6.ネコ耳諜報部員、ゲットだぜ!
「ひとりか……」
夜の王都サイラス。昼間よりたくさんの人々が歩く中、リュードはぼんやり大通りを歩く。
今日一日、本当に色々なことがあった。勇者サックスが暴れ馬に轢かれ死に、500年後の世界に転生。リュードと言う名の第三王子になった訳だがいきなり殺されかけたし、しかもサーラと言う剣術指南以外誰も王子であることを覚えていない。
「うるさかったココアも、居なくなると寂しいもんだな……」
いつも一緒だった勇者パーティのココア。女好きのサックスを見張る様に口うるさい存在だったが、それでも可愛かったし見事な巨乳の持ち主であった。
(まあ、いつまでも嘆いていても仕方ない。あの時代のサックスはもう死んだんだ。俺はリュードとしてここで生きなきゃならない。そう、リュードとしてこの時代の巨乳美女をたくさん口説いて……)
心底驚いたし寂しい。でも切り替えの早さも彼の取り柄のひとつ。街を歩く美女をよだれが溢れそうになりながら見つめる。
(さて、飯にするか。幸い資金はそれなりにある)
第三王子リュードがつけていた服や装飾品。普通なら出回らない王族の品は、リュードが考えるよりもずっと貴重な品であった。
ドン……
人の多い大通りを歩くリュード。そんな彼に後ろから誰かがぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
反射的に謝るリュード。ぶつかった相手は黒いフード付きのコートを羽織った背の低い人物。リュードの言葉にも、ぶつかったことにもまるで無関心に足早に人混みへと消えて行く。
「人が多いからな、気をつけなきゃ……、あっ!!」
懐に入れた手。念のために確認しようとしたお金の入った小袋がない。すぐに気付いた。
(さっきの奴!!!)
リュードはコートの人物が消えて行った方に向かって全力で走り出す。
(いた!!)
かなり離れているが、通りの先の方で逃げるように移動するコート姿が見える。絶対捕まえてやる! そう思ったリュードは更に力強く駆け出し始めるのだが、すぐに息が上がる。
(ずっと感じていたけど、こいつの体。めっちゃ重い!!!)
ほぼ引きニートだったリュード。一日歩いた上に、更に全力疾走などできるはずがない。どうするか? 見ている間にもコートの姿がだんだん小さくなっていく。
「ならば!!」
リュードは指にはめた雑貨屋で購入した風のアーティファクトに触れ念じる。
(ウィンドステップ!!!)
同時にリュードの足元に巻き起る緑のつむじ風。それが彼を少しだけ浮遊させ一気に前方へと押し出す。
「待てよ、ゴラアアア!!!!!」
強力な風に乗ったリュード。まるで疾風のように逃げるコートへと迫っていく。
(バカな男、本当に簡単だったニャ~)
コートの人物は大通りを快調に飛ばし、手に入れたばかりの大金の入った小袋を握りほくそ笑む。だが次の瞬間、強烈な風が後方より襲う。
ブォフウウウウウ……
「どこ行くんだい? お嬢さん」
「ギャっ!?」
突如、彼女を通り過ぎた疾風。同時に感じる腰に回された手。そして耳元でつぶやく男の声。慌てて自分の隣に現れた男を見てさらに声を上げる。
「うぎゃ!? お前は!!」
先程この小袋を盗んだ男。全力で逃げてきたはずなのになぜ、隣に!? リュードが言う。
「こんな可愛らしい女の子が、うん。お痛しちゃダメだよ」
腰に手を回した瞬間気付いた。それが女性だと。
「は、放すニャ~!!」
腰を抱きかかえられたフードの少女はリュードを突き放し距離を取る。間違いなく間抜けそうな男。カモにした相手。
(どうしてニャ~!? 絶対追いつかれるはずはないのに……)
自慢の脚力。ただの人間に追いつかれるはずはない。リュードが言う。
「へえ~、獣人族の女の子か。可愛いねえ~、良かったらお茶でも一緒に……」
ずれたフードから見える猫耳、コートからはみ出た尻尾。人間族とは異なる種族である獣人族。獣のような身体能力を持つ種族である。
「おい、あれ?」
「やだ、獣人族よ……」
周りの通行人達が、リュードと獣人族の少女のやり取りに気付き足を止め見つめる。少女はすぐにフードを戻しコートの中に尻尾を隠す。リュードが尋ねる。
「まあその前にその袋、返してくれないかな? さすがにそれがないと困るんだ」
「……」
周りの状況を目で確認しながら少女が黙り込む。
「それとももう一度、かけっこするかい?」
「うるさいニャ!!」
少女は観念したのか手にした小袋をリュードに投げつけ逃げるようにその場を去っていく。リュードは地面に落ちた小袋を拾いながら過ぎ去る少女を見て思う。
(可愛かったなあ~、あれで巨乳ならパーフェクト!!)
残念ながらまな板。だけど可愛らしさは十分口説くに値する。リュードはふうと息を吐くと新たな巨乳美女を求め、人で賑わうお洒落なレストランへと足を運んだ。
「う~ん、ここのコーヒーは中々の絶品だな~」
翌朝、宿を出たリュードは大通りの裏にあるとあるカフェに向かった。あまり目立たぬ店。少ない客。たくさんの観葉植物が置かれた店内で、リュードはひとりコーヒーを楽しむ。
(そろそろ時間だな)
リュードは人と待ち合わせをしていた。
実は昨晩、夕食を終えた彼はこの街の情報屋へ向かった。バーのような店。マスターに少し金を握らせると裏世界に強い情報屋を紹介してくれた。
(とにかく今の俺には圧倒的に情報が足りない。この世界のことも街のことも。そして王城のことも)
何が起きていて、何を信頼すればいいのか。右も左も分からぬ状況。だが経験上、金で得られる裏情報は信憑性が高い。
カランカラン……
静かな店内に、ドアを開け誰かが入って来た音が響く。消された気配、聞こえぬ足音。その黒いフードを被った少女は、リュードの前まで来て顔を青くして言った。
「ぎゃっ!? お前は!!」
コーヒーカップを静かに置いたリュードが少女に笑顔で言う。
「やあ、君は昨晩の。やはり僕達は何か運命的なものがあるかもしれないね。さ、座って……」
昨晩金を盗み取ろうとした獣人族の少女。リュードを見た彼女はすぐに踵を返し言う。
「か、帰るニャ……」
「ほお~、依頼人を捨てて帰る気なのかな~~??」
(うぐっ……)
少女の足が止まる。情報屋より紹介された少女。顧客を捨てて帰ってはこの世界で生きて行くことはできない。リュードが向かいの席に手をやり優しく言う。
「さあ、どうぞ。美味しくて温かいコーヒーを注文しよう。あ、それとも猫舌だからアイスの方がいいかな? いずれにせよ僕の愛の籠った飲み物を君に捧げるよ」
(う、うっとうしいニャ……)
優男の癖に言うことはキザ。だが彼が依頼人である以上逃げられない。獣人族の少女は黙って椅子に座る。リュードが言う。
「またこうして君に会えるとは、やはりこれは運命なのかね?」
「……」
無言の少女。リュードが尋ねる。
「とりあえず先に君の名前を教えてくれないかな?」
「……必要ないニャ。仕事が終わればもう会わない」
リュードはコーヒーカップに口をつけにっこり笑って言う。
「そんなところも可愛いねえ。じゃあとりあえず『子猫ちゃん』って呼ぼうかな」
「こ、子猫……」
想像しなかった呼称に少女が顔を上げて驚く。
「……」
だがそれ以上リアクションはしない。仕事だけの関係。それでいい。リュードが嬉しそうに言う。
「いや~、でも本当に君が来てくれて良かったよ」
「……どういう意味ニャ?」
少女は運ばれてきたアイスコーヒーを口にしながら尋ねる。
「うん。諜報部員としては有能そうだからね。昨日俺から小袋をくすねた技、見事だったよ」
「……」
それは嘘ではない。転生しても彼は勇者。金を易々と盗まれるほどドジではない。少女が尋ねる。
「それで依頼は何だニャ?」
かなりの報酬。危険な依頼であることは間違いない。リュードがコーヒーカップをテーブルに置き笑顔で答える。
「とある場所に潜入して情報を探って欲しい」
黙って聞く少女。リュードが言う。
「場所はサイラス王城。欲しい情報は……」
驚く少女を更に驚かせる言葉が出る。
「第三王子リュードについての情報だ」
一瞬の静寂。少女は意味の分からない依頼に頭の整理が追い付かなかった。