29.セフィア王子の抗い
リュードがサーラに代わりセフィア王城攻略に向かった頃、本国サイラス王城ではその突然の帰還兵らに皆が驚いていた。
「これは一体、どう言うことか……」
対応した将官、並びに大臣が唖然とする。
連れられて来た一団は敵国セフィアの兵士達。そして猛将と名高いゼルキド将軍までいる。縛られた彼らが牢に連れられて行くのを見ながら兵士に尋ねる。
「本当にお前達はベルベット様の部下ではなく、サーラ隊の者なのか?」
兵士達が報告した内容。それはサーラ、リュードを将とした救援隊によるゼルキド将軍撃破の報。僅か三十程度の小規模な隊。それが数百はいる兵をこうして縛り連れて来た。兵士が答える。
「はっ! リュード様から彼らの連行を命じられました」
大臣が驚いて尋ねる。
「リュ、リュード様が!? 本当なのか??」
答える兵士も驚きを隠せず答える。
「はい、間違いございません。敵将ゼルキドを討ったのもリュード様でございます」
「そんな馬鹿な……」
将官を始め大臣達が皆信じられない顔をする。引きニートである第三王子。何をやっても失敗ばかりするヘタレ王子。どう逆立ちしたところで猛将ゼルキドを討てるはずがない。
「何を馬鹿なことを言っているんだ!!」
そこへ現れたのは長い銀髪に白い肌、ほっそり瘦せた第二王子のランフォード。苛立ちを隠さず言い放つ。
「あのクズのリュードにそんなことができるはずがないだろ!! ベルベット兄さんか、それかサーラが倒したに違いない。その程度も分からぬのか!!」
ランフォードの高い声がホールに響く。癇癪の様に突如怒り出すランフォードの悪習。大臣を始めそこにいた者達が黙り下を向く。ランフォードが尋ねる。
「ゼルキド将軍はどこにいる?」
「はっ、地下牢に向かいました」
「そうか。ならばこの私自ら将軍に問いただそう。何があったのかを」
「かしこまりました」
大臣が頭を下げランフォードに答える。
無能なはずの第三王子リュード。このような国家級の大手柄があげられるはずがない。ランフォードはふざけた報告に怒りを表しながらひとり地下牢へと向かって行った。
そして王城と言えば隣国セフィアでも、急変を告げる報告が幾つもなされていた。
「うむ。美味じゃ。美味じゃのう~」
サイラスの猛将ベルベットを討ち取った『嘆きの雷帝』ことリーゼロッテ。その約束通り新作の焼き菓子を頬張りながら満面の笑みを浮かべている。応接室で引きつった笑みを浮かべる大臣達。頭の中は様々な策略が駆け回っていた。大臣のひとりが言う。
「族長様。焼き菓子をお気に召して頂いて光栄でございます」
「うむ。期待以上じゃ。むしゃむしゃ……」
大臣用の豪華な椅子に座りリーゼロッテが焼き菓子を口に運ぶ。その横にはエルフ族の護衛が佇立する。大臣が言う。
「それで、族長様。ひとつお願いが……」
「嫌じゃ」
リーゼロッテがその金色のツインテールを左右に振りながら即答する。困った顔の大臣が慌てて言う。
「そ、そう仰らずに……、実は我が国の猛将ゼルキドが敵に捕縛されてしまいまして、更に敵の軍勢がこちらに向かっているとの情報が……」
「知らぬ。自分の国ぐらい自分で守れば良いじゃろう。むしゃむしゃ……」
リーゼロッテらエルフにとってセフィア王国は同じ領土にあるだけのただの国。滅びようが関係ない。
だが大臣達にしてみれば今は一刻を争う時。挟撃に向かわせたゼルキド軍や正規軍。かなりの規模だったはずだがそれが壊滅している。一体敵は誰なのか。相手のサイラス最強の猛将ベルベットは今自国に捕えているはず。様々な情報が大臣達を混乱させた。別の大臣が手もみをしながら言う。
「族長様、実はまだお出ししていない新作の焼き菓子がございまして……」
それを聞いたリーゼロッテの表情が曇る。
「どう言う意味じゃ? あやつを捕えれば新しい焼き菓子をくれるのじゃなかったのか?」
やや怒りを含んだ口調。大臣が冷静に答える。
「ええ、それはもちろん! だが新しい焼き菓子は幾つかございまして……、我らもそのすべてを一度にお出しする訳にはいかないところもございまして……」
リーゼロッテは焼き菓子を食べながら不満そうな表情を浮かべる。くだらない。実にくだらない話だが、新作の焼き菓子は食べたい。リーゼロッテが言う。
「で、わらわはそのこちらにやって来る敵を追い払えば、その焼き菓子を貰えるのじゃな?」
「は、はい! それはもちろんでございます」
醜い笑みを浮かべ、大臣が即答する。リーゼロッテが無表情で言う。
「分かった。では敵が近付いてきたら教えろ。軽く蹴散らしてくる……」
「お、お待ちを!! 王子様、お待ちを!!」
リーゼロッテと大臣の話がまとまりかけた時、急に部屋の外が慌ただしくなり、そしてドアがドンと勢い良く開けられた。
「大臣!! これは一体どういうことなんだ!!」
それは高貴な衣装を身にまとった中年の男。高齢で適切な判断ができなくなった国王の息子の王子ハガルトであった。大臣がやや驚いた顔で答える。
「これはこれはハガルト王子。如何なされた? 血相を変えて」
ハガルトが強い口調で言う。
「なぜサイラスに戦を仕掛ける!? 今はそのような時ではなかろう!! 宗主国ティルゼールと共に、北のレーベルト帝国に備えなければならないはずではないのか!!」
髪に白い物も混じったハガルト王子。だが王子とは名ばかりで何の権力も決定権もない。大臣が呆れた顔で言う。
「ハガルト王子。セフィア王国のすべての決定権は国王にありますぞ。そして国王は我々大臣に国の舵取りを一任されておられる。幾ら王子とは言え、このような行為は少々問題でございますぞ」
城の部屋に幽閉していたはずのハガルト王子。なぜこんな所にやって来たのかと大臣達が面倒そうな顔をする。ハガルトが言う。
「何を言っている!! 国王は、父はすでに正しい判断などできないほど年を取っている。それをお前達が無理やり操って……」
「王子っ!!」
それまで穏やかな顔であった大臣達が急に表情を変え声を上げる。
「今の言葉、国王に対する不敬罪に値しますぞ!! それにわれらに対する恫喝とも思える態度」
「な、何を言って……」
動揺するハガルト。大臣が兵に言う。
「ハガルト王子を捕えよ!! 国王に対する不敬罪、我らに対する侮辱罪だ!!」
命じられた兵が信じられない顔で大臣を見つめる。
「何をぼさっとしておる!! さっさと捕まえぬか!!」
「は、はい!」
兵士達が慌ててハガルトの元へ行き手や腕を掴み上げる。ハガルトが大声で言う。
「何をする!! 私はハガルトであるぞ!!」
「王子であろうが誰であろうが、法を犯した者は処される。さ、早く連れて行け」
「く、くそ!! このようなことが許されて……」
ハガルトは怒りを堪えながら兵士達に連行されていく。突然の国の粗相に大臣がリーゼロッテに言う。
「お見苦しいところをお見せしました。お気になさらず……」
黙って焼き菓子を食べていたリーゼロッテが言う。
「くだらぬ事じゃ。つまらぬ権力闘争。わらわは興味がない。興味がないが、ひとつ言っておく」
リーゼロッテの氷のような目つき。大臣達が背筋を伸ばして聞く。
「わらわは平和を望む。今回の戦もできる限り話し合いで解決するつもりじゃ。人を傷つけたくない。それがわらわ達の変わらぬ思い。だからよく聞け、お前ら……」
大臣達が背中に汗を流しながらその言葉を聞く。
「罪もなき民を傷つけるのならば、わらわが潰すぞ。この城ごと」
決して冗談ではないリーゼロッテの威圧。勇者サックスが望んだ平和。それを壊すならば容赦はしない。大臣達が慌てて頭を下げ答える。
「も、もちろんでございます。我らも民あっての国家。皆、平和を望んでおります」
「うむ。しかと覚えておけよ。ではまた来る」
皿にあった焼き菓子をすべて平らげたリーゼロッテ。紅茶を一口飲むと護衛のエルフ達と共に応接室を後にする。
「……生意気なエルフめ! いつかもっともっと強い部隊を作ってあんな奴らに頼らなくてもいい国にしてやる!!」
リーゼロッテが退室した後、大臣達が怒りを含んだ口調で言う。
「無論だ。だが今はあのエルフに頼らざるを得ないのも事実。おい!」
大臣のひとりが兵士を呼び命じる。
「地下にいる獣人共の家族の存在を絶対公にするな。特にあの族長に見つからないように細心の注意を払え」
「はっ!」
それに敬礼して答える兵士。別の大臣が言う。
「あとそれから、ハガルト王子の家族をすべて捕えよ」
「え?」
さすがに兵士が耳を疑う。先ほどハガルトを捕えたばかり。まさかその家族までとは。兵士はさらに続く言葉に耳を疑う。
「抵抗するならば斬っても構わぬ。罪人ハガルトの家族だからな」
混乱するセルフィア王城。リュード率いるサイラスの兵はもうそこまで迫っていた。