる一行が我が陣営に向かって来ているとの情報が入りました!!」
「人数は?」
「数名ほどだそうです」
「数名?」
側近がやや驚いて尋ね返す。
「は、はい。ヘルハウンドに乗り高速でこちらに近付いているそうです」
「ヘルハウンド?」
初めてシュナイダーが口を開く。恐らくリュード率いる精鋭部隊。個が強い将官に、広域魔法を操る魔法使い。それにヘルハウンドの機動力。
「……なるほど。敵ながら聡明な判断だ」
シュナイダーが立ち上がり伝令に伝える。
「迎撃態勢を敷け!! 敵は手強い。気を抜かぬよう伝えよ!!」
「はっ!!」
伝令が頭を下げ退出する。
シュナイダーは少し離れた場所に立つヘルリナに向かって言う。
「戦が始まる。ヘルリナ、準備は良いか?」
「……はい」
茅色の髪をした少女。手にした神秘的な宝玉が美しく光った。
「リュード様っ、レーベルト帝国の陣営が見えてきました!!」
ココアの生まれ故郷の集落を出て数時間、超越的なベルハウンドの脚力はあっと言う間に彼らをレーベルト帝国が陣を築く拠点まで運んできた。
多くのテントが立ち並ぶ壮大な光景。大国レーベルトの強さがそれだけで分かる。レーニャが震えながら言う。
「あ、あれ、全部敵なのか!? すごい数ニャ……」
ティルゼール王国を制圧し、そのままサイラスやその周辺国へ進攻しようとしていた帝国軍。その兵士の数はリュード達の想像を超えるものであった。リーゼロッテが言う。
「心配要らぬ。数などこのわらわがおれば何の問題でもない」
圧倒的魔力で広域魔法を放つリーゼロッテ。質が伴わない数だけの兵士ならば恐れることなどない。リュードが言う。
「そうだな。敵も無暗に兵士を出すことはしないだろう。それが無意味だとは知っているはず」
先の戦いでリーゼロッテに翻弄された帝国軍。同じ過ちは繰り返さないだろう。そう思っていたリュードの目に意外な光景が映る。
「行けえええ!!! サイラス軍を制圧せよ!!!!!」
驚いたことに、一部のテントから兵士の集団が剣を構えこちらに向かって突撃してくる。ベルベットが言う。
「おいおい、やって来たじゃねえか。どうするんだ?」
今『兵士は来ないだろう』と話し合ったばかり。それが否定されるような兵士達の襲撃。サーラが言う。
「あれは恐らく前線の勝手な判断でしょう。すでに隊が崩れております。あれでは勝てる戦も勝てない」
功に焦ったか。一部の将官と兵士が独断で攻めて来ているようだ。リュードがリーゼロッテに言う。
「リーゼ、頼む」
「うむ」
そう答えると、リーゼロッテが黄金色の宝玉がついた魔法杖を掲げ魔法を詠唱。一瞬で上空に分厚い雨雲が発生し、彼女の合図で次々と雷撃が落とされた。
「ぎゃあああああ!!!!」
「うわあああ!!」
まるで人形のように倒れて行く帝国の兵士達。リーゼロッテにしてみれば軽い準備運動のようなもの。だがその魔法の威力は後方に控える帝国軍本体を震え上がらせるには十分すぎるものであった。リュードが言う。
「ありがとう、リーゼ。これで兵士達も大人しくてくれるだろう。……ん?」
倒れる帝国兵達。砂埃が舞うその中を、ひとりの男がこちらに歩いて来るのが見える。
(誰だ? ……あっ)
リュードを始め、皆がその男の顔を見て驚き、難しい顔となる。レーニャが言う。
「あれはランフォード様だニャ!!」
ランフォード・サイラス。リュードの兄であり、ベルベットの弟。帝国に寝返った第二王子。腕を組んでその様子を見ていた長兄ベルベットが言う。
「リュード、ここは俺にやらせてくれ」
ベルベットを見つめるリュード。頷いて言う。
「任せた、長兄」
「ああ」
大剣を背に背負ったままベルベットがこちらに向かって来る弟ランフォードに対峙する。美しい銀髪。病的なほど白い肌。強い魔力。変わらない。いつもと変わらない弟が帝国軍にいる。ベルベットが言う。
「会いたかったぜ、ランフォード」
腕を組んだままのベルベット。それを聞きランフォードの顔が引きつる様に歪んだ。