54.共生
「リュード様、すぐに治療致します!!」
リュードの元に駆け付けたサーラがすぐに怪我の治療を行う。
「深淵より湧き出でしばる生命の泉よ。かの身体に宿る傷痕を癒し、再び輝く命を蘇らせん。ヒール」
グルーガンに受けた腕の傷が治癒していく。そこへ城壁のヘルハウンドをほぼ討伐したリーゼロッテが戻って来て言う。
「サー様、今戻ったぞよ……」
さすがのリーゼロッテもその顔は疲労困憊。上級広域魔法を連続でぶっ放すことは想像以上に魔力を消費する。横たわる漆黒のグルーガン、その部下達が伏せをした光景を見て言う。
「さすがはサー様じゃ。頭を取ったんじゃな」
「まあな。それより大丈夫か? リーゼ」
よろよろとリュードの方へ近付くリーゼロッテが甘い声でねだるように言う。
「サー様がリーゼを褒めてくれればこんなもん、大したことない」
リュードがリーゼの頭を撫でながら言う。
「よく頑張ったな、リーゼ。えらいぞ」
「てへ~」
満面の笑みでそれに応えるリーゼロッテ。これが何よりのご褒美。再びこの幸せを感じられることが何よりも嬉しい。怪我をしたセレスもリュードの元へ行き信じられない顔で尋ねる。
「リュード王子。あなたは一体何者で……?」
噂に聞いていたサイラスの『ヘタレ王子』。だが目の前であのヘルハウンドを一方的に仕留めた実力はもう疑う余地はない。『陰の実力者』と聞かされた話も本当だったようだ。リュードが答える。
「え? そのままだよ。ただのサイラスの王子」
「いえ、そう言う意味では……」
「リュード王子!! ヘルハウンド討伐、お見事であった!!」
そこへ紙の壁が消え、集まってきた国王が言う。リュードの手を握り興奮気味に言う。
「王子のような素晴らしき方が我がバルカンに来てくれるとなれば、もう何も案ずることはない!! マジョリーヌとの婚儀、この場で認めよう。良いな? マジョリーヌ」
興奮する国王。そう問われたマジョリーヌがやや戸惑いながら答える。
「は、はい。喜んで……」
マジョリーヌ自身、心底驚いてた。
(あれが、あれが本当に変態王子ですの!?)
グルーガンとの一騎打ち。あの恐るべき凶悪の悪魔の頭領に、全く怖気づくことなく突撃。剣一本で倒してしまった。普段の様子といざという時の行動。そのあまりのギャップの大きさに頭が混乱する。
(でも、素敵ですわ……)
歴代『強き者に服従する』という遺伝子を持ったフランソワ家。特に女性はその傾向が顕著に現れる。リーゼロッテが髪を逆立てて怒りを露わにして言う。
「おい、お前!! まだそのような寝言を申しておるのか!! 焼き殺すぞよ!!」
マジョリーヌに向けられた怒り。だが今回彼女だって引けない。
「あ~ら、残念ですがこれは国家的約定。私とリュード様が一緒になるのはもう決まっているんですわよ~、おーほほほほっ!!」
この男は逃がさない。そう切り替えたマジョリーヌも一歩も引かない。リーゼロッテが杖を向け言い返す。
「いい気になるなよ、小娘が!! この場で雷撃で……、ありゃ!?」
そう言いながらふらつくリーゼロッテ。さすがに魔力の消耗が激しく、魔法を念じようとすると体が動かなくなる。リュードがリーゼロッテを支えながら言う。
「無理するなよ、リーゼ。大丈夫、俺は結婚なんてしないよ」
「サー様ぁ……」
「ただ一晩一緒に寝るだけ」
ゴン!!
「痛て!!」
リーゼロッテが持っていた杖でリュードの頭を殴る。それを聞いた国王が笑みを浮かべて言う。
「フランソワ家の盟約で『床を一晩共にした男女は夫婦の契りを結ぶ』と言うのがある。リュード王子、観念したまえよ」
「どんな盟約だよ……」
苦笑するリュード。そんな彼に起き上がったグルーガンが尋ねる。
「我が主よ、どうぞ我らを導き給え」
強き者には絶対の服従を誓うヘルハウンド。それは種族が異なろうが変わらぬこと。獣王ダーマがサックスに従ったように。リュードが考えてから言う。
「人間を襲うな。人間から奪うな。一緒に共生しろ」
「はっ! グルルルル……」
サーラがグルーガンの治療を行う。リュードがバルカン国王に言う。
「国王、国王にもお願いがあります」
「何じゃ?」
「ヘルハウンドとの共生為、人間側にも協力をお願いしたいです」
「ほお、それは具体的には……?」
リュードは国王に説明をした。ヘルハウンドに人間を襲わせない代わりに、人間からは食料の提供や駆除の禁止、人語を話せる彼らとの交流を願い出た。またヘルハウンドにはその見返りとして、他国や魔物などから侵略等があった際の協力を命じた。
「有り難い、ほんに有り難い……」
国王が涙目で言う。恐るべき存在であったヘルハウンドの脅威が消え、それどころか彼らが味方となって国の為に動いてくれる。それを考えれば食料などの提供など微々たるもの。国王がリュードの手を取り感謝する。
「ありがとう、リュード王子。噂に違わぬその実力。末永くマジョリーヌと共に人生を歩んで欲しい!!」
「え? あ、いや、俺そう言うのは……」
結婚なんて微塵も考えていないリュード。今度はマジョリーヌの父親が言う。
「娘をよろしく頼みますぞ、リュード王子!!」
「いや、だから俺は……」
そこへ急報を持った兵士が駆け付ける。
「こ、国王!! 大変です!!!」
ヘルハウンドを討伐した勇者が現れた。これ以上大変なことなどあるかと思いつつ、国王が尋ねる。
「何じゃ? 言うてみろ」
「はっ!! 実は北のレーベルト帝国が南に侵攻。ティルゼール王国を制圧し、更に南下を続けているとのことです!!」
ティルゼール王国とはリュード達のサイラス王国、クレスがいるセフィア王国、そしてここバルカン国王の宗主国。皆で協力しレーベルト帝国に対抗しなければならないはずだったが、先手を打たれた形となった。
そしてティルゼール王国と一番国境を接しているのがリュード達のサイラス王国。リュードが言う。
「サーラ、リーゼ、レーニャ。すぐに戻るぞ!!」
「はっ!!」
「僕も行くよ!!」
その中にヘルハウンドのダフィが加わる。リュードが頭を撫で頷く。驚いた国王が尋ねる。
「あ、あの、リュード王子。マジョリーヌとの婚儀は……」
「今はそれどころじゃなくなりました。おい、グルーガン!! マジョリーヌを頼むぞ!!」
「ワオン!!」
グルーガンが頷きそれに吠えて答える。マジョリーヌが真っ青な顔で言う。
「い、いやですわ!! そんなこと……」
マジョリーヌの隣に立つ漆黒のヘルハウンド。もうそれだけで倒れそうになる。
ヘルハウンドの大規模襲撃。その混乱が収まる前にリュード達はバルカン王国から出立する。
同じ頃、サイラス王城ではその兵士の凶報に大混乱に陥っていた。
「レーベルト帝国がティルゼールを制圧しただと!?」
更に南下を続け、ここサイラスに向かっているらしい。震え上がる大臣達。宗主国を制圧するほどの軍事大国。このままではサイラスの滅亡は免れない。震える国王達の前に、その頼りある息子が現れた。
「この俺が行きます!! 必ずや帝国の侵攻を止めて見せましょう!!!」
それは赤髪に野性的な顔をした長兄ベルベット。会議の末席に居た弟ランフォードを指さして言う。
「お前も来い、ランフォード!!」
「……分かったよ。ベルベット兄さん」
銀色の髪に白い肌。ベルベットとは対照的な弟ランフォードが答える。
(兄さんが僕を頼った。これは面白い……)
それほどまでに相手は強大とのこと。サイラス最強兄弟が、帝国の侵攻を止めるために出陣した。