26.リーゼロッテの恋心
わらわは孤独じゃった。
幼い頃に両親が病死し、物心ついた時には周りに誰もいなかった。
「魔法の才能ゼロだなんて、どうなってるんだ……?」
それに追い打ちをかけるように自身の魔法適性が皆無だと判断された。エルフなのに魔法が使えない。まだ幼くその意味すら分からなかったわらわだが、自分がダメな存在であることだけは理解していた。
「無能者~」
「バカロッテ~!!」
魔法が使えないと言うだけでわらわは虐められた。当然のことである。アーティファクト全盛のあの時代に、エルフは魔法力を誇示することで種族としての立場を死守していた。つまり魔法が使えないエルフはその存在すら否定される。最初は優しかった大人達も、わらわの無能さに気付くと徐々に誰も相手をしなくなった。
わらわは里を出た。
馬鹿にされ虐められ誰も見てもくれない。これだったら外の世界の方がましだ、そう思ったわらわは幼いながらもひとり里を出る決心をした。だが、それは更なるいばらの道だと言うことにすぐに気付いた。
「はあ、はあはあ……、嫌じゃ、死にたくない!!!」
強い結界で守られたエルフの里。だがその里から一歩外に出れば魔物が徘徊する無法地帯であった。幼いわらわはとにかく闇に身を潜め、毒を含んだ果実や汚水をすすり命をつないできた。
(もう、死んだ方がましじゃ……)
里を出て半年。それが魔法も使えないわらわにとってひとりで生きる限界であった。森の中で歩けなくなり座り込むわらわ。意識朦朧とする中、その緑髪の男が声を掛けた。
「大丈夫かい?」
柔らかな声の優男。だがその頃のわらわは触れるものすべてを傷つけるような尖った存在であった。
「……わらわに構うな。去れ」
その優男は微笑んで言う。
「困っている女の子を見捨てておけはしないよ」
馬鹿なのかと思った。こんな存在意味もない自分をなぜ心配する? 同時にこの男もすぐにわらわを見捨てるのだと瞬時に思った。
「ほっといてくれ。わらわは、もういいのじゃ……」
多分そんなような言葉を発したのだと思う。その後の記憶はない。気付いたら小さな町の宿屋のベッドに寝かされていた。
(……ここは?)
知らぬ場所。知らぬベッド。だがそんなことはどうでも良かった。暖かな布団に、机の上に置かれた美味しそうな食事。わらわは無我夢中で食べた。そして涙が溢れた。
「少し離れた大きな街に孤児院がある。そこまで一緒に行くよ」
緑髪の男、サックスと言う優男はそうわらわに言った。
自分でも何か分からない反発する気持ちがある。だがこの美味しい食事がわらわの心を掴んで離さなかった。どうなってもいい。わらわは無言で彼に付いて行くことにした。
「なあ、リーゼ。俺はお前が魔法が使えないとは思えないんだけどな」
サックスはわらわのことをリーゼと呼んだ。最初は馴れ馴れしくて嫌だったが、次第に慣れた。そして彼がわらわの魔法について初めて言及した。
「無理じゃ。わらわは何度やってもできなくて……、!?」
そんなわらわをサックスは後ろから抱きしめるように手を取り、優しい声で言う。
「リーゼならできるよ。ほら、こうして……」
体が溶けてしまうほど心地良かった。物心ついて以来、こうやって誰かに抱きしめられた覚えはない。心臓が激しく鼓動する。自分にも心臓があったのだと初め知った。そして奇跡は起きた。
ボフッ……
「あっ」
簡単な詠唱。その後すぐに小さな火球が現れて消えた。サックスが笑顔で言う。
「ほら、できた。リーゼは無能なんかじゃないよ」
涙が出た。これまでのダメな自分を否定するような小さな魔法。そしてこの小さな炎が、わらわの魔法人生の第一歩となる。
「わらわは、わらわは……」
目に涙が溢れた。サックスは後ろから頭を撫でながら言う。
「もっと一緒に練習しようか」
自然と頷いた。そしてわらわはこの男のことが好きになっていたことに気付いた。
わらわの魔法の才能がこれより一気に開花することとなる。
心の安寧と自信。精神状態が大きく影響するのが魔法。孤独で虐められて来たわらわは自らその殻に閉じこもっていしまっていた。それを打ち壊してくれたのがサックスだった。
「ほら、リーゼ。詠唱の時にまた肘が下がってるぞ」
「はい、サー様」
誰の言葉にも耳を傾けなかったわらわだが、サックスの言葉だけはそのすべてを受け入れた。だからサックスが巨乳好きでココアとか言う乳デカ女の存在を知った時には、初めて嫉妬と言う感情を抱いた。
わらわの魔力は一気に成長し、孤児院があると言う次の街に行くまでには成人エルフの領域まで達していた。そしてわらわはサックスに言った。
「わらわも一緒に行きたい。サー様、お願いじゃ。連れて行ってくれ」
このまま別れるなどあり得ないこと。断られても付いて行くつもりだった。まだ幼いわらわ。悩むサックスにココアが言う。
「一緒に連れて行きましょう。リーゼの魔力はまだ伸びて強くなるし、それにこの子絶対美人になるわよ」
対抗心を抱いていたココアと言う女。掴みどころのない女ではあったが、結局彼女の言葉でサックスは決意しわらわの同行が決まった。ココアとも仲良くなった。
それから数年、わらわは美しき乙女に成長し、勇者サックスパーティの一員として魔王討伐に貢献する。
だが魔王などどうでも良かった。サックスが世界平和を望んでいたし、ずっと彼と一緒に居たかっただけだ。だから彼に褒められたくて魔法技術も磨き、落胆させないよう精一杯頑張った。平和な世になってサックスと一緒に楽しく過ごしたい。わらわの望みはただそれだけだった。
だからあの日は本当に辛く、わらわが死んだ日と言っても過言じゃなかった。
「サー様が、亡くなった……」
見事魔王討伐を終えた皆は、それぞれの故郷に報告に向かった。その頃のわらわは既にエルフの世界でも名が通り、里に歓迎されるようになっていた。凱旋帰国。大袈裟かもしれないがエルフ達はわらわを称え喜んだ。
(どうでもいいことじゃ。それより早くサイラスに戻りたい)
里での短い滞在を終えたわらわ。飛ぶように戻ったサイラスで最悪の報を聞いた。泣き崩れるココア。わらわも泣いた。それ以降記憶がない。
「こんな別れは嫌じゃ!! 絶対わらわが何とかする!!」
里に戻ったわらわは禁断の秘術である『蘇生魔法』の研究に没頭した。だがそれらはすべて机上の空論。実現することはなかった。時間が過ぎ、ココアもいなくなった。
分かっていた。人間とは生きる時間が違う。エルフ族が人間とほとんど交流せず里に籠る理由もそこにある。だがわらわの心の中には今もサックスが生きている。
「サー様、サー様……」
ひとり部屋で枕を濡らす日々。再びわらわを襲う孤独。恐怖、不安。たった一度でいい。サックスに会ってお礼を言い、そしてきちんと別れを告げたい。そう思い続けて数百年。最強の魔法使い、『嘆きの雷帝』と呼ばれるようになったわらわだが、もうすでに生きる意味など失っていた。
そんな時であった。
わらわにセフィア王城より呼び出しがあったのは。