49.美味しいごはん
(えへへへ……、馬車の揺れに合わせてマジョリーヌのも揺れるぅ~)
マジョリーヌの馬車に乗ったリュード。馬車の揺れに合わせて目の前で上下に揺れる彼女の大きな胸元に目を向け、だらしない顔をする。
(嫌な視線を感じますわ……)
それに気付かないはずはない。マジョリーヌは変態王子からの気持ち悪い視線に耐えつつバルカン王国への帰路を急ぐ。そんな彼女に従者が馬車の窓に近付き言う。
「お嬢様、間もなく日が落ちますが予定の宿場町へは間に合いません。あそこに見える集落で今夜は泊まろうと思いますが如何でしょうか」
バルアシア王城への帰路。本来ならば途中にある大きな宿場町に辿り着く予定だが、先ほどのヘルハウンドの襲撃により遅れてしまった。夜間の移動は危険を伴うので行わないのが通例。マジョリーヌが仕方なしに答える。
「分かりましたわ。では今夜はそこで泊まりましょう」
「はっ」
フランソワ家ほどの上級貴族が泊れる宿は多くはない。だが止むを得ない場合は仕方がない。リュードがマジョリーヌの胸元を見ながら言う。
「今日は一緒に寝るのかな~、何せ婚約者候補だしー」
その発言にイラっと来たマジョリーヌが顔を引きつらせて答える。
「あ~ら、いやですわ。フランソワ家の家訓として『強き者に従う』と言うのがございまして。リュード様もヘルハウンドを倒して頂ければやぶさかではございませんわよ」
「ヘルハウンドを?」
「ええ、そうですわ。この国に巣食うあの憎き悪魔達を」
「いいよ。俺が倒してやる」
マジョリーヌの目が喜びの色に変わる。
「まあ、それは頼もしいですわ!! ぜひリュード様のご活躍を期待しております!!」
(馬鹿な変態王子ですこと! まあこれで『ヘルハウンドの餌』は確定。あとはサイラス本国より兄達が救援に来て頂ければ私の役目も十分果たせますわ)
マジョリーヌの脳裏にリュードを囮にしたベルベット達を誘い出す作戦が描かれる。リュードが真面目な顔をして言う。
「俺は巨乳美女ちゃんの願いなら何でも聞くぜ。ああ、楽しみだ!!」
そう笑いながら下品な視線を浴びせて来るリュード。マジョリーヌはそれを我慢しつつこの忌々しい時間が早く過ぎるのをじっと耐えた。
「着きましたよー!!」
集落に到着した一行。馬車から降り辺りを見回す。すでに暗くなっているが小さな川が流れ、山や森もある田舎の静かな集落。一応宿泊施設もありそうだ。集落で唯一の宿屋の女将が笑顔で迎える。
「まあまあ、こんな時間までお疲れ様です。ご宿泊ならこちらで……、ひゃっ!?」
笑顔だった女将の顔が、一緒に居たヘルハウンドのダフィの姿を見て一変する。凶悪な悪魔と呼ばれるヘルハウンド。驚くのは無理もない。慌ててリュードが言う。
「ああ、これは大丈夫。大きな犬なんだ」
「え? 犬!?」
真っ赤な体毛。鋭い牙や爪。子供なので一般的なヘルハウンドよりは小さいが、それでもとてもそれが犬には見えない。女将が言う。
「そ、そんな訳ないでしょ!! どう見たってヘルハウンドじゃ……」
「大丈夫だって。ほら」
怖がる女将の前でリュードがダフィに抱き着き笑う。
「グルルルル……」
「いえいえ、怒っているじゃないですか!!」
怒りを露わにするダフィを見て女将が後退しながら言う。
「リ〜ゼ」
リュードの言葉にリーゼが頷き、氷のような視線をダフィに向ける。
「クウ~ン……」
絶対的主の命。すぐに大人しくなったダフィを見てリュードが言う。
「だろ? 可愛いんだぜ」
そう言ってダフィのモフモフを撫でまわす。女将が言う。
「き、危害を加えないようにして貰えれば……」
久しぶりの大人数の客。女将としても逃がしたくない。リュードが言う。
「良かったな、ダフィ。じゃあ一緒に……」
「僕はお前達人間なんかと一緒には行かない! ここでいい!!」
ダフィはそう言って建屋の外に歩き出し、そこに顔を背け伏せる。リーゼロッテが言う。
「放っておけ。さ、行くぞよ、サー様」
「あ、ああ……」
結局ダフィを除いた者達だけで宿泊することとなった。
「あーははははっ!! マジョリーヌ、最高だぜ~!!」
「い、一体何の話をしていらっしゃるのですか!!」
食事時、楽しそうに大声で笑いながら食べる声が辺りに響く。食堂からは嗅いだことのないようないい香り。ダフィはひとり地面に寝転がりながら空腹に耐える。
(お腹減ったな……、水でも飲むか……)
もそっと立ち上がり、小川へ行き水を舐めるダフィ。集団での狩りが得意なヘルハウンド。子供のダフィが一体で獲物など獲れない。
「おーい、ダフィ~!!」
そこへ宿屋の方から誰かが歩いて来るのにダフィが気付いた。
「グルルルル……」
毛を逆立て警戒するダフィ。だがその男、リュードの手にある香ばしい食べ物を見てその警戒がやや揺らぐ。
「ほら、食べな。美味しいぞ」
手にはこんがり焼けた肉の塊。焼いた肉など食べたことがないがもうその香りで美味しいのは間違いない。ダフィが顔を背けて言う。
「お前の施しなど受けるか!!」
リュードが苦笑して言う。
「リーゼからの依頼だ。じゃあ、ここに置いておくからな。食べとけよ」
リュードはそう言って肉の塊を地面に置くと建屋に戻って行く。リュードの姿が見えなくなってからちらりと肉を見るダフィ。そしてそれに齧り付いて言う。
「あ、主の命令だからな。がつがつ……、う、美味い……」
初めて食べるきちんとした料理。ダフィは骨まで噛み砕いて食べ満足そうに眠りについた。
それより少し前、北の大国であるレーベルト帝国の若き皇帝シュナイダーは、大軍を率い崖の上から南に広がるティルゼール王国を見下ろしていた。
青紫の髪に冷酷な目。他者を寄せ付けない圧倒的なオーラ。手にした美しき装飾の剣を掲げ、部下達に言う。
「では奏でようか。我らレーベルトの幕開けの交響曲を!!」
「おおーーーーっ!!!」
狙われたリュード達の宗主国ティルゼール王国。今まさに時代の急変を迎えようとしていた。