52.謁見の間の戦い
ドン!!!!
バルカン王城謁見の間。その広間につながる大きな扉が爆音と共に破壊された。振り返る国王やリュード達。その扉の後ろに数体の大きな影が現れる。騎士団長セレスが前に出て剣を構え言う。
「国王、お気を付けください!!」
異様な雰囲気。国の最高責任者である国王の元に、こうも簡単にその悪魔達の侵入を許してしまうのか。セレスは全身から噴き出る汗を感じながらその恐ろしきヘルハウンドを見つめる。
「国王はいるか?」
その中でも特に圧の強い個体、漆黒の体毛に覆われたひと際大きなヘルハウンドが低い声で言う。
全身から迸る邪悪な圧。見る者を震え上がらせるような凶悪な目。大きな牙に鋭い爪。幾度もヘルハウンドと戦ってきたセレスですら見たこともないような風格であった。
「王には指一本触れさせぬ!!!」
セレスが剣を構え大声で返す。その周りには国王護衛隊が集合、同様に戦闘態勢を取る。マジョリーヌは震えながら思った。
(殺される、殺される……、あんな怖いの、もうダメだわ……)
騎士団長ですら平常心を保てぬほどの威圧感。非戦闘員であるマジョリーヌは、この場にいるだけで寿命が縮んでいくのをはっきりと感じる。抜刀したサーラがリュードに言う。
「リュード様」
「ああ、サーラは前へ。レーニャ、お前は後ろへ下がれ」
「あいニャ!」
こんな状況でも落ち着いているリュードを見てレーニャが安心する。負けない。彼がいればどんなことが起きようが負けない。
(ど、どうしよう……)
一方、ダフィはグルーガン達の後ろで柱に隠れ小さくなって震える。主のリーゼロッテはいないが逆らえばお仕置きが怖いし、かと言って逃げれば目の前の怖いヘルハウンド達に何をされるか分からない。
(僕は、やっぱり『恥知らずの子』なのか……)
震えて何もできない。ダフィは自分の弱さが情けなくなった。
「狙いは国王。頭を取ればこの戦いは俺達の勝利だ」
グルーガンがそう部下達に伝える。外から聞こえる得体の知れない轟音。体をびりびりと痺れさせるような強大な魔力。何が起こっているのか知らないが、あれだけの数をもってしてもどれだけ持つか分からない。
(魔王でも現れたのかよ、くそっ!!)
早くケリを付けなければならない。焦るグルーガンが唸りながら言う。
「国王を差し出せ! 服従すれば他の者は殺しはしない。逆らえば殺す。グルルルル……」
低い声。絶対的優位に立つ者が発する言葉。セレスが叫ぶように返す。
「ふざけるな、悪魔共め!! この私がいる限りそのような蛮行、決して許さぬ!!!」
その間にリュードが懐から一枚の古い紙を取り出し、後ろにいる国王達に向かってひょいと投げる。
「紙の防御壁」
その言葉と同時に宙を舞った紙がそのまま浮かんだ状態で停止、半透明な膜のようなものが紙を中心に広がりまるで壁のように現れる。セレスが尋ねる。
「な、何をなさった!? リュード王子……」
魔法ではない。だが見たこともないような術。リュードが答える。
「アーティファクト。後ろの戦えない人達とこっちの間に壁を張った。これで国王はもう安心」
「ア、アーティファクト!? そんなものが……」
半信半疑のセレスが恐る恐るその膜に触れ、驚きの顔で言う。
「た、確かにここに壁がある。こんなに薄い壁が……」
今度はその膜を拳でどんどんと叩いて確かめる。壊れない。確かに強固な壁ができている。
「リュ、リュード様ぁ……」
「げっ!!」
リュードの目に太い柱の後ろから姿を現したマジョリーヌが映る。なぜ国王達と一緒に居ない!? なぜ壁のこちら側に居る??
「ごめんなさい。私、怖くて……」
怖くて柱に隠れていた。それで紙の壁に入れなかった。リュードが頭を抱え、仕方なしにサーラに言う。
「サーラ。悪いけど、あいつのお守り頼めるか?」
「え? あっ、はい」
リュードに命じられたサーラがすすっとマジョリーヌの前に立ち、剣を構える。リュードが言う。
「動くなよ! 死ぬぞ」
「ひゃ、ひゃい!!」
恐怖に震えサーラに抱き着くように小さくなるマジョリーヌ。国王が言う。
「セレス、気を付けて戦え!!」
「はっ!!」
国王の安全が保障されたことが分かり、セレスが戦闘に集中する。グルーガンが言う。
「くだらない小細工をしやがって。行くぞ、全員皆殺しだぁあああ!!!!」
「クオオオオオオオン!!!!」
一斉に突撃するヘルハウンド達。それに合わせるようにセレスが配下の護衛隊と共に陣を組み、それを迎える。
ガン、ガガガガガン!!!!
牙と剣がぶつかり合う音。盾や鎧に爪が当たる音。最強のヘルハウンド達相手に、バルカン王国最高の精鋭達が剣を振るう。
(へえ、やるじゃねえか)
騎士団長セレスを中心に良く指揮の執れた集団。攻撃に防御、負傷した者はヒーラーも兼ねた団員が手当を施す。リュードが感心する。さすがバルカン最高峰の精鋭達だ。
「はあああああ!!!!」
ガン!!!
騎士団長セレスもまるで鬼神の如く駆け回り、そしてボスであるグルーガンに剣を打ち込む。それを大きな爪で弾くグルーガン。ぺろりと爪を舐め、そして言う。
「この俺様に一太刀入れるとは気に入ったぞ。だが、今日で終わりだ」
(来る!!!)
超越的な能力を持つヘルハウンド。その中でも最も強い個体とされるグルーガン。その彼の全力の攻撃は皆の想像を超えていた。
ガン、ガンガンガガガガガ、ガン!!!!
爪と牙による連続攻撃。剣でそれを弾いていたセレスだが、やがて劣勢に追い込まれていく。
「く、くそ!!! ぐわっ!!!」
そしてグルーガンの鋭い爪がセレスの腕を鎧ごと切り裂く。
「団長っ!!!」
部下の相手をしていた団員が大声を出す。だがその部下達もグルーガンの精鋭達の前にひとりまたひとりと負傷し、見る見るうちに窮地へと追い込まれていった。セレスが叫ぶ。
「怯むな!! 死んでも国王をお守りするぞ!!!!」
膝を付き、鮮血を流しながら皆を鼓舞するセレス。だが大勢は決まり始めていた。このままでは全滅する。グルーガンが鋭い爪を振り上げセレスに言う。
「じゃあな。強き者よ」
ドン!!!!
「グガッ!!!」
その瞬間。突如何か小さなものが飛来し、グルーガンの顔に命中。そのまま仰け反る様に後ろへと倒れる。
「な、なんだ、一体!!!!」
顔を上げたグルーガン。その目にセレスの前に立つひ弱そうな男の姿が映る。セレスが言う。
「リュ、リュード王子。これは……」
セレスは目を疑った。目の前に立つリュードの辺りに幾つもの石が浮遊している。それは謁見の間の端に敷き詰められた砂利。真っ白な小さな石であった。リュードが言う。
「あとは俺がやるよ。後ろで治療してな」
「ば、馬鹿を申さないでくれ!! あのヘルハウンドにあなただけで……」
「勝てるよ」
リュードが振り返ってにっこり笑いながら言う。
「だってあいつタマより全然弱そうだし、それに」
リュードがサーラの後ろで泣きそうな顔で震えるマジョリーヌを見て言う。
「巨乳美女ちゃんを、あんなに怖がらせる奴は許さないからな」
何を言ってるんだ、とセレスは思った。死ぬ。確実に王子は殺される。バルカン王国精鋭隊が束になっても勝てない相手。そんな奴ら相手にたったひとりで何ができる。
よろよろと立ち上がりながらセレスが言う。
「わ、私も一緒に……」
「下がれ!! 後ろで待機してろ!!!」
前を向いたままリュードが叫ぶ。セレナは思わず腰が抜けそうになってしまった。ただの王子ではない。そのオーラはまるで皆の希望と呼ばれる存在。そう……
――勇者のようだ
グルーガンに対峙するリュード。その周囲に浮かぶ不思議な石。腕を組み、ヘルハウンドのボスに言う。
「このまま帰るならもう何もしない。どうする?」
グルーガンが大きな口を開け、威嚇しながら答える。
「ふざけるな、この下等種族が!! ぶっ殺してやる!!!」
リュュードがため息をつきながら答える。
「仕方ないな。じゃあ、始めようか」
そう言いながら右指をパチンと鳴らす。同時に周囲に浮かんでいた石が勢い良くグルーガン向けて放たれた。