37.皇帝シュナイダーの野望
北にあるレーベルト帝国。
500年前の勇者サックスの時代には地方の小国に過ぎなかったこの国はサイラスの凋落と共に力を増し、現在は世界の覇権を狙える立ち位置まで伸し上がって来ていた。特に若き皇帝シュナイダー・ジークハルトが即位して以来、その覇権色は強固なものとなっていた。
「陛下、反乱を起こした貴族連合の殲滅が終了しました!!」
皇帝上の玉座に座る皇帝シュナイダーに兵が報告にやって来る。強引な政治手腕。多くの者を魅了する一方、国内に敵も多かった。青紫の髪、冷酷な目をしたシュナイダーが答える。
「ご苦労。私に楯突く愚か共者へのよい見せしめとなった。下がって良いぞ」
「はっ!!」
兵士は敬礼するとそのまま退出していく。ジークハルトは玉座から立ち上がり、離れた場所に立つ茅色の長髪をした少女に言う。
「ヘルリナ。間もなく大きな戦が始まる。お前は私と来い」
ヘルリナと呼ばれた少女。目を閉じたままそれに頷いて答える。手には透明な水晶。神秘的なオーラを放つヘルリナを見てシュナイダーが言う。
「案ずるな。悪いようにはせぬ。私にはこの三大アーティファクトがある。下等な魔法を崇拝する愚者共に私の力を見せつけてやろうぞ」
目を閉じ、黙ったまま話を聞くヘルリナ。
「お前がいれば私は負けない。このレーベルト帝国が世界の覇権を取る!! 腐った貴族どもを一掃し新たな秩序を作る。よいな、ヘルリナ」
「……はい」
少女は初めてそれに小さな声で答えた。北の強国レーベルト帝国の本格的始動が間もなく始まろうとしていた。
「ランフォード様とリュード様が決闘なさるそうよ」
「まあ、可哀そうに……」
サイラス王城はふたりの王子、ランフォードとリュードの決闘の話で持ちきりであった。誰が見ても勝敗は明らか。国王も息子同士の無益な戦いを諫めたが、ランフォードがこれを拒否。皆が注目するその戦いはいよいよ翌日に迫っていた。
「リュード様、本当に大丈夫でしょうか……」
決闘を心配したサーラが中庭に居たリュードの元へ来て心配そうに声を掛ける。リュードが変わったのは理解している。だが相手はあの『氷結の魔導士』と名高いランフォード王子。リュードとは言え勝てるかどうかは分からない。
「まあ、大丈夫っしょ。それよりさ、サーラ……」
不敵なリュードの笑み。サーラが後退しながら尋ねる。
「な、何でしょうか……?」
「何でしょうかじゃないだろ? ほら、帰って来たら俺と一緒に食事会行くって約束。忘れたとは言わせないぜ」
「あ、そ、そうでしたね。はい、お約束ですし、ただ……」
「なに?」
「はい。明日のランフォード様との決闘に勝ったら、でよろしいでしょうか?」
一気にリュードの顔が落胆へと変わる。
「な、なんで条件増えてるの??」
「い、いえ。リュード様にはちゃんと決闘に集中して欲しいですし、それに他の人にもきちんと知って貰いたいのです……」
サーラは感じている。王城に戻って来て以来リュードに注がれる軽蔑の眼差し。セフィア王城制圧の手柄を自分から横取りしたと皆は思っている。その間違いを正したい。正当な評価をリュードに行って欲しかった。リュードが思う。
(そうか。明日は適当にやって終わらせようかと思ったけど、負けたりしたら食事会がなくなっちゃうな。それはまずい。じゃあ……)
リュードが甘い眼差しでサーラを見つめて言う。
「分かった。俺も男だ。サーラの為に死力を尽くすよ。だからひとつお願いがある」
真剣な表情のリュードに見つめられ緊張しながらサーラが答える。
「は、はい。何でしょうか……?」
「俺が勝った暁には、君に服をプレゼントさせて欲しい。で、それを食事会の時に着て来て欲しいんだ」
「あ、はい。分かりました……」
一体どんなお願いかと少し構えたサーラであったが、意外に可愛いお願いだと分かり安堵の表情を浮かべる。それを聞いたリュードが握りこぶしを作ってガッツポーズをする。
「よし!! これで明日は負けらんねえぞ!!!」
「はい……」
本当に人が変わったリュード。アーティファクトと言うのはそれほど自信を与えるものなのかと少し考えた。
「ふう……」
その夜、ひとり部屋に戻ったリュードは机の上に置かれた『リュードの日記』に手を置いて思う。
(ようやくここに戻って来た。だがこれからが始まり。俺は負けないぜ!)
自国サイラスとは言えまだまだ安心できない。第三王子を見下す空気、サーラと自分を襲った見えない敵。目の敵にする兄弟。周辺国、そしてレーベルト帝国の脅威。巨乳美女が安心して街を歩けるような平和な世の実現にはまだ程遠い。リュードが大きな鏡を見て言う。
「サーラもしっかりこの俺が守るぜ、リュード」
第三王子リュードの想い。偶然その体を借りることとなったサックスは彼に誓っていた。サーラを守り、世の安寧を導くと。
「俺ってやっぱ勇者なのかな」
まだまだ見た目は頼りない第三王子。だがその双肩に圧し掛かる重圧は計り知れない。リュードはテーブルの上に置かれた片方だけの金属製の小さなイヤリングに目をやりつぶやく。
「とりあえず明日の夜はサーラとデートだな!」
そして夜が明け、次男ランフォードとの決闘の朝を迎えた。