62.人ではない存在
ドオオオオオオオオン!!!!
(うそ……)
サーラは目を疑った。
少し離れた場所に立つ青紫色の騎士。そこに落とされたリーゼロッテの雷撃魔法。直撃を受け、通常の兵士ならそれで戦闘不可になる。だがその高貴な騎士はまるで何事もなかったかのように馬上で涼しい顔をしている。
「凄まじい威力。やはり『嘆きの雷帝』がそちらにいるのか?」
その言葉とは対照的な余裕の笑み。きっとこの男は若くしてレーベルト帝国に立った皇帝、シュナイダー。圧倒的な威厳と圧は他者との比較にならない。無言のサーラにシュナイダーが言う。
「私の鎧は『慈悲の鎧』。古の勇者サックスが愛用した三大アーティファクトと呼ばれる品だ。魔法攻撃を無力化し、同時に治癒効果を発動する。分かるか? 貴様らに勝ちはない。この皇帝シュナイダーに仕えよ、女」
(三大アーティファクト? 勇者サックス? ふっ……)
剣を構えたままのサーラが笑う。シュナイダーが言う。
「何がおかしい、女? 恐怖で気でも違えたか?」
サーラが顔を上げて答える。
「嬉しいんですよ」
「嬉しい?」
「ええ。だってあなたを討てばこの戦が終わる!!!!」
サーラが剣を振り上げ一気にシュナイダーへと肉薄。気合と共に渾身の一撃を打ち込む。
「はあ!!!!!」
ガン!!!!!
それを腰に付けた装飾の美しい剣でシュナイダーが受け止める。サーラがすっと後方に跳躍し剣を構えて言う。
「さあ、やりましょう。サイラスに牙を剥ける愚か者よ」
(これは……)
シュナイダーは馬上からその変化を嗅ぎ取った。先ほどまでの女剣士とは違う何か。邪を含んだような感覚。威圧。そう、それはどちらかと言えば、
(人ではない存在。魔族……?)
シュナイダーの剣を持つ手に力が入る。
ガンガンガン、ガンガンガンガンガン!!!!!
サーラの容赦ない連撃。これまでとはまるで違う軌跡。迫力。人を超えたかのような威圧。シュナイダーが思う。
(魔族、いやそれよりももっと強い存在。強く、硬く、圧倒的存在感。まるで……)
――魔王のようだ
シュン!!!!
「ヒヒーーーーーーーン!!!!」
サーラの剣撃が乗っていた馬に直撃。激痛に驚いた馬が暴れ出し、乗っていたシュナイダーが放り出される。
「……」
地面に膝を付いた皇帝。しばらくそのまま動かず足元に転がる石を見つめる。
「この私が、この皇帝シュナイダーが地面に膝をつくだと……」
ゆっくりと立ち上がる若き皇帝。だがその目は虚ろで焦点が合っていない。手にした剣を構え抑揚のない声で言う。
「キサマ、魔王サマの憑依体か?」
「!?」
サーラが突如雰囲気の変わったシュナイダーに驚く。
「……ソウダナ? ダガ、ナンだそれは? 不完全とはショウシ」
(違う。さっきまでの皇帝とは何か根本が違う……)
サーラの剣を持つ手に汗が滲む。シュナイダーが言う。
「ツマラヌ、魔王。ミナの期待を背負っておきながら、そのテイタラク。よかろう、このワタシが……」
シュナイダーが剣を突き付け言う。
「オマエを亡ぼしてヤロウ……」
シュナイダーが初めて自ら攻撃に出た。
「長兄っ、これ借りるぞ!!!!」
「あっ、おい!? リュード!!!!」
リュードは走りながら怪我の治療を行う兄ベルベットの横を駆け抜ける。そして置いてあった彼の愛用の大剣を手に取りサーラの元へと向かう。
(持って行くって、おい。そんな重い剣、お前に……)
ベルベットが座りながら一直線に走るリュードの後姿を見て思う。
(いや、杞憂か。何があったか知らねえが、今のお前ならやれるんだろ?)
サイラス中でもその重量のせいでベルベットぐらいしか使い手がない剣。アーティファクト名『破壊の大剣』、スリースターの名品。それを軽々と、まるで重さが感じられないように手に取り走って行く。ベルベットが笑いながら言う。
「この戦、もしお前が勝ったらこの国やるよ」
まだ癒えぬ傷。ベルベットはそんなことを言いながら頼もしくなった弟の後姿を見つめた。
(あれはまずい。あの装備は伊達じゃない……)
リュードは走りながら目に映るその見慣れた武具を見て思った。少し前まで自分が付けていた装着品。剣に鎧にマント。500年後でもまだあったことは嬉しいが、あれを相手に戦うのはさすがに骨が折れる。
(それにあいつ、何かに憑かれているな)
恐らく相手はレーベルト帝国皇帝シュナイダー。だが発せられる強い気は邪を帯びたもの。サーラの純粋な邪のオーラとは根本が違う。元々能力が高い皇帝シュナイダー。そこに三大アーティファクトが加わり、得体の知れない魔族が憑りついているとなれば未覚醒の魔王サーラでは分が悪い。
「急げ、急げ急げっ!!!」
リュードは手にした大剣を握りしめ全力でふたりの元へと駆けた。
ドン!!!!
「きゃっ!!」
シュナイダーの攻撃。サーラが間一髪剣で防いだが、その体は遥か後方まで吹き飛ばされた。シュナイダーの体から沸き立つ黒きオーラ。それはサーラ同様、人知を超えた存在のようであった。
(急に何かが変わった!? 強い。だけど引けない!!!!)
サーラも全身から黒きオーラを発出させ気合を入れる。相手が誰だろうと負けない。命を懸けてもリュードを、サイラスを守る。
「はあああああああ!!!!!」
サーラの渾身の一撃。黒きオーラを纏った彼女の剣が、皇帝シュナイダーに襲い掛かる。
ガン……
(え……?)
シュナイダーはそれを片手の剣で防ぐ。そして笑みを浮かべて言う。
「シネ。不完全ヨ……」
ドン!!
シュナイダーの蹴り。尻もちをつくように倒れたサーラに、その美しき装飾の剣が振り上げらえる。一瞬死を覚悟したサーラ。静寂。だがその直後、耳に何度も聞いた声が響いた。
「全破壊的斬撃!!!!!」
ドオオオオオオン!!!!
「くっ!?」
ベルベットの最強奥義。大声と共に現れたその頼りなき第三王子は、サーラの前に立ち手を差し出して言う。
「こいつは俺がやる。任せてくれ」
「は、はい……」
いつもなら断っていた。守るべき対象の第三王子が自分の代わりに戦うことなど。だけどそんな彼女の気持ちを吹き飛ばすほど今のリュードは頼もしかった。自信に溢れていた。
「お気をつけて、リュード様……」
「うん」
サーラの脳裏に王城に赴任してすぐの頃のリュードが思い出される。嫌々剣の稽古させられていたあの頃。泣きそうな顔で剣を振っていたあの頃。その顔や声は今も同じ。だけど改めて思う。
――あなたはやはり勇者なのですね
兄の大剣を持ち、敵に対峙するその背中。それはまさしく勇者、何かを守ろうとする男の背中であった。