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59.赤き閃光

 異様な光景だった。

 レーベルト帝国軍とサイラス王国軍。裏切ったランフォードの攻撃で倒れた兵以外が、まるでそこに何かの境界線があるかのように対峙し合い、中央の王子兄弟を見つめる。


「ほら、兄さん。何か言えよぉおおお!!!」


 ドフドフドフッ!!!


「ぐぐっ……」


 倒れたベルベット。執拗に蹴りを加える弟ランフォードに皆の視線が集まる。近寄りたくても近寄れない。『氷結の魔法使い』と呼ばれる彼の怖さを最も知るのがサイラス軍。近付けば倒れている兵士のようにゴミのように壊される。




「悍ましいこった……」


 レーベルト帝国軍の長棒使いザイムが腕を組んでその光景を見つめる。先ほど自分を追い込んだ実力者。それが身内の裏切りで無様な姿を晒している。これが『勝利が最優先』とする若い皇帝の戦術。先のティルゼール攻略同様、胸糞悪い光景だった。

 そんな長棒使いザイムがある赤い光に気付く。


(何だ、ありゃ?)


 それはまるで赤い光。遠方より一直線にこちらへ向かって来る。





「さあ、兄さん。そろそろこのつまらない喜劇を終わりにしようか」


 横たわるベルベットに病的に青白い顔をしたランフォードが言う。言葉を発する力すら残っていないが、傍に立つ弟を下からぎっと睨み上げる。ランフォードが頬を引きつらせて言う。


「ああ、やっぱりあなたは最後まで我が長兄ベルベット様だ。屈指ない目、馬鹿にしたような目、哀れんだ目。すべて気に入らない。ああ、そうだよ。そのすべてが気に入らないんだよ!!!」


 ランフォードが氷結の剣を振り上げ、頭上に巨大な氷塊を生成。静かに言う。



「これでもう楽にしてあげるよ。愚弟からのせめてのお礼だ」


(ランフォード……)


 あれは受けたらもうダメだろう。さすがのベルベットも一瞬死を覚悟した。




業火の咆哮(ヘルファイヤ)!!!!!」


(え?)


 一瞬。遠方より突如現れた赤き閃光。そこから発せられる灼熱の衝撃波。それはランフォードの頭上で極寒の冷気を放ちながら形成された巨大な氷塊を直撃し、爆音と共に一瞬で砕いた。


 ドオオオオオオオオオン!!!!


 爆音に水蒸気のような煙。粉々に砕け散った氷片が太陽の光を浴びてキラキラと空中で輝く。



「ぎゃあああああ!!!!」


 同時に響くランフォードの悲鳴。


「腕が、私の腕が!!!!」


 地面に両膝をつき蹲るランフォード。氷結の剣を持っていた右腕が激しく出血している。ダフィが血の付いた前足をぺろりと舐め、赤毛を逆立てランフォードを睨みつける。




「ふにゃ~、あの犬コロ。すっごい変わったニャ!!」


 離れた丘の上でその様子を見ていたレーニャが感嘆の声を上げる。まだ小柄で頼りないところのあったダフィ。それがその体の小ささを感じさせないほど大きく見える。

 超越的な身体能力を持ったヘルハウンド。子供とは言えあの獣王ダーマの息子。迷いがなくなり、戦闘モードに入ったダフィは簡単には手の付けられぬ存在となっていた。





(ヘ、ヘルハウンド……、なぜこんな所に……?)


 横たわるベルベットがその赤き魔獣の姿を見て思う。隣国バルカン王国の出現は聞いている。だがここサイラスではまだほとんどその姿を見せない凶悪な魔獣。その個体が現れただけでも驚きなのに、それがまるで自分を助ける行動をとる。

 朦朧とした意識の中で赤き悪魔を見つめるベルベットにダフィが言う。



「お前がリュードの兄だな?」


(!!)


 リュード。今、確かにリュードと言った。横たわったまま無言で頷くベルベット。ダフィが続ける。



「我が主リーゼロッテ様とリュードの為にお前を助ける。いいか、死ぬなよ。僕が時間を稼ぐから早く逃げろ」


 赤毛を逆立てレーベルト帝国軍を睨むヘルハウンド。ベルベットは一体何がどうなっているのか分からないが、リュード達のお陰でこの命が救われたことは理解した。



「痛い、痛い痛い痛い!!! ぎゃあああ!!! 助けてーーーーーっ!!!!」


 腕に重傷を負ったランフォードが激痛に顔を歪め、レーベルト帝国軍の方へと駆け出す。もはやサイラスは彼の仲間ではなかった。頼るは帝国軍。恥も外聞もかなぐり捨て一直線に帝国軍内へと逃げ込む。



「ベルベット様っ!!!」

「すぐに治療をっ!!!!」


 ランフォードが消えた後、サイラス軍より救護班がベルベットの元へと駆け付ける。それを見届けたダフィがゆっくりとこちらに歩いて来る巨躯の長棒使いを見つめる。




「ヘルハウンドか。こりゃまた珍しい奴が出て来たな」


 レーベルト帝国ではほとんど生息しない種族。『凶悪な悪魔』と噂では聞いているが、確かに赤毛を逆立て威嚇するその姿はその名に相応しい。ザイムが長棒を構え尋ねる。


「なぜヘルハウンドがその男を助ける?」


 ダフィが威嚇しながら答える。


「あの男はリュードの兄。殺されたらサイラスが大変なことになる。だから助ける。それだけだ!!」



(リュード? 確かサイラスの三男……)


 ザイムが記憶の奥にあったリュードと言う名前を思い出す。優秀な兄に比べ無能な弟。現に今回の作戦でも全く討伐対象に入っていない。ザイムが言う。



「まあ、良く分からんが、俺達の邪魔をするならお前をここで潰す!!!」


 長棒を構えるザイム。ダフィが考える。



(今の目標はあの長棒使い。だけどその後ろにたくさん兵が控えている……)


 ザイムの後ろにはじっと戦況を見つめるレーベルト帝国軍の兵士がいる。あのすべてが襲い掛かって来たらやられる。

 ダフィが救護兵に肩を担がれ後退するベルベットを横目で見る。今はそんなことを憂いていても仕方がない。



(目の前の敵を殲滅するっ!!!)


 ダフィが雄叫びを上げて長棒使いザイムに突撃する。



 ガン!! ガンガンガンガン!!!!


 ヘルハウンドの鋭い牙と巨大な長棒がぶつかり合う。まだ子供のヘルハウンド。ザイムの振り回す長棒の攻撃を受け左右に体が振られる。




「突撃ーーーーーっ!!!」

「サイラス軍を叩き潰せ!!!!」


 その攻撃を合図にそれまで戦況を見ていたレーベルト帝国軍、そしてサイラス軍が行動に出る。両軍入り乱れての戦闘が再開された。



「グルウウウウウ!!!!」


 獣王の子として覚醒しつつあるダフィ。赤き閃光となり戦場を駆け回る。





「優秀なヘルハウンドだな。だがどうしてサイラスを助ける?」


 レーベルト帝国皇帝シュナイダーが、その凶悪な悪魔の戦いを褒めつつ、その行動には首を傾げた。バルカン王国攻略の際に対処しようと考えていたヘルハウンド。この場で現れることはやや想定外だ。



「まあいい。ヘルハウンドとは言えたった一匹。いつまでもつかな?」


 青紫の髪を風に靡かせ、皇帝シュナイダーは余裕の笑みを持ってその戦いを見つめた。

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