35.和平交渉を破壊する!?
「ウオオオオオオ!! 会いたかったぞ!!!!」
王都セフィア。その一角に避難していた獣人族の家族を迎えに来た兵士達。皆、大声を上げて喜び再会に涙を流した。
「お兄ちゃん!!」
クロッドの妹が泣きながら駆けて来る。
「ケガはないか?」
それを優しく抱きしめるクロッド。嬉しさで震える体に力を入れ必死に堪える。妹が答える。
「うん、大丈夫だよ。本当に良かった……」
「ああ」
妹の頭を撫でるクロッド。溢れる涙を堪えつつ仲間を解放してくれたサイラスの王子に感謝する。妹が尋ねる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「このあと私達って、どうなるの……?」
クロッドが黙り込む。妹が少し悲しそうな声で言う。
「このままみんなでどこか遠くへ行こうよ。ここに居ても……」
「ちょっとだけ期待しているんだ」
クロッドの言葉。妹が首を傾げて尋ねる。
「何に?」
クロッドが王城の方を見て答える。
「俺達を、世界を託したいと思える人がいてな……」
意味が分からない妹。そして兄と同じくその視線の先にある王城を見つめた。
「父上っ!!」
その王城の一角。厳重な警備と分厚い扉によって閉じられていた部屋の中で、クレスは父親であるハガルト王子に抱き着き涙を流した。
「クレス!!」
父親であるハガルト王子も無事に再会できた息子を力強く抱きしめる。頭に白いものが混じるハガルト。その後ろで妻もこぼれ落ちる涙をハンカチで拭う。ハガルトが言う。
「どうやってここに来られたのだ? 一体何が起きているんだ?」
何の力もない息子では不可能な話。クレスが皆に説明をする。
「……そうか、サイラスの王子が」
圧倒的な力の前に無血開城したセフィア王城。驚きと共にまだ幼いと思っていたクレスが、隣国の者達とそのような行動をしたことに驚きを隠せない。クレスが言う。
「父上、私にこれからのことについて考えがあります」
父親であるハガルト王子はこの時の息子の真剣な顔を生涯忘れることはなかった。
「よ、良くお越し頂きました。リュード王子様」
その王城の来賓室では、サイラスとセフィアの和平交渉が始まっていた。サイラスの側にはリュードを中心にサーラ、レーニャ、そしてリーゼロッテ。対するセフィアからはいつもの大臣達が引きつった顔で参加している。
(くそエルフの女め!!!!)
当然大臣達の目には、先ほどまで味方であったエルフの族長リーゼロッテの姿が苛立たしく映る。そんなことはお構いなしに第三王子にべったりするリーゼロッテ。リュードが答える。
「とりあえずこうして争わずに話し合いができて感謝するよ」
平和になって巨乳美女を口説きたい。その為には無益な戦は最も不要で邪魔なもの。それが避けられただけでも十分嬉しい。大臣が答える。
「はい。我々も民が苦しむ姿は見たくありませぬから」
意外と組み易しと感じた大臣達が安堵の笑みを浮かべて答える。別の大臣が尋ねる。
「それで停戦にあたり、リュード様のお望みは何でしょうか?」
皆の視線がリュードに集まる。本当は『巨乳美女とのイチャイチャ生活』とか言いたかったのだが、そこは我慢して第三王子として答える。
「望みは簡単だ。もううちに攻めてこないでくれ。それから俺は平和な世を望む。だからまずは獣人族らに対する差別を一切やめること」
意外な言葉に黙り込む大臣達。リュードが続ける。
「今は北にあるレーベルト帝国ってのに気をつけなきゃならないんだろ? それなのに俺達みたいな国同士が争っていてはいけないはず。宗主国ティルゼールと共にもっと団結すべきじゃないのか?」
大臣達の顔に笑みが浮かび、頷いて答える。
「王子様の仰る通りです。我らが一致団結して未来を掴まねばなりません。よく分かりました。では先ほどのご提案、すべてお受け致します。我らにどうぞお任せを」
そう言いながら大臣達が打ち合わせたかのように一斉に頭を下げる。やや胡散臭さは感じるものの、リュードが頷いて答える。
「分かった。とは言え俺もただの第三王子。決定権はないから一度国に持ち帰って報告するよ。まあ、和平協定って路線は変わらないと思うけどな」
「はっ。有難きお言葉。我らも国の為、粉骨砕身で職務に邁進してまいります」
勝ったと思った。大臣達はこの最大の危機に完全勝利を収めたと思った。何も変わらない。いや変わらせない。すべてはこれまで通り。そう気味の悪い笑みを浮かべる大臣達を見ながらリーゼロッテが言う。
「サー様、本当によいのか? こいつらは最も信用ならぬ輩ぞよ」
大臣達の目がカッと吊り上がる。先ほどまで味方だったはずのエルフの信じられないような言葉。レーニャも言う。
「そうだニャ。こいつら絶対悪いことをするニャ」
とても国同士の交渉の場とは思えないような軽い口調。元々人間を信用していないレーニャ。特に目の前の男達からは顔を背けたくなるような悪臭がする。リュードが答える。
「そんなこと言っても仕方ないだろう。やるって言うならやらせてみなきゃ」
リュードの関心はすでにセフィアの街にいる巨乳美女へと移っていた。早く街に出て口説きたい。どんな巨乳ちゃんがいるのか? 胡散臭いおっさんどもの顔などこれ以上見ていたくない。中身はあの『女好きサックス』。本能のまま自由に生きたい。
「サー様が仰るならリーゼはそれでいい」
同じくリーゼロッテも平和とかには興味がない。ただただ大好きなサックスと一緒に居られれば他に望みはない。
エルフ族の族長のその言葉によって、リュードの提案がそのまま受け入れられ交渉は終わりを告げようとしていた。だがその者の登場によりその事態が一変する。
バン!!
突然勢い良く開けられる扉。皆の視線がその入って来た男に向けられる。
「クレス?」
リュードがやや驚いた顔でその名を口にする。何かを決意した表情。まだ若いのに強い覇気が感じられる。クレスが交渉のテーブルまで歩み寄り言う。
「ちょっとお待ちください。リュード王子」
それに気付いた大臣達が怒りの声で言う。
「な、何をなされているのですか、クレス様!! これは国同士の大事な交渉。あなたのような若い者が来る場所ではありませんぞ!!」
クレスはそう言った大臣をギッと睨みつけ指をさしてリュードに言う。
「王子、この者らは国を我が物にして腐敗させた人物達。彼らに任せては我がセフィアは何も変わりませぬ!!」
黙って聞くリュード。大臣が大きな声を上げ言う。
「な、何を言う!! じゃあ、王子が国を治めるのか!? 無理無理!! まだ子供だし、権限のある国王は病弱。故に我らが代わりに国を治めているのだ!! 今回の戦だってこのエルフが裏切らなければ負けやしなかったんだ!!!」
全く予期していなかったクレスの登場に、つい本音が出てしまう大臣。リーゼロッテが不服そうな顔で言う。
「いつからお前達の味方になった? 分をわきまえよ。わらわがその気になればこの城など一瞬で無に帰せるぞ」
「くっ……」
大臣は不満そうな顔をするものの、矛先を向けた相手を間違えたと反省する。クレスがリュードに向かって言う。
「リュード王子。お願いがあります!!」
必死な顔のクレスをリュードが見つめる。
「セフィアを、セフィア王国をサイラスの庇護下においてください」
(!!)
驚く一同。クレスが続ける。
「必要とあればセフィアはサイラスの属国になっても構いません。だからリュード様が、リュード様が……」
皆の視線がクレスに集まる。
「この国を治めてください!!」
まとまりかけた和平交渉。だが思わぬ人物の登場によりそれが一変することとなった。