42.巨乳美女だと!?
父親であるサイラス国王からの呼び出しを受け、王族専用の広い迎賓室にやって来たランフォード。銀色の長髪はつやを失い、病的にまで青白く痩せ細った姿は見た者に少なからずショックを与えた。その理由は明白である。
(リュードっ、この卑怯者が!! のこのこと私の前に!!!)
三男であるリュードに決闘で敗れたランフォード。あれ以来部屋に籠る様になり、不正を働いたと思っているリュードに怒りを募らせていた。
(お前だけは、無能なお前だけは絶対に許さぬ!!!)
今回は国王からの王令。仕方なくここまでやって来たが、そこで卑怯な三男を見ることになり恨みが増していく。事実、リュードがランフォードを破って以来王城内の空気に変化が起きていた。
――リュード様は変わられた
それが皆の共通意識。何が起こったのか分からない者がほとんどだがリュードが勝ったことは事実だし、最近の彼の堂々とした振る舞いは王子を超えどこかの英雄のような雰囲気すら漂わせる。
(許さない許さない許さない許さない……)
だがランフォードにしてみればそのすべてが気に食わなかった。許せなかった。
「みんな、久しぶりだな。元気であったか?」
三兄弟が揃う迎賓室。最後に現れた父親である国王が息子達の顔を見ながら言った。病気の進行は薬で抑えられているものの、国王に昔のような覇気は感じられない。腕を組んだままのベルベットが大きな声で言う。
「俺は問題ない。怪我もすっかり完治した」
リーゼロッテに受けた怪我も完治したベルベットが答える。続いてリュードが言う。
「元気っす。ええ、元気っす」
異様な雰囲気。早くここから帰りたい。当たり障りのない言葉で答えるリュード。そんな彼を睨むようして沈黙する次男ランフォード。国王が言う。
「こうして皆で会うのも久しぶりだな。立派な息子達を持ててわしは幸せだ。ごほごほっ……」
年のせいか言葉も弱々しくなってきた国王。もう退位の時期はそう遠くないのかもしれない。だが皆の頭には別のことがずっと占めていた。婚儀とは一体どういうことなのか、と。ベルベットが尋ねる。
「国王よ、それで我らを呼んだ理由を伺いたい」
そこは長兄。単刀直入に尋ねる。国王が答える。
「うむ。実は隣国バルカン王国よりお前達に結婚の話があってな。相手はフランソワ家。王族との縁族の家系だ。悪い話ではないと思うが、どうじゃ?」
政略結婚。そんな言葉は使わないが、明らかにそれを意味する。ベルベットが言う。
「王家の縁者とは言えそのような貴族程度に我々では釣り合わないでしょう。特に俺のような長男は。お前らにやるよ」
そう言って弟ふたりに手をやるベルベット。国王の娘ならばまだ話は分かるが、相手が貴族では不釣り合い。そう話す長兄の意味は理解できる。ランフォードが小声でつぶやく。
「……くだらない」
偉大な兄。目障りな弟。今の彼にとっては実にどうでも良い話。
(その貴族令嬢って、巨乳美女なのか??)
三男リュード。結婚する気はさらさらないが、その相手が巨乳で美女なのかが非常に気になる。三者三様の反応を見て国王が言う。
「では実際に会ってみたらどうじゃ? 実はマジョリーヌ嬢にはここへ来て貰っておる。入って良いぞ!!」
息子は三人いる。国王としては隣国と深い繋がりを持つことができればそれでよいと思っている。フランソワ家とはバルカン王国でも最も有力な貴族のひとつ。関係強化を望む国王にしてみれば決して悪い話ではなかった。
「はっ!!」
ドアの向こうで待機していた兵士が大きな声で返事をする。そして開かれるドア。そこに現れたのは一瞬で場の雰囲気を変えてしまうような巨乳美女であった。
「おおっ!!」
思わず声が出たのはもちろんリュード。白い肌、胸元を大きく開けた上品なキャバドレス。アップに上げたカールの髪に可憐なティアラ。一瞬で男を魅了する美しき女性。まさにリュードの大好物である巨乳美女であった。
マジョリーヌが短いスカートの両端を持ち軽く頭を下げて挨拶する。
「初めまして。マジョリーヌ・フランソワでございます。今日はこのような場にお招き頂き大変光栄にございますわ」
甘い声。小さく湿った唇。男性を包み込むような優しきオーラにまどろんだ目。一瞬で分かる魔性の女。すぐにリュードが立ち上がりマジョリーヌの元へ行き手を差し出して言う。
「さ、お嬢さん。狭いところですがどうぞ」
唖然とする国王に兄弟。手を差し出されたマジョリーヌが手を握り、笑みで言う。
「光栄ですわ。リュード王子」
そう言ってリュードのエスコートで空いた椅子に向かい腰を下ろす。その後ろに初老の従者が黙って佇立する。マジョリーヌが赤髪の野獣のような長兄ベルベットを見て思う。
(あれが猛将ベルベットね。いい男。あれなら文句はないわ。それにしても最初にこの私に触れたのが無能の三男とは……)
引きニートで無能な三男リュード。その不名誉な名声は隣国の情報機関にまでしっかりと届いている。マジョリーヌの攻略目標は最強の長兄ベルベット。ダメならランフォード。最初からリュードなど目にも入っていなかった。国王が言う。
「遠路遥々よくぞ参った。少々クセある愚息ばかりじゃが、今日は十分楽しんでいってくれ」
その言葉にマジョリーヌが最高の笑みをもって答える。
「大変光栄ですわ。今日こうして皆様と親交を深められることをずっと楽しみにしておりました。よろしくお願い致しますね」
緊張しないはずがない場。それなのにマジョリーヌは既にこの王城に何年もいるかのような和みを見せている。挨拶の最後にひっそりとベルベットにウィンクを送った彼女。色っぽい仕草で席に着くと、それを見た国王が言う。
「では、ここで食事と行こうか。おい!!」
その声で兵士がドアを開け、豪華な食事が次々と運ばれてくる。始まる食事会。談話。マジョリーヌは賓客と言う立場を捨て、国王や王子に酌をするなどもてなしに奔走する。それが嫌味でも不自然にも映らないのが彼女の武器。堅物のベルベットですらマジョリーヌの酒を受け悪くない顔で飲んでいる。
「マジョリーヌ。さあ、君も一杯どうぞ」
リュードのお酌。マジョリーヌがグラスをもってそれに答える。
「まあ、嬉しいですわ。では少しだけ」
そう言ってリュードの酌を受けアルコールを口にするマジョリーヌ。
(どうしてこの男ばかり私に絡んでくるのかしら!! こんな無能者などどうでもいいのに!!)
事前情報とは違い妙に積極的な三男リュード。攻略対象の兄達とは中々距離が縮まらない。そうこうしている内にマジョリーヌを迎えた食事会が終わりを告げた。上機嫌の国王が言う。
「息子達を頼むぞ、マジョリーヌ嬢」
「はい、お義父様。……あっ!」
言い間違えに気付きはっとするマジョリーヌ。それを国王は笑って言う。
「気が早いのお。まあでも嬢のような美しい女性にそう呼ばれるのは決して悪い気はせぬ。ごほっごほっ」
計画通り。無論故意の言い間違い。マジョリーヌの計略がゆっくりと始動を始める。だがそんな空気を一変するようにランフォードが立ち上がり大声で言う。
「リュード!! お前が行け。お前で十分だ!!」
唖然とする一同。プルプルと体を震わせながらそう叫ぶ次男に国王が言う。
「何を大声を出しておる!! 静かにせぬか、ごほごほっ」
突然失礼な言葉を浴びせられたのに、表情ひとつ変えずにマジョリーヌが答える。
「ランフォード様。私はもっと王子様のことが知りたいと思っておりますわ。是非この私に皆様とお話する機会を頂けませんでしょうか?」
マジョリーヌとしてはこの程度で三男を押し付けられたくない。国王が頷いて言う。
「それは当然のことだ。もっと息子達と話をし、ゆっくり決めるが良い」
「ありがとうございます。お義父様」
もはや確信犯の答え。独特の男を魅了する彼女の魅力。結局この日は終始彼女のペースで食事会が進んだ。