33.青ざめる大臣達
セフィア王城にある大臣用休憩室。
豪華な内装にお洒落な家具。一級品の茶葉を使った紅茶を楽しんでいた大臣達にこれより幾重もの凶報が襲う。
コンコン!!
「報告します!!」
「何事だ?」
最初にやって来た兵士はハガルト王子の一家を襲撃させた者のひとり。青い顔をして続ける。
「王子一家の拘束が完了しました。しかし残念ながら息子のクレス様はご不在で……」
「逃がしたと言うのか!?」
大臣のひとりが大きな声を上げて問い詰める。兵士が下を向き答える。
「も、申し訳ございません!!」
この際ハガルト王子らその家族諸共を罪人として拘束、追放しようと考えていた大臣達。その思惑が崩れていく。
「だ、大臣、大変です!!!」
そこへまた別の兵が真っ青な顔をして駆けつけてくる。別の大臣が大声で尋ねる。
「今度は何だ!!」
兵士が敬礼して答える。
「はっ!! エルフの族長様が、その……、敵に寝返ったとのことです」
「はあ!?」
思わず持っていた紅茶のカップを落としそうになる大臣。怒鳴る様に言う。
「そんな馬鹿な!! なぜあの族長がサイラスの味方などになるんだ!!」
焼き菓子以外に何の興味も示さない気味の悪いエルフ。どんな魔法を使ったとしても敵に寝返ることなど考えられない。兵士が続ける。
「そ、それで、サイラス軍と共にこの城へ向かって行軍しているのを確認しました」
「ば、馬鹿な……」
あの『嘆きの雷帝』が敵になる。決して敵に回してはいけない最強の魔法使い。信じられない顔で黙り込む大臣達に兵士がさらに続ける。
「あ、あと、ゼルキド将軍に従軍していた獣人族数百も一緒にこちらに向かっているそうです……」
「ふ、ふざけるな!!!!!」
ドン!!!
大臣のひとりが怒りに任せてテーブルを叩く。下等な獣人族が自分達の城に攻めて来ている。その事実だけでも彼らを怒り狂わせるには十分であった。大臣が命じる。
「地下に捕えてあるゴミらの家族を連れてきて、城の前に立たせろ!! 獣の壁を作って迎え撃て!!」
「はっ!!」
兵士が逃げるようにその場を離れて行く。残された大臣達が体を震わせながら言う。
「間違いだ。こんな事きっと何かの間違いに違いない」
「そ、そうだ。エルフの族長は敵になったふりをしているんだ」
追い込まれようが決して現状を認めようとしない大臣。そして最後の凶報が兵士によって告げられる。
「ほ、報告します!!」
大臣達の視線が兵士に集まる。間違いなく悪い知らせ。兵士が叫ぶように言う。
「地下に捕えていた獣人族の家族が消えました!! 昨晩のうちに逃げたようです!!」
口を開けてその報を聞く大臣。
「け、警備兵は何をしていたんだ!!」
「何者かが侵入して、その、警備兵はすべて拘束されておりました……」
「馬鹿な……」
次々と手駒を失っていくセフィア王国大臣。最期は弱々しい声で兵に命じる。
「ぜ、全軍をもってサイラスの敵に当たれ。誰ひとり逃げるな。最後まで戦え……」
「はっ!!」
兵士が敬礼して退出していく。大臣達が椅子に座る頃には、注がれた紅茶は既に冷え切ってしまっていた。
「リュード王子、見えました!! あれが王都セフィアです!!」
森の街道を抜けたリュード達一行は小高い丘の上に立ち、その先に広がる王都セフィアを見下ろした。案内を務めるクレスが興奮気味に言う。
「大臣達が布陣しています! 最後まで抵抗するつもりなんでしょう」
城、そして門の周りにセフィア兵が集結しているのが見える。それを見たリーゼロッテが言う。
「サー様、あのような奴ら、わらわが一撃で吹き飛ばしてやろうぞ」
手にした黄金色の宝珠のついた杖を持ち今にも詠唱を始めようとする。リュードが苦笑いして答える。
「だ〜め。できるだけ平和的に制圧しよう。まずは交渉だね」
「わ、分かった。サー様がそう仰るなら……」
護衛のエルフ達はもう何度その目を疑ったことか。あの我儘で言い出したら聞かない族長が、まるで借りてきた猫の様に順応にサイラス王子の言葉を受け入れる。
そこへ木の傍からすっとふたつの影が形を成してリュードの隣に現れる。
「リュード、戻ったニャ」
それは隠密行動をしてきたレーニャとクロッド。だがすぐ近くに立つ金髪のツインテールのエルフを見て思わず仰け反って言う。
「ふぎゃ!? な、なんで『苗木の雷帝』がここに居るニャ!!??」
腰が抜けたように驚くレーニャ。クロッドも後ろに跳躍して構える。リュードが言う。
「ああ、ごめんごめん。こいつはリーゼロッテ。昔の馴染みでな。一緒に行くことになった」
「ふにゃ~??」
開いた口が塞がらないレーニャ。あれほど危険視していた敵の大将がいきなり味方になっている。クロッドが言う。
「そうか。よく分からねえが、それなら心強い」
リーゼロッテが言う。
「勘違いするな、獣ども。わらわはお前達の味方などするつもりはない。わらわはサー様の……」
「リーゼ」
リュードがやや怒った口調でその名を口にする。リーゼロッテが慌てて言う。
「い、いや、そうじゃ。サー様の味方はわらわの味方。だからお前らを助けてやっても良いぞ」
レーニャがリュードに尋ねる。
「サー様ってなんだニャ? リュードのことか?」
「ああ、まあそうだな。昔の名前だよ」
レーニャが頷いて答える。
「そうか。それにしてもあっと言う間にたくさんになったニャ」
リュードに続く大勢の兵達を見てレーニャが感心したように言う。リュードが尋ねる。
「それであっちの方はどうなった?」
すっかりそれを忘れていたレーニャが親指を立ててリュードに言う。
「上手くいったニャ。クロッドが警備兵を全部やってけてくれたニャ」
少し離れた場所で腕を組んで立っていたクロッドが照れ臭そうに言う。
「まあ、それが俺の仕事だ。仲間の家族達を早く助けたかったしな……」
リュードが尋ねる。
「それで家族らは今どこに?」
「街の別の場所に避難させているニャ。でも見つかったら不味いから早くいくニャ」
「よくやった、ふたり共。十分すぎる活躍だ!!」
「ふにゃ~」
照れるレーニャ。クロッドも顔を背けて照れを隠す。リュードが獣人族の男達に言う。
「吉報だ!! みんなの家族はレーニャとクロッドが救助した。もうこれで心配はない。後は一刻も早く城を制圧するだけだ!!」
「うおおおお!!!」
「やった、やったぞおおお!!!!」
喜びに歓声を上げる獣人族の男達。リュードの元にやって来て握手しながら言う。
「あんたに感謝するよ!! 本当にありがとう!!」
「嬉しくて、嬉しくて、ウオオオオオオ!!!」
泣いて喜び獣人族。苦笑いするリュードがあることを思い出してレーニャに尋ねる。
「なあ、そう言えばうちの長兄はどうなった?」
「へ?」
長兄。つまりサイラス第一王子のベルベットのことだ。リーゼロッテに敗れて城に捕まっているはず。レーニャが舌を出して申し訳なさそうに言う。
「忘れてたニャ。こいつが仲間を助けてずっと興奮していたもんで」
そう言ってクロッドの方を指さすレーニャ。リュードが笑いながら答える。
「まあ、いいさ。多分死ぬことはないだろうからね。さ、じゃあ行こうか。セフィア王城制圧に!!」
「はい!」
「ニャ!!」
「うむ」
「おおーーーーっ!!!」
王都セフィアに向けて再び進軍を始めたリュード達。やがて目の前にその立派な街が現れた。