31.再会。
「虚無の深淵より放たれし電撃、今ここに解き放ち、天に轟く雷神よ、我が願いを叶え給わん。雷霆の裁き!!!」
怒りのリーゼロッテ。慌てて後退するリュードに向けて電撃魔法を放つ。
ドオン!!!
「ひゃっ!?」
一瞬直撃を覚悟したリュード。だが、彼の目の前に亜麻色の髪の騎士が立ちその身を守った。
「サ、サーラ!!」
リーゼロッテの放った雷撃を、その剣撃で断ち斬ったサーラ。手に残るじんじんと痺れる感覚に堪えつつ答える。
「ここは私に。リュード様は一旦退却を」
「いや、あいつは俺の知り合いなんだ! だから俺が説得して……」
「敵は本気で殺しに来ております。リュード様、お願いですから退避を」
「……分かった、サーラ」
相手がリーゼだと分かって油断していた。全く無防備で敵の懐に入り込んでしまった。反省するリュード。一方怒りが収まらないリーゼロッテがリュードの後方の兵を見て言う。
「ほお、獣人族を仲間に引き入れたか。どんな手品を使ったか知らないが、その程度の数ではわらわは討てぬぞ」
リーゼロッテに対峙するサーラの手に汗が滲む。圧倒的な強さ。第一王子ベルベットを一方的に倒した実力。睨み合うふたりの女傑。サーラが思う。
(接近戦が唯一の突破口。近付いて一気にカタをつける!!)
気合を入れたサーラが一直線に突撃する。素早い動き。リーゼロッテに肉薄したサーラが剣を振り上げ叫ぶ。
「はあああああ!!!!」
ガン……
(!!)
リーゼロッテに触れる直前に止まるサーラの剣。動かぬリーゼロッテ。サーラが剣を振り下ろしたまま固まる。一瞬何が起きたのか分からなかったが、すぐに気付いた。
(魔法障壁……)
全ての攻撃を防ぐと言う魔法の障壁。物理、魔法など術者のレベルによっては無傷で敵を殲滅することができる。リーゼロッテが無表情で言う。
「良い剣筋じゃ。殺すには惜しい。退け。わらわはあの男に用がある」
その言葉を聞いたサーラの腕に力が漲る。
「それはできません!! 王子は、リュード王子は私が命にかけてもお守りする!!」
再び剣を振り上げリーゼロッテに向けて斬り込むサーラ。『嘆きの雷帝』はそれを見て残念そうに言う。
「ならば仕方ない、覚悟せよ。ファイヤーボール!!」
(え? 無詠唱ですって!!!)
ドオオオオオン!!
「きゃああああ!!!」
リーゼロッテほどの術者になると下級魔法の詠唱は脳内で行い、まるで無詠唱で放つことができる。至近距離で直撃を受けたサーラがそのまま後方へと吹き飛ばされる。
「サーラ!!!」
飛ばされ倒れたサーラにリュードが駆け寄り抱き上げる。
「大丈夫か!!」
「はい、やはり彼女は強いです。早くお逃げを……」
「ガルルルゥ……、リュードさん。俺達はいつでも準備万端だぜ……」
リュードの後ろに控える数百の獣人族。相手が最強の魔法使いであろうとも家族の為、いつでもやり合う覚悟はできている。リュードは彼らを手で制し、言う。
「大丈夫。ここは俺に任せてくれ」
歩き出すリュード。その彼にサーラが懇願するように言う。
「リュード様!! お願いです、今の我々では彼女に勝てません!! だから……」
リュードが立ち止まって振り返り言う。
「知らないのか、サーラ」
言葉の意味が分からないサーラ。黙る彼女にリュードが言う。
「アーティファクトって言うのはね、魔法の上位互換なんだぜ」
(リュード様……)
不思議な自信。絶対に敵わない相手。なのに思ってしまう。
――きっと何とかしてくれる
サーラはよろよろと立ち上がり、リュードの後姿を見つめながら後退する。
「リーゼ」
再び『嘆きの雷帝』に相まみえたリュード。今度は久しぶりの再会を喜ぶ顔から、やや怒りを含んだ表情となる。リーゼロッテが答える。
「貴様などにその呼び方を許した覚えはないぞ。やはり万死に値する」
リュードがポケットに手を入れたまま答える。
「とりあえずそこから降りてきて話をしようぜ」
リーゼロッテが椅子駕籠の上から見下ろすように言う。
「愚か者。わらわがなぜ貴様ごとき下等な人間と同じ地に立たねばならぬ? 勘違いも程々にせよ……」
そう言いながら怒りで魔力が増大していくリーゼロッテ。リュードがポケットにある青色の石を握りながら考える。
(あー、どうしよう。アーティファクトってこれしかないんだよな……)
それは生活水が湧き出す水のアーティファクト。雷と水。相性は最悪だ。リュードが言う。
「なあ、リーゼ。ちゃんと俺と話し合わないか? ちょっと誤解してるんだ」
リーゼロッテが手にした魔法杖を震わせながら答える。
「誤解? 誤解などしておらぬ。わらわは目の前におる馬鹿げた男を潰すのみ。覚悟せよ」
そう言いながら魔法の詠唱を始めるリーゼロッテ。リュードがため息をつきながら答える。
「仕方ねえな。リーゼ、ちょっとお仕置きだ」
長い時間ともに旅してきた心強い仲間。指導はしたことはあれば真剣勝負をしたことなどない。しかも今はリュードの体。だがそんなことお構いなしにリーゼロッテが強力な魔法を繰り出す。
「雷霆を纏いし電撃の龍よ。今雷神の加護を受け、深淵よりもたらされし電光を纏い天空に轟く雷鳴を響かせん。我が名はリーゼロッテ。大いなる雷霆の龍よ、今その深き封印を解き放ち我が前に現れん……」
詠唱と同時に晴れていた空が黒雲に包まれ、ゴロゴロと雷鳴が鳴り響く。そしてその雲の合間から雷色をした竜が何体も現れる。
「な、なに、あれ……」
驚くサーラ。あのような竜を召喚する魔法は見たこともない。リーゼロッテはリュードが手にした石のアーティファクトを見て更に苛立ち始める。
(アーティファクトまでサー様を真似るとは!! 許さぬっ!! そんなおもちゃのようなものでこのわらわに勝てるものか!!!)
怒りが最高潮に達するリーゼロッテ。最高の相性である水を相手に雷竜に叫ぶ。
「解放せよ! 万雷の轟き、雷竜召喚!!!」
ゴオオオオオオ……
リーゼロッテの叫びに応じ雷竜が群れを成してリュードに襲い掛かる。リュードが頭を掻きながらつぶやく。
「仕方ねえなあ。じゃあ、水壁っ!!」
そう叫び、手にしていた青き石のアーティファクトを水平線に合わせるように横に切る。
ゴッ、ゴゴゴゴゴゴォ……
(!!)
驚くリーゼロッテ。そしてふたりの間の地面より、分厚い水がまるで壁の様に吹き上がり始める。
「なんと!!」
手にしていたのは小さなアーティファクト。星の数は分からないが、これだけの水壁を出せるとはかなりの逸品。だが所詮は水。最高の相性を誇る雷撃には効果はない。
ドフ……、シュウゥウウウウ……
「え? えええええええええ!!!???」
リーゼロッテは目を疑った。暴れ狂う雷竜達が、噴き出した水壁にぶつかり弱々しい音を立てて次々と消えて行く。
「ど、どうなっておるのじゃ!? なぜ雷撃が水に負ける!!??」
理解できないリーゼロッテ。更に彼女を次の攻撃が襲う。
「族長、上っ!!!」
(え?)
護衛のエルフの声で初めて気付いた自身への攻撃。リーゼロッテが顔を上げると、空から何かの塊がいつも自分に落ちてくる。
ドン、ドドドッドオン!!!!
「きゃああああああ!!!」
成す術なく攻撃を受けるリーゼロッテ。幸い直撃は避けられたが、周りの護衛達は吹き飛ばされ、乗っていた椅子駕籠も粉々に破壊されてしまった。
(こ、これは、氷……!?)
リーゼロッテが落ち着き周りを確認する。それは自分と同じぐらいのサイズの氷塊。なぜこんなものが空から降って来るのか!? 混乱する彼女の前に、その茶髪の男が現れて言う。
「驚いた顔をしているね、リーゼ。教えてあげるよ。俺の出す水は純水。不純物が混じっていない水は電気を通さない。だからお前の雷竜も消し去ることができるんだ」
「あ、あ……」
リーゼロッテの体から力が抜けていく。リュードが氷塊の隣に立ち、コンコンと叩きながら言う。
「そしてこれは水壁の一部を遥か上空まで飛ばし冷却させ氷結させたもの。これも同じく電気を通さない。もう固体だからね」
(こ、これだけの規模の水を、あのアーティファクトで……)
茶髪の男の手にあるのは間違いなく生活用水のアーティファクト。戦闘用じゃない。それでこれだけの水を操るとはかなりの実力者。
(な、なんなのじゃ、この男は!? まるで、まるで……)
そう思いつつ無意識に反撃の魔法を唱えようと杖を構えるリーゼロッテ。だがリュードはそれを読んでいたのかすぐに彼女の後ろに移動し、腕を持って言う。
「まだ肘が下がる癖が直ってないね。俺が居なくなった間、ちゃんと練習したのかい?」
「あっ……」
理解した。
すべて理解した。
――この男は、サー様。
姿形は変わろうと、その中身までは変えられない。何があったのか知らないが、500年もののちのこの世界に間違いなく勇者サックスが現れた。
「サー様ぁ……」
振り返ったリーゼロッテの目に涙が溢れる。リュードが笑顔で答える。
「久しぶりだね、リーゼ」
「サー様ぁああ!!! リーゼはずっとお会いしたかったんですーーーーっ!!!」
リュードに抱き着くリーゼロッテ。リュードもそんな彼女を強く抱きしめ返した。