36.新たな敵の手
「ふわ~あ……」
「リュード様、第三王子がそのような大きな欠伸をされてはなりません」
リュードはサイラスに戻る馬の上でサーラに抱き着きながら大きな欠伸をした。
「だって眠いんだもん……」
「分かっておりますが……、ぁん。変なところを触らないでください!!」
「いや、これはわざとじゃないんだから仕方ないんだよ」
久しぶりに帰還するサイラス。リュードはサーラに抱き着きながら慌ただしかったセフィアでの出来事を思い出していた。
「リュード王子にこの国を治めて貰いたいです!!」
突如現れたクレスによってもたらされた驚きの提案。当然断るリュードだったが、クレス、そしてその父親であるハガルト王子によって次々と大臣達の悪行が晒され、リュードも現体制での統治は不可と判断する。
「じゃあ、お前やれ。クレス」
結局このリュードの言葉で、一時的にクレスが父ハガルトの補助を得ながら国を治めることとなった。高齢で動くことすらままならない現国王はそのまま入院。大臣達は皆投獄され新たな国造りが始まった。それでも引かないクレスがリュードに言う。
「私の望みはリュード王子に統治してもらうこと。私には力がないです。サイラスの属国でも構いません。是非お導きを!!」
キャラ変したかと思うぐらい熱心なクレス。ただ彼にしてみれば圧倒的カリスマと実力を持つリュードを前に、すっかり自分達を導いてくれるのは彼しかいないと信じ込んでいた。リュードにしてみればどちらでもいい話。平和になってセフィアで巨乳美女を口説ければそれでいい。
「一旦国に帰ってまた返事するよ」
そう適当に胡麻化してセフィアを出発。連絡役にクロッドを指名し帰国の途に就いた。
「久しぶりのサイラスだな。とは言えここではまだ何もしていないか」
サイラス王城復帰を叶えた矢先に遠征に出たリュード達。ここでの第三王子の地位は低く、更に自分やサーラを襲った何者かが潜んでいる。サーラが答える。
「わ、私がしっかりお守りします! ご安心を」
サーラもその意図に気付いたのか力強く返事をする。ちなみにリーゼロッテは一度エルフの里に戻った。さすがに族長がいきなり男と蒸発する訳にはいかない。リュードと共に暮らす為に、きちんと里の皆を説得してから来るらしい。
「リュード様、サーラ様。おかえりなさいませ!!」
リュード達一行がサイラス王城に到着すると、待っていた兵士達が敬礼をしてそれを迎えた。出陣した時にはわずか三十ほどだった隊も、リュードに感銘を受けた獣人族がたくさん従事してきており今は数百の部隊。無論エルフ達も加わっている。
「国王がお待ちです。さ、中にどうぞ!!」
サイラスにもセフィア制圧の報は既に届いている。兵士達の暖かな拍手の中、リュードとサーラ達が王城へと足を進める。
(なんか違和感が……)
歩きながら感じる違和感。だが案内された国王の待つ謁見の間に来たリュードは、別の違和感によってそれはかき消された。
(あっ!! 長兄!!!)
病気の国王の隣に立つ次男ランフォード。赤髪の野生じみた長兄ベルベットがいない。彼はセフィアでリーゼロッテに敗れ王城に捕えられたままであった。
(やべ、忘れてた!!)
セフィアでの忙しいやり取りですっかり長兄ベルベットの救助が抜け落ちてしまっていた。クレスに任せた以上間違ったことはしないだろうが、すぐにレーニャに声を掛け命じる。
「……レーニャ」
小声のリュード。レーニャがすっと近付き耳を立てる。
「長兄のことすっかり忘れていた。ちょっと見てきてくれないか」
セフィアまで『ちょっと見てきて』と言うリュード。獣使いが荒いと思いながらもレーニャはすっと隠密で消えて行く。国王が言う。
「セフィアでの活躍。見事であった。褒めてつかわす」
頭を下げるふたり。セフィアでの出来事は先に書状にしてサイラスに送ってある。国王が続ける。
「猛将ゼルキドの討伐、セフィア城の制圧。ベルベットも無事なんじゃろ? ごほごほっ……」
体調が優れない国王。だがそれ以上にセフィア制圧の報は彼を喜ばせていた。リュードが答える。
「あ、はい。長兄は怪我の為セフィアで治療中です……」
聞き慣れないベルベットの呼び方。一瞬静かになった謁見の間に国王の声が響く。
「そうか。それならば仕方がない。それにしてもよくやった、サーラ」
(え?)
名指しされたサーラが驚き口を開ける。瞬間、リュードの中にあった最初の違和感の正体に気付いた。
(そうか、セフィア制圧をしたのは俺じゃなくて、サーラ。だからか……)
王城に帰還した時から感じていた違和感。それはセフィアを制圧したのは自分じゃなくてサーラであり、故に彼女のみに賞賛の眼差しが集められていた。事実はどうあれ、自分はヘタレな第三王子。引きニートがそのような武勲を上げられるはずがない。サーラが驚いて答える。
「こ、国王。今回の偉業は全てリュード様によるもの。わ、私は戦いにも負け、ただただリュード様の後を……」
「黙れっ!!」
それまで黙って聞いていた第二王子のランフォードが前に出て大声で言う。
「何を言うか、サーラ!! どうやったってこの手柄はお前によるもの!! このような無能な弟に一体何ができる!?」
指差されて怒鳴られるリュード。サーラが必死に言い返す。
「お、お言葉ですがランフォード様。今、ここにおられるリュード様はもう昔のリュード様ではございません。あのセフィア王国の王族の方々もリュード様ご指名での統治を望んでおられれます。そこに嘘偽りはございません!!」
いつもは控え目なサーラ。だがここまでリュードを馬鹿にされて黙っているわけにはいかない。ランフォードが笑いながら答える。
「そんな事は当たり前であろう。腐ってもこいつはサイラス王族のひとり。いくらお前が手柄を立てようが書状にはリュードの名を記するのが常識。そのようなことも分からぬのか?」
「そ、それは確かにそうですが、でも本当に……」
いい加減ででも良くなって来たリュードがサーラに言う。
「もういいぜ、サーラ。とっと帰って休もうぜ」
「し、しかし……」
リュードの活躍を知っているサーラだからこそ、そこは譲りたくない。
一方のランフォードも内心困惑していた。
(ゼルキド将軍もあのリュードに敗れたと言っていた。何かの間違いのはず。だがサーラまで。どう言うことだ?)
敗れたセフィアの猛将ゼルキド。彼を尋問したところリュードに敗れたと証言。鼻で笑ったランドードだが、ゼルキドは一切その言葉を変えなかった。ランフォードが手にした魔法杖を強く握る。
(ならばこの私がそれを証明してやろう……)
「リュード」
静かな謁見の間にランフォードの甲高い声が響く。嫌な予感しかしないリュード。そしてその言葉を聞いてため息をついた。
「この私と勝負しろ!! お前の実力を見てやる!!」
氷結の魔導士として名高いランフォード。片や才能無しの引きニートのリュード。王城に集まったほとんどの人達は、その勝負は火を見るより明らかであると思った。
一方、王都サイラスにある外交官や他国の貴族が住まう一角。一際大きな屋敷の中で、その華やかな少女は本国バルカン王国から送られて来た書状を読み、不適な笑みを浮かべていた。
「サイラスの王子達の誰かをものにしろですって? なんと簡単なご命令。いいですわ。このマジョリーヌ・フランソワが王子様を落として差し上げましょう」
セフィア王国からの憂いがなくなったサイラス。だが次なる敵の手は確実に動き始めていた。