24.戦を望まぬ雷帝
その日、セフィア王城は早朝からエルフ族の族長訪問を控え緊張感に包まれていた。
「エルフ族、族長様がいらっしゃいました!!」
王城謁見の間に響く報告兵の声。王座に座る年老いた国王。それを取り囲むように立ち並ぶ大臣達が小さく頷くと兵に命じる。
「丁重にお連れしろ」
「はっ!」
報告兵はすぐに退出し駆け出す。大臣が小さな声で国王に言う。
「エルフの族長殿が参られました。ここは我々が対処致します。ご安心なく」
「うっ、うぐ……」
高齢の国王。既に的確な判断ができないほど衰えてしまっている。セフィア王国は形だけの国王と、それに乗じて私利私欲の為に国を支配する大臣達の操り国家であった。
「これはこれは族長殿、遠路よく参られました」
謁見の間に現れたエルフの族長に大臣が大げさに頭を下げる。すらっと背が高く、高貴な服を召した男達が担ぐ椅子駕籠に乗った女族長が答える。
「新作の焼き菓子があると聞いてな。すぐに食べたいぞ」
金色のツインテール。見た目はまだ若き乙女。だが長寿のエルフなので数百年は生きている。大臣が引きつった顔で答える。
「ええ、ええ。ございますとも。ただ今朝の焼き上がりがいまいちだそうで、もう暫くお待ち頂きたいと……」
それを聞いた族長の顔が一気に不満げになる。
「暫くとはどのくらいじゃ?」
「そ、そうですね、ええっと……」
そう言って腕組みをし考え始めた大臣の目に、慌てて謁見の間にやって来た報告兵の姿が映る。兵が言う。
「ほ、報告します!! サイラスの猛将ベルベットが我が軍を撃破!! 真っすぐこの城へ進軍しているとのことです!!」
サイラスのベルベットと言えばセフィアのゼルキドと並ぶ猛将。挟撃に出したゼルキドが何をやっているのかは分からないが、この報が正しければ挟撃は失敗に終わったことを意味する。大臣がエルフ族長に近付きながら言う。
「族長殿。今セフィアは大変なことになっております。もしこのまま城が攻められれば焼き菓子など到底作ることなどできませぬ。そこで……」
「わらわにその敵将を討てと言うのじゃろ?」
「お話が早くて助かります。お帰りになられるまでには新作の焼き菓子もできているでしょう」
族長は不満げな表情を変えずに答える。族長がやや上を向きながら言う。
「相手はサイラスか。正直あまり気は進まぬが、もう良いじゃろう……、すぐに戻る。帰るまでにしっかりと仕上げておけ」
「無論でございます」
大臣は笑みを浮かべ慇懃無礼に頭下げる。
(もう良い……、わらわの生きる意味はなくなっておる。サイラスだろうが、好きな焼き菓子を貪るだけの詰まらぬ人生で良いのじゃ……)
椅子駕籠に担がれ謁見の間を出る族長。声は出さぬがその瞳にうっすらと涙が浮かんでいた。
「うおおおおおおおお!!!!」
そのセフィア王城からやや離れた森の中。サイラスの鎧に身を固めた赤髪の猛将は怯むことなく大剣を振り回していた。
「ぐわあああ!!!」
「な、なんだあいつ!? 次元が違う!!」
肩まで伸びた真っ赤な髪に野性的な顔立ち。野獣のような鋭い眼光。サイラス王国第一王子ベルベットは、援軍に現れたセフィア兵を狩るように睨みつけ斬りまくった。
「ふうぅ……」
サイラス軍を追撃して敵陣奥深くまでやって来た。挟撃の恐れのあったセフィアの猛将ゼルキドは本国からの救援隊が足止めしていると報告で聞いる。
迷いはなかった。兵数は出撃時に比べ半数以下となっているが、大将ベルベットを始め皆興奮状態で士気も高い。次々と現れるセフィア軍が驚き怯むほどである。ベルベットが叫ぶ。
「いいか、てめえら!! このままセフィア城をぶっ潰す!!!」
「おおーっ!!!」
勢いに乗るベルベット軍。その名を聞くだけで皆が恐れる猛将の快進撃はとどまることを知らなかった。それが現れるまでは。
「!!」
敵兵を斬りながら森を進軍していたベルベット。突如王城の方角より現れたそのエルフの一団を見て足が止まる。
(あ、あれはまさか……)
椅子駕籠に座った金色のツインテール。何にも動じない冷たい表情。大きな黄金色の宝玉が付いた魔法杖。それは間違いなく最強の魔法使いと呼ばれるエルフ。
「……嘆きの雷帝、じゃねえか」
セフィア領地にエルフの里があるのは知っている。協力関係を築いているとも報告で聞いている。だが対戦、いや実物を見るのも初めてだった。大剣を握るベルベットの手に汗が噴き出る。
「止まれ」
椅子駕籠に乗った族長が担いでいたエルフの男達に小さく命じる。手にした魔法杖を肩に乗せ森から現れた赤髪の男に向かって言う。
「そなたがサイラスの将か?」
静かな声。ベルベットの兵士達もその圧倒的存在に身をすくめ動けなくなる。ベルベットが答える。
「ああ、そうだ。ベルベット・サイラス。一応王子ってやつだ」
族長が首を斜めにして言う。
「退け。さすれば攻撃はせぬ」
「断る」
大剣を地面に突き刺しベルベットが即答する。
「わららも正直サイラスとはあまり戦いたくないのじゃ。無駄に死人が出る。それはあの方も望まぬこと」
(『あの方』? 誰のことだ??)
話の意味が分からないベルベット。だがここまで来て敵前逃亡だけはできない。その相手が例え『嘆きの雷帝』と呼ばれる最強の魔法使いであったとしても。ベルベットが挑発的な声で答える。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ。さあ、やろうぜ。俺もよお、『真朱の破壊者』なんて呼ばれたちょっとした有名人なんだぜ」
「愚かな……、忠告はしたぞよ」
ベルベットが自慢の大剣を構え族長に言う。
「初っ端から本気で行くぜ!!」
それ見た族長の顔つきが変わる。ベルベットは部下の兵達に後方へ下がるよう手で指示し、エルフ達へ突撃しながら跳躍。そして叫ぶ。
「全破壊的斬撃!!!」
「!!」
空中でエルフ達族長へ振り放った一撃。巨大な衝撃波が爆音と共に波紋の様に放たれる。
ゴオオオオオオオオ!!!!!
「退け、退くのじゃ!!」
エルフの族長が咄嗟に叫ぶ。
ドオオオオオオオン!!!!!
地面に着地するベルベット。爆音。大地を揺らす衝撃。空へと巻き上がる埃。この戦い始まって以来のベルベットの大技。後ろにいたベルベット兵達が直撃を受けた敵を見て歓声を上げる。
「すごい!! あれなら幾ら雷帝でも!!」
「さすが、ベルベット様!!」
だが当のベルベットは表情ひとつ変えずに薄れゆく砂埃を見つめそして言う。
「……ふっ、だろうな」
衝撃波によって吹き飛ばされたエルフの男達。だが『嘆きの雷帝』と呼ばれるその女族長だけは無傷でそこに佇立している。
「魔法障壁、か?」
そう尋ねるベルベットに族長が、後方の倒れたエルフを一度見てから答える。
「そうじゃ。想像よりずっと強いの、お前」
「あんたもな」
渾身の一撃を放ったのにほぼ無傷。最強の魔法使いと呼ばれるだけのことはある。族長が尋ねる。
「素晴らしいアーティファクトだ。ただ使い方が荒いのぉ」
ベルベットが首を傾げて答える。
「アーティファクト? 何言ってんだ??」
本当に意味の分からないベルベット。族長が言う。
「持っておるその剣、スリースターの逸品じゃぞ」
「……アーティファクト? これが?」
頷く族長。ベルベットが笑って答える。
「何の冗談か知らねえが俺には関係ねえ。ただ壊れずによく斬れる。それだけだ」
「勿体ないの。あの方が見たらきっと嘆くに違いない」
ベルベットが再び耳にしたその言葉について尋ねる。
「あの方って誰だ? そんなにスゲエ奴なのか?」
族長が無表情のまま答える。
「お前には関係のない話。戯言はここまでじゃ。では今度はこちらからゆくぞ」
「ああ、いいぜ」
『嘆きの雷帝』の攻撃。
『真朱の破壊者』ベルベットは全神経を集中してその動きを注視した。