32.『リーゼはサー様と共に参ります』
「サー様ぁ、サー様ぁあああっ!!」
『嘆きの雷帝』ことエルフ族の族長リーゼロッテは、500年ぶりに再会した想い人の胸に顔を埋め人目を憚ることなく声をあげて泣いた。リュードが優しく頭を撫でながら言う。
「久しぶり、だね」
リュードにしてみればリーゼロッテと別れて数週間。だが彼女にとってそれは悠久のように長き時間。金色のツインテールを震わせながら顔を上げリーゼロッテが尋ねる。
「サー様、もうリーゼは何がなんだか訳が分からぬ。どうしてここにおるのじゃ? どうしてそのような姿になられておるのじゃ??」
涙目のリーゼロッテ。必死に状況を理解しようとするがまるで分らない。リュードが苦笑して答える。
「そうだね。じゃあ簡単に説明すると……」
リュードは自身に起きたこれまでのことを手短に話した。口を開けてぽかんと聞いていたリーゼロッテだが、頭の良い彼女。すぐに話を理解する。
「……つまりサー様が転生して、サイラスの第三王子リュードになったと言う訳じゃな? これはまたどういうことなのか」
そう言いながらリュードの体を更に強く抱きしめるリーゼロッテ。
「じゃが、どちらでもいい。わらわはこうしてサー様と再び一緒に居られるだけで、もう何も要らぬ。サー様、わらわをどこかに連れて行ってくれ」
「う~ん、どうするべきか……」
リュード自身、敵将がまさかリーゼロッテだとは思ってもみなかった。考えるリュードにリーゼロッテが言う。
「悩んでも無駄じゃ。リーゼはもう決めたのじゃ」
「まあ、仕方ないか」
言い出したら聞かないリーゼロッテ。昔同じような場面でココアに言われた言葉を思い出す。
「それでサー様のことは、そのレーニャとか言う獣人族以外には秘密にしておけば良いのじゃな?」
「ああ、そうしてくれ。みんなを混乱させたくないんでね」
「うむ、分かった。……サー様」
「なに?」
抱き着いたままのリーゼロッテが顔を赤くして言う。
「ありがとう、サー様。わらわを救ってくれて。一緒に居てくれて」
一瞬黙り込むリュード。
「え? どうしたの、急に?」
「何でもない。何でもない」
そう言って再びリュードの胸に顔を埋めるリーゼロッテ。
(急ではない。わらわは500年もの間ずっと言いたかった。ようやくちゃんと伝えられた。お別れは、無しじゃ。別れるなど考えられぬ……)
リーゼロッテは強くて温かい想い人のオーラに包まれながら、待ちわびた至高の瞬間を全身で感じた。
「ど、どういうことなのかしら……!?」
一方、抱き合い涙の再会をするふたりを周りは呆然としながら見つめていた。セフィア国王子の息子クレスがサーラに尋ねる。
「サイラスのリュード王子って、雷帝とお知り合いなんですか?」
サーラが首を振って答える。
「わ、分からないです。どうしてなのかしら……」
皆に馬鹿にされてきた第三王子リュード。引きニートでもあった彼がどうやったところでエルフの族長と涙を流して抱き合うこと姿など想像できない。一方、それはリーゼロッテの部下達も同様であった。
「族長……、これは一体??」
状況が理解できないエルフ達。あの孤高の天才魔導士リーゼロッテが、ひとりの乙女になって誰かを見つめている。絶対の自信とプライドを持って生きて来た族長に何があったのか。ひとりのエルフが言う。
「まさか、あの方って族長の……」
リーゼロッテより年長の者なら知っている。彼女がなぜ『嘆きの雷帝』と呼ばれるかと。その嘆きが笑みに変わるとすれば理由はただひとつ。
「あの方が、族長の想い人なのでしょうか??」
皆の視線がふたりに注がれる。リュードがまだ目を赤く腫らすリーゼロッテに尋ねる。
「本当に一緒に行くのか?」
リーゼロッテが大きく頷いて答える。
「はい。リーゼはあの時からずっとサー様に付いて行くと決めておりました。断れても付いて行く。もうひとりは嫌じゃ」
そう言って再びリュードを抱きしめるリーゼロッテ。リュードももう観念して皆に言う。
「みんな、聞いてくれて! 我らの軍にエルフの族長リーゼロッテが加わることとなった!! だが目的は変わらず。みんなの家族、俺の長兄を助け、セフィアに平和をもたらすこと!! 皆の者、我に続け!!」
そしてリーゼロッテも黄金色の杖を空に掲げ部下のエルフに言う。
「わらわはこのサー様に忠誠を誓った。これよりサー様の障壁となる物はわらわが全力で叩き潰す。お前らは好きにせよ。進退は自身で決めよ!!」
盛り上がる獣人族やリュード隊。対照的にリーゼロッテのエルフ達は明らかに困惑の表情を浮かべる。エルフのひとりがリーゼロッテに向かって言う。
「私は族長と共に参ります。それが務め。お前達もそれでいいよな?」
困惑していたエルフ達だが、彼の言葉に皆が頷き同意する。エルフのひとりが言う。
「サイラスの王子よ。ここに居るエルフは皆、族長と共に貴方に忠誠を誓います。どうかお導きを!!」
リュードが頷いて答える。
「分かった。ではこれよりセフィアに向かう。案内せよ!!」
「ははっ!!」
エルフ達がそれに声を上げて答える。
(すごい、すごすぎる!!)
その様子を見ていたサーラはもう倒れてしまうほどの驚きに体が震えた。
最強の魔法使いで『嘆きの雷帝』と呼ばれるエルフの族長。そしてあのプライドが高く人間などには決して従事しないエルフ族達までも瞬く間に味方へ引き入れた。
「俺達の家族もこれで安心だな!!」
「ああ、早く会いたい!!!」
そして後方にはエルフとは対照的に肉弾戦が得意な獣人族の群れ。僅か三十名ほどでサイラスを出た一行は、いつの間にかに様々な種族を従えた大部隊と変貌していた。リュードがサーラとリーゼロッテに声を掛ける。
「サーラ、リーゼ」
リュードがセフィア王城の方角を向き笑顔で言う。
「じゃあ、行こっか」
「はい!」
「うむ」
剣術指南のサーラに、『嘆きの雷帝』リーゼロッテ。華麗なる女桀を先頭に、リュードがセフィア王城制圧に向け再び行軍を開始する。