57.サイラス vs レーベルト
「ベルベット様、レーベルト軍より使者が参りました!」
サイラス軍の陣。大将ベルベットに伝令役の兵士が伝える。国境付近で対峙する両軍。このような場合先に使者を送り交渉するのが通例。無駄な死人を出さない為の習わしでもある。
「通せ」
使者をぞんざいに扱うことはご法度。腕を組んだまま椅子に座るベルベットの前に、美しいレーベルトの鎧を着た兵士が現れる。
「お初にお目にかかります、ベルベット王子」
使者が仰々しく頭を下げる。迎えるベルベットは腕を組んだまま。憮然とする王子に使者が言う。
「時間もございません。単刀直入に申し上げます。降伏して頂けませんか」
目を閉じ黙ったままのベルベット。その横で佇立する次兄ランフォード。使者が続ける。
「我らレーベルトの軍備は強大。ティルゼール王国ですら赤子を捻り潰すように制圧しました。準属国である貴国にもう勝ち目はありません。無駄な死者を出す前に、どうかご賢明な判断を」
使者が深々と頭を下げる。
「……それだけか?」
ベルベットがゆっくり瞼を開け、尋ねる。
「それだけと申しますと?」
動揺しない使者が答える。
「そんなくだらない話をしにわざわざここまで来たのか、と聞いてるんだ」
「……」
静まり返る陣内。ベルベットが言う。
「てめえんとこの若造に伝えておけ。我がサイラスは決して屈しない。この俺がいる限り、てめえらの汚ねえ足でこの土地は踏ませねえ!!!」
「それは交渉決裂、と言う意味でよろしいでしょうか」
冷静な使者。ベルベットが立ち上がり椅子を蹴って怒鳴るように言う。
「当然だ!! 二度と来るんじゃね!!!!」
使者は全く動じずに頭を下げ退場していく。ベルベットが黙ったままのランフォードに言う。
「と言う訳だ。心してかかるぞ」
「はい……」
ランフォードも使者と同様、全く表情を変えずにそれに答えた。
「そうか。ご苦労であった」
一方、使者からの報告を受けたレーベルト軍の皇帝シュナイダーは、不敵な笑みを浮かべてそれを聞いた。まるで戦を楽しむかのような顔。余裕、そんな感すらある若き皇帝が言う。
「ベルベットは殺すには惜しい男。是非我が軍にて活躍して貰いたい。私は好きなんだ、あのような愚直な男が」
レーベルト軍陣内。皆を前に立ち上がったシュナイダーが腰に付けた美しい剣を掲げ、皆に言う。
「かの英雄サックスが使ったとされるこの『勇者の剣』。この剣があればどんな敵が現れようが我は負けぬ!!」
今度は身に着けた美しい鎧に手を当て叫ぶ。
「同じくこの『慈悲の鎧』があれば、如何なる敵の攻撃にも我は屈しない!!」
静まり返る一同。最後は背に付けたマントを靡かせ叫ぶ。
「そしてこの『王者のマント』があればすべての者が我に跪く!! 我がレーベルトに死角なし!! 我らに勝利を!!!」
「「我らに勝利を!!!」」
シュナイダーの言葉に酔う一同。
彼が身に着けた装備、勇者サックスが魔王討伐時に装備したとされる伝説のアーティファクト。魔法至上主義のこの時代、いち早くアーティファクトの優位性に気付き、そして稀代のアーティファクターであった彼だからこそ今のこの地位がある。
シュナイダーが剣を掲げ、体格の良い部下に命じる。
「ザイム、先陣を切れ!! 総員、突撃準備を!!!」
「おおーーーーっ!!!」
圧倒的カリスマを持つシュナイダー。冷酷な青紫の目にはサイラスの大地が広がっていた。
「全員、突撃だ!!! 陣を崩すな、急所をつけ!!!」
対するサイラス軍でも絶大な信頼を置くベルベットの号令の下、迫り来るレーベルト軍に向かって戦闘を開始する。
熱くカッとなりがちなベルベットだが、戦が始まると同時に冷静さも顔を出す。これこそただの猛将ではない彼の器。鮮やかな指揮で部下を鼓舞する。
「うおおおおおお!!!!」
「負けるかーーーーーっ!!!」
ぶつかり合う両軍。軍事力に物を言わせるレーベルトに対し、サイラスは質で対抗。緒戦、両軍の戦いは拮抗していた。
「素晴らしい。これがベルベットの指揮。是非我が軍に加わって貰いたい」
思わず本音が出るシュナイダー。それほどまでにベルベットの指揮は美しかった。だがその拮抗に楔を打ち込む人物が現れる。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
レーベルト帝国軍、歩兵部隊長ザイム。鍛え上げられた大きな体に巨大な長棒。触れただけで頭が吹き飛ぶようなその長棒を、まるで玩具のように振り回しながら奇声を上げ戦場を駆け回る。
「な、なんだ、あれ!?」
「規格外だ!!!」
思わず委縮するサイラス兵。それほどまでに異様で迫力を放っていた。
戦とはどんなきっかけで戦況が変わるか分からない。部隊の全滅、指揮官の撤退、そしてこのような男の出現。
(まずいな……)
ベルベットが思う。レーベルト軍のたったひとりの将官のせいで、サイラス軍の陣形が崩れ始めている。数で劣る自軍。このまま見過ごす訳にはいかない。
「俺が相手だーーーーっ!!!」
ベルベットが大剣を手に戦場に駆け出る。流れを変えてはいけない。冷静さと、豪快さが合わさった長兄の判断。それはザイムの異様な圧に飲まれかけていたサイラス軍を再び生き返らすこととなる。
「大将っ!!!」
「ベルベット様!!!」
鼓舞される部下達。その雄姿、赤髪に野性的な風貌。大剣を持って駆けるだけで皆の心が奮い立つ。
ガン!!!!!
ベルベットの大剣とザイムの長棒が鈍い音を立ててぶつかる。長棒をクルクル回しながらザイムが言う。
「お前がサイラスの王子か!! 相手に不足はない、我が長棒の前に屈せよ!!!」
ガン、ガンガンガガガガ、ガン!!!!
お互い一歩も引かない打ち合い。常人では持つことで精一杯の大剣に長棒。両者その重い武器をまるで手足のように振り回し、相手に叩き込む。
(こいつはすげえ。こんな奴がいるのか!!)
ベルベットは内心驚いていた。相性の悪い魔法ならいざ知らず、この自分に物理で一歩も引かない人物がいることを。ベルベットが後ろに跳躍し、剣を構えて言う。
「いいじゃねえか、お前。でも時間がねえ。これで決めてやる!!!」
ベルベットの気が上がる。そして跳躍し、大剣を振り下ろしながら叫ぶ。
「全破壊的斬撃!!!!」
ベルベット最大の攻撃。強大な圧と共に規格外の大剣がザイムを襲う。
ガン!!!!
「ぐわあああああああ!!!!!」
それを長棒で受け止めるザイム。しかし想像以上の威力の前に長棒は吹き飛ばされ、そして自身も激しく後ろへと飛ばされる。
「うおおおおおおおお!!!!!」
ベルベットの叫びが戦場上に響く。大剣を構え、とどめを刺しにザイムへと突撃する。
無言で戦況を見つめるシュナイダー。その視線が彼の上へと向けられる。
ザン!!!!!
「ぐっ!? な、なんだ……」
ベルベットが背中に感じた激痛。切り裂かれるような感覚。冷たい刃物。鮮血を噴き上げ倒れた彼の目に、地面に突き刺さった氷刃が目に入る。
「ラ、ランフォード……」
その先にはゆっくりこちらに歩いて来る銀髪の魔法使いランフォード。引きつったような顔に笑みが溢れる。
「な、なぜだ。ランフォード……!!」
後方からの不意打ち。仲間からの攻撃。戦場の皆がそのふたりを見つめる。
「さようなら。ベルベット兄さん」
『氷結の魔法使い』と呼ばれたその彼の頭上に、青白い氷魔法が渦を巻いて集結した。