44.リュード暗殺計画??
「サー様!!! サー様、これは一体どういうことじゃ!!!」
リュードとマジョリーヌの婚約話を聞きつけたリーゼロッテが血相を変えてやって来た。机をバンバン叩きながらリュードを問い詰める。
「いやー、別に結婚する訳じゃないよ。とりあえず形だけで……」
「そんなことはどうでも良い!! わらわはサー様が一欠片でも結婚すると言う可能性があれば、全力を持って叩き潰す!!!!」
拳を握りしめメラメラと魔力を上昇させるリーゼロッテ。リュードが宥めるように言う。
「結婚なんてしないさ。そんなことをしたら世界中の巨乳美女を口説く機会が……」
「何か言ったかい? サー様……」
煉獄の炎の様にリーゼロッテの目が燃える。それ以上の戯言は許さぬと言う気迫。リュードが顔を引きつらせて答える。
「ああ、そ、そうだね。でもこれは国王の命令。一旦形だけでも従わないとさ……」
一転、今度は泣きそうな顔になってリーゼロッテが言う。
「ほんに、ほんに心配なのじゃ。わらわらはサー様なしじゃ生きては行けぬ。死んでしまうのじゃ……」
俺なしでも500年も生きていたくせに……、と思いつつ悲しがるリーゼロッテの頭を撫でていると、今度はサーラが同じく血相を変えてやって来た。
「リュ、リュード様っ!! ご結婚って本当なのですか!!??」
「リュード、結婚するのかニャ!!??」
サーラの後ろにはネコ耳のレーニャ。リュードが首を振ってそれに答える。
「違う違う!! 結婚なんてしないって」
「で、ですが……」
心配するふたりにリュードが経緯を説明。ようやく落ち着いたサーラとレーニャが言う。
「それにしても心配です。私も一緒に参りますから」
「ミャーも行くニャ」
無論そのツインテールのエルフも言う。
「無論わらわも行くぞよ」
それを見たリュードが苦笑して思う。
(まあ、これならどう転んでも結婚なんて無理だな)
こうして一応リュード陣営でも、形だけだがバルカン王国行きが承認された。
「一体どうすればいいの!!!」
一方のフランソワ家のマジョリーヌ。王都サイラスの一角にある、外交官や貴族の家が立ち並ぶ高級住宅地にある屋敷の中で、ひとり頭を抱えてうな垂れていた。
(まさかこの私に落とせない男がいたなんて……)
父親からは必ずサイラスの猛将を連れてくるよう厳命されている。言わばこれはフランソワ家の命題。とても『しくじった』などとは言えない。
ひとり考えるマジョリーヌ。帰国前に書面にて報告をしなければならない。そして苦し紛れに彼女が講じた策。マジョリーヌ配下の様に手紙をしたためた。
『拝啓、お父様。間もなくマジョリーヌは帰国の途に就きます。ご期待されていた私の婚約候補ですが、見事三男リュード・サイラス様にて決まりましたことを報告致します。実はサイラス王国に来てお聞きしたことですが、このリュード様、裏では【陰の実力者】と呼ばれその力はふたりの兄を凌ぐほどと噂されています。そのリュード様をお連れして帰国できることを、私は心より誇りに思います。ではごきげんよう。敬具』
第三王子リュードの悪評はもちろん隣国バルカンまで届いている。引きニートとかヘタレ王子とか。だからそれを隠す為にリュードを実力者として祭り上げた。
精神的に追い込まれていたマジョリーヌには正しい判断など到底できなかった。居ないよりはまし。三男のいる隣国に有事があれば、あの国王が助けてくれるだろう。その程度にしか考えられなかった。
「それにしてもあの兄ふたり。段々腹が立ってきましたわ」
全く自分を見向きもしなかったベルベットとランフォード。マジョリーヌの女としてのプライドが怒りに変わる。
「長兄は顔は好みだけど重度の戦闘狂。ああいうのって結婚したら絶対奥さんが苦労するタイプだわ!」
マジョリーヌの頭に次男ランフォードの顔が浮かぶ。
「あれはもっと最悪ね。何を考えているか分からない陰険キャラ。女を人として扱わない非道タイプよ、絶対!!」
壁をガンガン殴りながら最後にリュードを思う。
「三男は変態ドスケベの引きニート。いえ、なぜか引きニートではなくなっていたけど、人の顔を見る度に『巨乳巨乳』って、ああもう、一体何なの!? あの兄弟は!!!」
マジョリーヌが荷造りをしながら言う。
「いいですわ、もう。変態引きニートを連れて帰って、ヘルハウンドの餌にでもして差し上げましょう。それで言うんです、『サイラスの陰の実力者でもヘルハウンドには敵いませんでしたわね!』と」
怒りからついに『リュード合法抹殺計画』ができつつある。マジョリーヌがバンと鞄を勢いよく閉じ、窓の空を見て言う。
「それでいいですわ。そして私は未亡人。新たな素敵な男性と幸せになりますの」
その先の『人を踏み台にして自分だけ幸せになる計画』まで練り上げたマジョリーヌ。絶対的美しさを誇る彼女だからこそ思いつく案。そしてバルカン王国へ帰国する日が訪れた。
「あの、リュード様。そちらの方々は……」
王城門前に集まったマジョリーヌとリュード。だが彼の後ろには想像していなかった人達が出発を今か今かと待っていた。
エルフの従者が担ぐ椅子駕籠に乗ったリーゼロッテが言う。
「早う、出発せい」
リュードの隣に立つ美しい亜麻色の髪の剣士も頷いて言う。
「さあ、参りましょう。リュード様」
「早く旅行に行くニャ~」
ネコ耳の下等な獣人族。その後ろには同じ獣人族の男達が群れを成して待機している。マジョリーヌがリュードに尋ねる。
「ど、どう言うことでしょうか……?」
リュードとふたりで帰国するつもりだったマジョリーヌ。馬車から降りてそう尋ねる彼女にリュードが答える。
「いや~、なんかみんな来るって聞かなくてさ……」
(何なの、何なのよ一体!!)
ヘタレ王子のみならず、訳の分からない従者達が大勢ついて来る。さすがに悪いと思ったのか、リュードが獣人族の男達に言う。
「おーい、お前らはここで留守番。何かあったら頼むぞ」
「ええ? 我々もリュード様と共に参りたいです!!」
悲しい表情をする獣人族。リュードがいるからここサイラスまでやって来た。彼が行くなら自分達も行く。そう言い張る彼らにリュードが説得する。
「まあ、気持ちは嬉しいが、お前達にはこの大切なサイラスを守って欲しい。頼まれてくれ」
そう言って軽く頭を下げるリュードを見て、さすがの獣人族も受け入れざるを得なくなる。
「分かりました。リュード様がそう仰るならば致し方ありません。そのご命令、命に代えても守りますぞ!!」
「あ、命は大事にしてね」
リュードが笑う。皆が笑う。だがマジョリーヌだけは決して笑うことはできなかった。
(王族たる者があの下等な獣人族に頭を下げたですって!? 何と情けない!! 根性が腐っていますわ!!!)
マジョリーヌには理解できないリュードの行動。結婚どころか、もうその顔も見ることすら嫌になって来た。
結局、リュードの他にリーゼロッテ、サーラ、レーニャのいつものメンバーが従者として付いて来ることになった。マジョリーヌが笑顔で言う。
「では参りましょうか」
そう口にした彼女。王城門からやって来た大柄の男に気付き足を止める。
「ベルベット様……?」
それはサイラス三兄弟の長兄ベルベット。肩に大剣を担ぎ、ゆっくり歩み寄るとリュードに言う。
「おい、リュード。行く前にこの俺と勝負しろ」
本当に戦闘狂だな、とリュードは苦笑いした。