5.絡みつく違和感
第十七代サイラス国王には三人の息子がいた。
長兄ベルベットに、次男のランフォード。そして末弟のリュード・サイラス。
ベルベットは恵まれた体に皆が認める剛腕であり、剣一本で数々の戦場で武勲を上げる猛将。『真朱の破壊者』の二つ名を持つほどだ。次男ランフォードは剣こそ苦手だが、氷結魔法にかけては右に出る者はおらず兄と遜色ない評価を得ていた。
(リュード様……)
サーラはそんなランフォードに剣を指導しながら追放されたリュードのことを想う。
末弟リュードは残念ながら優しい性格が取り柄だけの何の才能も持たない男であった。内向的で部屋に籠ることが多く、それを危惧した国王によって幼いながらも剣術に長けたサーラが指南役として抜擢された。
「ふう……」
剣の打ち込みを終えたランフォードが汗を拭きながらサーラに言う。
「サーラ。先ほどの男は一体何者なんだ? 私の弟とか言っていたが……」
サーラがランフォードの傍に駆け寄って言う。
「そうです! 弟、第三王子のリュード様ではありませんか!!」
必死なサーラの目。だがランフォードはやや哀れんだ表情となって答える。
「少し疲れているのではないか? それかあいつに何か洗脳の魔法でもかけられたとか? とりあえず少し休め。私に弟などいない」
「ランフォード様……」
そこまで完全に否定されるとサーラでなくとも不安になる。本当に何か洗脳魔法でもかけられたのか。だがリュードと過ごした日々は今もなお鮮明に彼女の頭に刻まれている。
(何かが起こっている。リュード様のお力になりたい!!)
追放されてしまったリュードのことを思い、胸を痛めるサーラ。そんな彼女にランフォードが言う。
「それよりも知っての通り我がサイラス王国は非常に危険な状態になっている」
「はい……」
弱小国サイラス。今の現状は宗主国であるティルゼール王国の属国であるが、ティルゼール自体が腐敗政治により力を失っており、同じ属国同士が争いを始める事態となっている。長兄ベルベットも今、同じ属国である隣国の侵攻を受けてその対応に向かっている。
「父の命令だから私も剣術を習っているが……」
木刀を床に置き、ランフォードが右手を上に向けて小さく念じる。
バリリン……
掌の上に浮かぶようにして現れる透き通った氷塊。ランフォードが言う。
「私はこの氷結魔法でこのサイラスを守って見せる!!」
無言で頷くサーラ。次男ランフォードと三男リュードに剣の指導を行っていたが、長兄と違いふたりに剣の才能はなかった。だがランフォードは類い稀なる魔法の才を持ち、実際彼が率いる魔法部隊は近隣諸国にその名を響かせている。
(リュード様……)
サーラは何をやってもダメだったリュードを思い、自然とため息が口から洩れた。
「はあ……」
サイラス城を追い出されたリュード。ひとりになって見て初めて色々と思い出してくる。
(ココアにはもう会えないのかな……)
いつも口うるさかったココア。だがこの世界にはもう彼女はいない。そう思うとやはり寂しさが湧き上がって来る。
「とは言え立ち止まってはいられない! とりあえずこれからどうするか考えるべきだ」
やることは山積みだ。今晩の寝るところや情報収集など直ぐにでも行動しなければならない。幸い城を囲むように城下町が広がっていたので、一旦ここを拠点に動くこととした。
「まずは金だな。これって売れるのかな??」
着の身着のままで追い出されたリュード。無論一文無し。だが彼の着ている服は王族専用のものだし、身に着けている装飾品も多少ある。
(首飾り以外アーティファクトはなしか。まあ、どこかで買うとしよう)
リュードは少しずつ乾いてきた服を撫でながら王都中心地へと歩き出す。
(何か全然俺の記憶と違うなあ……、活気もないし)
先日まで拠点としていた王都サイラス。だが500年後のこの街は彼の想像以上にみすぼらしい姿に変わり果てていた。街を歩く人達はあまり元気もなく、騒々しく走っていた商人の馬車もほとんど見られない。
500年の間に何があったのか。そんなこと想像すらできないリュードは街の質屋の暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませ」
店の中には髪の薄い中肉中背の男が座っており、入店したリュードに気付いて声を掛けた。店内には誰もおらず、リュードは店に入る前に脱いだ王族の服と装飾品をカウンターの上に置いて尋ねる。
「これ、売りたいんだけど幾らになる?」
「はい、では鑑定します」
男はやや湿った服を手に取りじっと見つめる。そして驚いた顔で尋ねる。
「これはサイラス王族の服だね。見た限り本物っぽいけど、あんたどこで手に入れたのかい?」
「うーん、まあ……」
やはり自分は『第三王子』として認識されていないようであった。何が起こったのか分からないが、第三王子の存在が皆の記憶から抹殺されている。男が言う。
「まあ、野暮なことは聞かないけど、十分気を付けることだね。若いのにあまり危ない橋は渡らない方がいいよ」
「ああ、ありがとう」
店主はリュードの身を案じて言ってくれたのか、最後はまるで父親のような顔になり想像よりも高い金額ですべてを買い取ってくれた。
「じゃあ次は服を買うか」
ほぼ下着姿のリュード。すぐに近くの服屋に入り適当な服を調達。これでようやく普通に街を歩けるようになった。
「ん? あれは何だろう」
リュードは通りにあるとある雑貨屋に目が行く。稀代のアーティファクト使いとしては、やはり安い物でもいいのでアーティファクトを持っていたい。リュードが引き寄せられるように雑貨屋へと踏み入れる。
(あれ? ないじゃん……)
500年前なら雑貨屋にたくさん置かれていたアーティファクト。だがこの店にはほとんど見当たらない。
「何をお探しですか?」
まるでガラクタのようなモノが溢れる店内。その中から太った店主が現れてリュードに声を掛ける。
「ああ、アーティファクトを探しているんだけど、置いてないのか?」
「アーティファクト? あんたアーティファクトを探しているのか?」
「そうだけど……」
妙な違和感。店主が店の端にあるガラスケースに並べられた装飾品を指さして言う。
「どうして探しているの知らないが、うちには三つだけあるよ」
「あ、ありがとう」
指さされた方に向かうリュード。そしてガラスケースに並べられた装飾品を見て唖然とした。
(何だこれ……)
店主がアーティファクトだと言う装飾品。確かに置かれた指輪はアーティファクトだが、残り二つはただの装飾品。しかもこの指輪のアーティファクト、最低ランクのノースターのくせに値段がバカ高い。店主が尋ねる。
「あんた、コレクターかい?」
「コレクター??」
首を傾げるリュードに店主が言う。
「違うのか? じゃあなぜそんな骨董品みたいなものを探しているんだ?」
「骨董品って……、そりゃ使うに決まってるからだろ?」
それを聞いた店主が突如笑い出して言う。
「うははははっ!! こりゃ面白冗談だ!! そんなもの使える奴なんて一握りだけだぞ。まあ使えたって意味はないけど」
「意味がない??」
『アーティファクトの申し子』と呼ばれたリュードことサックスには聞き捨てならぬ言葉。店主が呆れた顔で言う。
「まあ時々いるんだな趣味で集めている奴。どうする買うのか?」
「うーん、まあ貰うことにするよ。この指輪だけな」
「毎度あり」
店主はガラスケースのドアを開けると、そこに置かれていた指輪を取り出しリュードに渡す。
(風のアーティファクトか。やっぱりノースター。本当に買って良かったのかな?)
性能の割に高すぎる買い物。もうちょっと調べてから買えば良かったかなと思いつつ店を出るのだが、結局他ではまったくアーティファクトが売られておらず結果的にはここで買っておいて正解であった。
「ふう、疲れたな……」
その後、幾つのかの店を見て宿を決め、夕食の為に再び大通りに向かって歩き出した。日が落ち涼しくなったせいか通りの人も増えてきている。王都サイラスはもちろん小さな都ではないので全て見て回ることはできなかったが、それでもリュードには大きな違和感がずっと燻っている。
(本当にここはサイラスなのか……??)
随分時間が過ぎているとはいえ、あまりにもつい先ほどまでいたサイラスの街と違っている。大通りを、首を傾げて歩くリュード。そんな彼をひとつの影が少し離れた大木の上から見つめる。
「気の抜けた顔。お人よしそうな男。ふふん~、今日の獲物はあいつニャ」
その影は音もなく大木から降り、陰に潜みながら静かに動き始めた。