41.隣国バルカンの苦悩
サイラス王国の東に位置するバルカン王国。ティルゼールを宗主国とするいわゆるサイラスと同じ属国のような位置にある国だが、ここもやはり群雄割拠の波に翻弄されていた。バルカン国王に兵士が報告する。
「こ、国王。報告します!! 再びヘルハウンドの群れが街を襲撃。多数の負傷者が出ております!!」
バルカン王国は周辺国の脅威とは別に、ヘルハウンドと言う魔獣の襲撃に怯える日々を過ごしていた。魔物とは一線を画す魔獣。知能が高く人の言葉を話し、それでいて凶暴で攻撃的である。国王が命じる。
「すぐに主力部隊を送り制圧をしろ!! 容赦するな!!」
「はっ!!」
そう命じるものの王城の主力部隊は既にその大半が酷く疲弊していた。長く続くヘルハウンドの襲撃。周辺国への警戒。宗主国ティルゼールからも援軍もなくバルカン王国は大袈裟に言えば存亡の危機に陥っていた。
そんなある日。閣僚会議で決まった案に従い、国王がフランソワ家の当主を王城に呼びつけ、そして言った。
「隣国サイラスには猛将と呼ばれる王子兄弟がいる。フランソワ、これは国家命令だ。貴家の令嬢マジョリーヌ・フランソワにサイラス王子と婚儀を結ぶよう命ずる!!」
国王の命令、それはつまり猛将と名高いサイラスの王子を自国に引き込む政略結婚。王子にはヘルハウンドの討伐、同時にサイラス自身の弱体化を狙う策略があった。その大役に抜擢されたのがフランソワ家の美人令嬢マジョリーヌ。フランソワ家当主が頭を下げ答える。
「かしこまりました。我がフランソワ家の名にかけて必ずやサイラスの王子を連れて参りましょう」
国家をあげての政略結婚。その大役を受けたマジョリーヌがまもなくサイラス国王に謁見する。
「サー様、わらわの荷物はここで良いか?」
サイラス王城内にあるリュードの部屋。品のある家具や調度品が飾られた部屋にやって来たリーゼロッテが尋ねる。
「おいおい、だからなんでお前の荷物を持ってくるんだ?」
両手に大きなカバンを携えたリーゼロッテにリュードが呆れた顔で言う。
「何故って、リーゼはサー様と一緒の部屋で暮らすのじゃぞ」
「訳分からないこと言ってないで。リーゼの部屋は用意して貰ったろ?」
エルフ族の元族長と言うことで、特別リュードの向かいに部屋を用意されたリーゼロッテ。だがそんなことお構い無しに答える。
「ああ、あれは荷物置き場じゃ。リーゼはここで暮らすのじゃ」
「だーめ。自分の部屋に戻りなさい」
まるで子供に説教しているような気持ちになるリュード。見た目は幼いが、ゆうに500歳は超えているはずなのに。リーゼロッテが言う。
「ときにサー様」
「なに?」
その声色から真面目な話だと気付いたリュードが答える。
「サー様は気付いておられるか? この世界に魔王が存在していることを」
「!!」
魔王は勇者サックスの時代に討伐した。あれから長い月日が経っているがまた復活でもしているのだろうか。リュードが答える。
「いや、知らなかった。本当なのか?」
体は第三王子リュードだが、中身は勇者サックス。本当に魔王がいるのならば気付かないはずがない。リーゼロッテが言う。
「うむ、いるぞ。だがおかしいのじゃ。感覚的にいるのは分かるのじゃが、何と言うか敵意がないというか邪気がないというか。とにかく魔王っぽくない。さしずめ『良い魔王』と言うべきか」
「良い魔王? なんだ、そりゃ……」
苦笑するリュードにリーゼロッテが言う。
「とにかくどこかにはおる。いつ何時牙を向いてくるか分からぬから、サー様も十分気をつけておくれ」
「ああ、分かった。ありがとう」
リーゼロッテが尋ねる。
「もしかしたらサー様を襲ったと言う奴が魔王の手下とかかも知れんのう」
リーゼロッテにはサーラと共に噴水のある小ホールで襲われたことを話してある。リュードが答える。
「考えられなくはないけど、どうして『第三王子リュード』を襲ったんだい? あれは俺が転生する前の出来事。勇者サックスを狙ったとは思えないけどね」
「そうじゃな。いずれにせよ、サー様を狙う奴はこのわらわが絶対に許さないぞよ」
怒りで魔力が溢れ出すリーゼロッテ。リュードが立ち上がり、リーゼロッテの頭を撫でながら言う。
「ありがとう、リーゼ。本当にお前がいてくれて嬉しいよ」
「サー様ぁ」
リーゼロッテもリュードに抱きついてそれに応える。リュードが尋ねる。
「そう言えばダーマはさすがにもう生きていないよね?」
「ダーマ? ああ、あの犬っころか。あいつはもう死んだぞ。数十年前に」
「へえー、やっぱ相当長生きしたんだね。また会いたかったな」
リュードが勇者サックスとして旅した際に、一緒に戦ったヘルハウンドの獣王ダーマを思い出す。人の倍ほどの巨体に業火を操る魔獣。人には懐かない誇り高きヘルハウンドだが、ダーマだけはサックスによく懐いた。リーゼロッテが言う。
「ほんに愛嬌のない犬っころじゃったのう。わらわを見るとすぐに牙を出して吠えよったわ」
サックス以外にはあまり懐かなかったダーマ。リュードが苦笑して言う。
「リーゼが尻尾掴んで遊んでたからだろ?」
ダーマの尻尾はふさふさのもふもふ。リーゼロッテのみならずココアもその尻尾や体に抱きついてはもふもふを楽しんでいた。
「それは、まあ、そうじゃが……」
吠えられても牙を向けられてもあのもふもふの誘惑には敵わない。リュードにとってはまだ数ヶ月前の話だが、リーゼロッテにしてみればもう随分昔のこと。リュードが尋ねる。
「まだヘルハウンドはあの辺りにいるのか?」
あの辺りとは今で言うバルカン王国の領地。リーゼロッテが頷いて答える。
「多分おるじゃろう。わらわも詳しくは知らぬ」
サックスが居なくなってから里に篭りっきりになっていたリーゼロッテ。あれからの世界ことはあまり知らない。
「懐かしいなあ」
「うむ、あの頃を思い出すのう」
昔の思い出に耽るふたり。そんなリュードの部屋のドアが不意にノックされる。
コンコン
「ん、誰だろう?」
一瞬身構えるリーゼロッテ。この王城にはまだリュードを襲った敵が潜んでいる可能性がある。
「国王からの伝令です!!」
ドアを開けるとそう言いながら敬礼する兵士の姿があった。
「伝令? どうしたの?」
あまりいい知らせではなさそうだ。そう思ったリュード。伝令の兵士が口早に伝える。
「はっ、申し上げます! 隣国バルカン王国からリュード様王子達に向け、婚儀の話がございました。すぐに国王の元へお越しください」
唖然とするリュード。その後ろで怒りの表情をしたリーゼロッテの頭から湯気が上がった。