25.あのお方
「虚無の深淵より放たれし電撃、今ここに解き放ち、天に轟く雷神よ、我が願いを叶え給わん。雷霆の裁き!!!」
セフィア王城から少し離れた森の広場。そこのサイラスとセフィアを代表する猛者二名が矛を交える。
バリバリリリリ……
エルフの族長から放たれる電撃魔法。手にした黄金色の宝玉が付いた魔法杖は更に彼女の魔力を増幅する。空気を伝播しベルベットへと飛散する電撃。サイラスの猛将が大剣を構えそれに対する。
「はあ!!!」
ブオン、ブオンブオン!!!!
ベルベッが手にした大剣で次々と電撃を破壊していく。そのまま跳躍、大剣を振り下ろす。
「全破壊的斬撃!!!!」
ベルベット一撃必殺の攻撃。族長が素早く杖を前に出し魔法を詠唱。
「我が身を守護する魔法障壁、畏れ多き者に立ちはだかりし禁忌の力よ。守護せよ、魔法障壁!!」
幾重にも彼女の前に現れる魔法陣。それがベルベットの大技をまるでそよ風の様にいなして行く。
「マジで強ええな。驚きだぜ」
疲労が溜まっているとは言え自身の大技を二度繰り出してもほぼ無傷の族長。諦めるつもりはないがあまりの出鱈目さに自然と笑みがこぼれてくる。ベルベットが尋ねる。
「なあ、嘆きの雷帝さんよ……」
族長がやや不満そうな顔で言う。
「その名前は嫌いじゃ。わらわは嘆いてなどおらぬ」
意外そうな表情を浮かべるベルベット。そして尋ねる。
「じゃあ名前は何て言うんだ?」
「なぜお前などに教えなければならぬ?」
「いいじゃねえか。俺はゾクゾクしてんだ。あんたみたいな強い奴と戦えることをな」
「くだらぬ。わらわはそのようなことに興味は……」
「じゃあ、やっぱ嘆きの雷帝って呼ぶ……」
そこまで言いかけたベルベットの言葉を防ぐように族長が言う。
「リーゼロッテ。リーゼロッテ・リスマイヤーじゃ。これで十分じゃろ?」
ベルベットが頷いて答える。
「リーゼロッテか。いい名前じゃねえか。じゃあお手柔らかに頼むぜ、リーゼロッテ!!」
不敵な笑みを浮かべベルベットが大剣を持ち突撃する。リーゼロッテが首を振って言う。
「無駄な戦いじゃ。わらわもちと喋りすぎた。これで終わらせるぞ」
リーゼロッテが手にした黄金色の宝玉の杖を天にかざし、魔法を詠唱する。
「雷霆を纏いし電撃の龍よ。今雷神の加護を受け、深淵よりもたらされし電光を纏い天空に轟く雷鳴を響かせん。我が名はリーゼロッテ。大いなる雷霆の龍よ、今その深き封印を解き放ち我が前に現れん……」
詠唱と同時に蠢く雷雲。一気に辺りを暗くしゴオゴオと雷鳴轟く音が辺りに響き渡る。そしてリーゼロッテが杖を振りかざし叫ぶ。
「解放せよ! 万雷の轟き、雷竜召喚!!」
「グゴオオオオオオオオオオ!!!!」
「マジかよ……」
それは雷鳴共に天から舞い降りた雷竜。バリバリと轟音を立て数体の雷の竜がベルベットへと襲い掛かる。さすがのベルベットも半ば呆れ顔で言う。
「こんなの冗談だろ……」
それでもその目はまだ輝きを失っていない。ベルベットは襲い掛かる雷竜に向かって大剣を振り下ろす。
「はあああああっ!!!!」
ブオン!!!
「!?」
大剣が止まる。いや止められた。
雷竜の体に触れたベルベットの大剣が動きを止め力なく手から落ちていく。
ドオオオオオオオン……
「ぐがああああ!!!!!」
直撃。数体の雷竜が無防備になったベルベットの体へと次々と突撃して行く。
「ベルベット様ーーーーっ!!!」
雷鳴の激音。迸る雷撃。天を焦がすかのような大魔導士の雷撃は、サイラスの猛将を餌食に強く発光する。後方で叫ぶ兵士の顔が皆蒼白となる。
「ほお……」
だがひとり、その様子を感心した表情で見つめる。
「ベルベット様!!」
雷撃が収まりそこに現れたのは全身を焦がされた猛将ベルベット。体から煙を上げ、肩で息をしながら佇立する。リーゼロッテが言う。
「頑丈さだけは一級品じゃのう」
「ああ、こんなこともあろうかと鎧の下にゴム生地の服を着込んでおいた。これが無かったら死んでたぜ……」
「ふーん」
全く興味なさそうなリーゼロッテ。ベルベットが言う。
「なあ、ひとつ教えてくれねえか」
「またか? 先ほどお前にはわらわの名を教えたじゃろ」
「いいじゃねえか。なあ、さっきからあんたが言っている『あの方』って誰なんだよ?」
それを聞いたリーゼロッテの顔色が変わる。
「お前には関係のないこと。あの方はわらわのすべて。つまらぬ詮索はするな」
「まあそう言うなって。あの『嘆きの雷帝』にそこまで想われる奴が誰なのか知りたくてよお」
リーゼロッテの顔が真剣になる。そして冷酷に言う。
「それ以上詮索するなと言ったはずじゃ。殺すゾ」
その言葉に不覚にも背筋が凍ったベルベット。だがすぐに大剣を拾い上げリーゼロッテに向けて言う。
「俺はあんたみたいな強い奴が大好きでよお!! 俺が勝ったらその名前、教えて貰うぜ!!!」
そう言って最後の力を振り絞り、ベルベットがリーゼロッテへと突撃する。無表情のままのリーゼロットが小声で言う。
「愚か者めが。このわらわが電撃だけだと思ったのか?」
そう言うと黄金色の宝玉のついた杖をかざし魔法を詠唱する。
「漆黒の闇に宿る深淵の力よ、我が手に集いし灼熱の炎を放ちて敵を焼き尽くせ! ファイヤーボール!!」
「なにっ!?」
念には念を入れた『嘆きの雷帝』対策で着用したゴム生地の服。雷撃には何度か耐えられるはずだが、まさかゴムが最も苦手とする炎魔法が放たれるとは予想すらしていなかった。
「があああああ!!!!」
リーゼロッテの炎に焼かれて絶叫するベルベット。崩れ落ちるようにその惨状を見て涙する部下達。燃え上がる炎。だがそれがリーゼロッテに一瞬の隙を生ませた。
「ふんっ!!!!」
ブオン!!!!
炎の中から現れたベルベット。気合と共にリーゼロッテに向かって大剣を振り下ろす。
「なんと!?」
空を斬る大剣。だがさすがのリーゼロッテもこれには驚きを隠せず、この戦いで初めて後退させられた。
ドン……
炎を振り払い、ゆっくり倒れるベルベット。まだ息はある。少し笑みを浮かべたリーゼロッテが倒れたベルベットの元に歩み寄り声を掛ける。
「さすがはサイラスの武将。……わらわはサイラスに思い入れがあってのお。あのお方もサイラス出身」
うつぶせに倒れたまま無言のベルベット。リーゼロッテが続ける。
「世の中を平和にしたい、それがあの方の口癖だった」
リーゼロッテが、雷雲が晴れてきた空を見上げて言う。
「あのお方とは、昔わらわと共に戦った勇者様。その名はサックス・クロフォード。そうじゃ、かの勇者サックス様。わらわの命の恩人であり、師であり、この長き人生でたったひとりの想い人……」
リーゼロッテの目に涙が溢れる。
「だがもう会えぬ。急に逝ってしまっての……、あの日からわらわの心は死んだ。お別れもできずにサー様は旅立たれてしまった……」
リーゼロッテは涙を拭い、くるりと背を向け配下のエルフに言う。
「その男の治療をせよ。捕虜として城に連れて帰る」
「御意」
エルフの男達はベルベットを治療。彼の部下の兵士には投降を呼びかけ、そして大将を失った兵達は皆それに従った。