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最強のアーティファクト使い、ヘタレ王子に転生す。  作者: サイトウ純蒼
第二章「ヘタレ王子、隣国を制する!」
21/74

21.三分。

 サイラスと同じくティルゼール王国を宗主国と仰ぐセフィア王国。

 その領土の一角は深い森が占められており、そこには耳の長い種族であるエルフ族が住んでいる。古代より続く神聖なる森。セフィアの影響を受けることなくエルフ独特の文化を形成し今日に至っている。

 そして魔法が得意な種族であるエルフ。アーティファクトが廃れ魔法至上主義とも言えるこの世界は、まさにエルフ族にとっては時代の寵愛を受ける種族と言っても過言ではなかった。



 コンコン……


「族長様、入ります……」


 そんなセフィアの森の最深部。『エルフの里』と呼ばれるエルフの中心地にある族長の家。深い森。数万年に及ぶ大樹が茂る中、エルフを統括する族長の家は最も太い木の上に作られている。


「……入れ」


 中から返される若い女性の声。高貴な服を着た男がドアを開け一礼をしてから部屋の中に入る。



「何の用じゃ?」


 部屋の主、エルフの族長である若い女性は浅緑色の大きなソファーに座り手にした焼き菓子を口にしている。

 部屋は透明な漆が塗られた落ち着きのある内装。派手さはないが、開かれた窓から小鳥が自由に出入りしゆっくり羽を休めるような落ち着いた雰囲気。壁には人間族の緑髪をした男性の絵が描かれている。部屋に来た男が答える。


「セフィア国王より至急お越し頂きたいとのご連絡がありました」


 若い族長は手にした焼き菓子をぼりぼり食べながら言う。


「嫌じゃ、面倒じゃ」


 ソファーの上で体育座りをして顔を背ける族長。白い肌に金色のツインテール。族長を名乗るには随分と若い。男が困った顔をして言う。


「何でも隣国のサイラス攻略に随分手間取っているようで、我らの力を貸して欲しいようです」


 若い族長は『サイラス』と言う言葉に一瞬反応し、そして答える。



「やっぱり嫌じゃ。わらわはもう何もしたくない」


 そう言って手にした焼き菓子を再び頬張る。男がやれやれと言った顔で言う。


「新作の焼き菓子ができたそうです。その試食会も兼ねているとか……」


「……」


 その言葉には無関心でいられない族長。長い耳をぴんと立てて話を聞く。



「明日、その試食会が行われます。是非とも族長にお召し上がり頂きたいと……」


「仕方ないから行くわ。しかと用意せよ」


「御意」


 男は明朝の予定を伝えると再び一礼して部屋を出る。



 ボリ……


 若き族長は手にした焼き菓子を口に入れじっとなる。

 魔法に長けたエルフ族。その超越的な魔法力は管轄するセフィア王国からも重宝され統治されながらも独立を保ってきた。その中でも特に優秀である族長。その圧倒的魔力で若輩ながらも族長の地位まで上り詰めている。



「ううっ、うううっ……」


 ひとりになり急に泣き出す若き族長。体育座りをしたまま膝に顔を埋め涙を流す。



『嘆きの雷帝』


 これが彼女の二つ名。雷を操りエルフの頂点に立つ大魔導士。他を寄せ付けず圧倒的な雷撃魔法で頂点まで上り詰める一方、時折ひとり涙を流す。その理由は一部の里の者は知っている。だがどうすることもできない理由。今宵も族長の部屋に嘆きの涙が溢れた。






「光栄だ。第三王子様とこうして相まみえることができてよ。だが……」


 そのセフィア王国きっての猛将ゼルキドは、突如現れたサイラス第三王子リュードに向かって静かに言った。第一王子ベルベット挟撃中の意外な遭遇。だがこれはセフィアにとってサイラス攻略に向けた願ってもない好機であった。


「リュード、頑張るニャ!!」


 負傷したサーラを介抱しながらレーニャが叫ぶ。それにリュードは背を向けたまま手を上げ応える。



(さて、どうする……)


 おしゃぶりを咥えたままのリュード。幾つかアーティファクトを見つけたが、正直戦闘で使える物は数少ない。

 元々戦闘のみならず、一部生活向上の為にも作られてきたアーティファクト。このおしゃぶりだって泣き止まぬ赤子を眠らせる母親からの要望で作られた品。天才的使い手の彼だからこのようなイレギュラーな使い方もできるが本来の使い方とは異なる。

 リュードが手にはめた壊れかけた指輪を撫でながら思う。


()()()の発動には時間がかかる。どれだけなのか、全く分からんが……)


 対するセフィア王国の猛将ゼルキド。落ち着きとは対照的にその目つきが険しくなる。幾ら相手が敵国の王子だとしても、『おしゃぶり』を咥えたまま剣を構える姿を見るとやはり怒りが抑えられない。ゼルキドが苛つきながら言う。



「このままお前を倒し、そしてベルベットを討ち取る。その後はサイラス本国へ攻める予定だ。だから貴様にはここで死んでもらう。一刻。剣の覚えはあるようだがそれで貴様を討ち取る!!」


 一刻、つまり約三十分。どの程度の剣術レベルか知らないが、誰であろうとそれだけの時間があれば討ち取れる自信がゼルキドにはあった。見た目はひ弱そうな茶髪の王子。だがその言葉にも微動たりしない姿を見て猛将が尋ねる。



「ほお、この俺の言葉にも動ぜぬとはさすが王子と言ったところか。ならば貴様はこのオレを何分で討ち取るつもりか?」


(はあ!? いやいや、今は勝てないし!! 無理ゲーだって)


 第三王子リュードの体ではまず勝ち目はない。慌てるリュード。おしゃぶりを咥えたまま焦ったリュードが()()を前に出して振り、必死にそれを否定する。それを見たゼルキドが額に青筋を立てキレ気味に言う。



「五分、だと……、ほお、とことん舐めてくれぜ。第三王子様よぉ……」


「ほふぁ!? ふぁふって!!(はあ!? 違うって!!)」


 立てた五本指を見て勘違いするゼルキド。全く意思疎通ができず噛み合わないふたり。猛将が全身の怒りを放出させながら巨斧を振り上げる。



「一瞬で楽にしてやるよ、クソ王子さん……」


 ブオン!!!


「くっ!!」


 振り下ろされる巨斧。咄嗟にかわすがその風圧だけで体が吹き飛ばされそうになる。



(くっそぉ!! マジ、動かねえ、この体!!)


 はっきりと視覚では捉えられる。だが肝心の体がついてこない。初撃をかわされたゼルキドが意外そうな顔で言う。


「よくかわしたな。だが次はねえぜ」


「!!」


 素早い移動。フェイクの足蹴り。

 そのすべてを見切ったリュードであったがやはり体は反応できず、辛うじて繰り出された巨斧の一撃を剣で防ぐ。



 ドオオオオオオオン!!!!


「ぐわああああ!!!」


 サーラ同様後方まで吹き飛ばされるリュード。見ていた通り、いや実際にはそれ以上の破壊力がある。


「ぐほっ、げほげほっ……」


 剣で防御したにもかかわらずたった一撃でこのダメージ。四つん這いになって血を吐くリュードにゼルキドが笑いながら言う。



「がはははっ!! 弱ええな。さあ、どうやって五分で俺を倒す??」


 余裕のゼルキド。よろよろと立ち上がるリュードに休み間も与えず追撃を繰り出す。


 ドンドン、ドン、ドオオオン!!!!


 辛うじてすべての攻撃を剣で防ぐも、第三王子の体ではまるでサンドバックのように防戦一方となる。



「リュードぉ……」


 さすがに全幅の信頼を置くレーニャですら不安になって来る。



「ぐほっ、がっ……」


 吐血で地面を赤く染めるリュード。想像以上に弱すぎる第三王子の体に眩暈がする。


(やべえ……、おしゃぶりもどっか行っちまったし、兵が起きてくるだろうし、この体、もう持たねえかも……)


『護衛』のアーティファクトをサーラに付けたことは間違いではなかった。実際彼女の命も救えたし。だが想像以上に敵将が強かったことと、そして絶望的に第三王子の体が弱いことが計算外だった。



「さあ、楽にしてやるぜ。クソ王子様よぉ……」


 そう言いながらゼルキドが巨斧を構え一気にリュードに迫り来る。



「リュードぉおお!!」


(リュード、様……)


 レーニャ、そして膝の上で戦いを見ていたサーラがぼんやりその名を思う。



 シュン!!!



「え? ……ぎゃあああああ!!!!」


 一瞬。リュードに肉薄したゼルキドが立ち止まり、突如首から噴出した血しぶきを押さえながら倒れた。


「ぎゃあああ!! 痛てえ!! 痛でぇよおおお!!!」


 鋼鉄の兜。それがまるで意味を成さぬかのように見事斬られている。倒れるゼルキドの傍にリュードが立ち、剣を突き付けて言う。



「ふう、三分か。お前を倒すのにどうやら五分は多かったみたいだな」


 血を吐きながらそう微笑むリュード。突如人が変わったかのような第三王子。その姿はまるで古の勇者のようであった。

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