20.戸惑うサーラ
セフィア王国の猛将ゼルキドの得意な武器は、その身体より更に大きな巨斧であった。
通常の兵士なら持ち上げるだけでも一苦労する重さ。だが全身鋼鉄のような筋肉を持つゼルキドはそれを軽々持ち、逆にその重さを利用して驚異的な攻撃力を生み出していた。
(来るわ!!)
亜麻色の髪の美少女サーラ。若年ながらも剣の腕は一流でサイラス王国王子の剣術指南を務めている。
ドオオオン!!!
地面を割るような激しい攻撃。地響き。重いはずの斧をまるで木の棒の如くゼルキドが振り回す。
ガ、ガン!!
直撃は避けたい。サーラは流すように斧の攻撃をかわし、隙を見てゼルキドに肉薄する。
「はあっ!!」
サーラの攻撃。太陽の光を受けキラリと光った刀身が、ゼルキドの体を流れるように振り抜く。
シュン!!
(くっ……)
美しきサーラの剣筋。だが鋼鉄の鎧に身を包んだゼルキドの体にはほとんど通らない。
「この程度か、女っ!!」
ブオン!!!
「きゃっ!!」
ゼルキドが巨斧を勢いよく振り回す。紙一重で交わしたサーラだったが、その風圧で後方へ飛ばされた。
「サーラ、強いニャ」
「ほふぉ、ふはぶぅ……(ああ、強いな。だが……)」
丘の上から見ていたリュードが違和感を覚える。
(確かに強い。強いのだが何だこの違和感は? 彼女にはもっと別の何かの力を感じる……)
それが何か分からない。だがどこかで感じたような不思議な感覚。
「ひゃーにゃ(レーニャ)」
「リュード、何言ってるのか分からないニャ」
爆睡の効力を保つためにずっと『おしゃぶり』を咥えたままのリュード。仕方なしに少しずらし、レーニャの耳元で何やらつぶやく。
「うん、分かったニャ!!」
レーニャがそれに満面の笑みで応える。
(さて……)
リュードはゼルギドと対峙するサーラをじっと見つめる。
ガンガンガン!!
サーラは焦っていた。
辛うじて攻撃はいなせる。だがこちらの攻撃も入らない。その焦りが一瞬の隙を作った。
「もらったぁああ!!!」
(!!)
突如放たれたゼルキドの蹴り。それをかわそうとしたサーラに巨斧が迫る。
ドオオオン……
「なにっ!?」
直撃。だが巨斧はサーラの体に触れる直前に止まった。まるで何か強く柔らかい岩を殴っているような感覚。ゼルキドが一瞬戸惑う。
(な、何だ今の感覚は……)
感じたことのない感触。確かに敵の体に打ち込んだはずの巨斧。切れない物がないと自負していた自慢の一撃。
(魔法障壁か? なるほどな……)
動きを重視する騎士が時に使う魔法の防御壁。目には見えないが一定期間敵の攻撃を防ぐことができる。
(ならばこちらにも作戦があるぜ。くくくっ……)
不気味に笑うゼルキド。一方のサーラも戸惑っていた。
(今のは完全にやられたはず。なのにどうして……)
隙を突かれた攻撃。かわしきれなかった。だがゼルキドの巨斧は体に触れる直前に止まって動かなくなり、体にはダメージどころか感触もなかった。
(分からない。なんなのかしら、これ……)
意味が分からないサーラ。それが更に彼女を迷わせる。
「行くぞおおお!!!」
ゼルキドの攻撃が前にも増して激しくなる。敵が強ければ強いほど燃え上がる猛将。巨斧がまるで鞭のようにサーラを襲う。
ドオオオン……、ドオオオン……
気後れしたサーラ。ゼルキドの攻撃が徐々に彼女を襲う。だが不思議な防御壁に守られた彼女の体は、致命的攻撃を受けることなく巨斧を遮る。
(まずいな。さすがに後どれだけ持つか……)
丘の上でサーラの戦いを見ていたリュードが険しい顔になる。
『護衛』のアーティファクト。出撃前に彼女のお尻に触ったのだが、その際に秘かに付けていた粘着型の札のアーティファクト。付けられた者のへの一切の攻撃を防いでくれる優れもののアーティファクトだが、何せノースター。さすがにそろそろ限界である。
(レーニャは……、よし!!)
リュードは森の中で必死に駆けまわるレーニャの姿を見て大きく頷く。そしておしゃぶりを咥えたまま丘を下り始めた。
「はあはあ、はあ……」
サーラは完全に混乱していた。
残念ながら力量は敵の方が上。奇襲作戦の失敗、突如眠る兵士達、自分の体のへの違和感。様々な要因が彼女を動揺させていた。ゼルキドが巨斧を振り上げて叫ぶ。
「これに耐えられるか!! 万物貫通撃!!」
魔法障壁を貫通させることのできるゼルキド得意の一撃。数多の攻撃手段。これがベルベットと並び彼が猛将として称される所以のひとつである。
(まずい!! アーティファクトがもう消えている!!!)
リュードが付けた『護衛』のアーティファクト。既に限界を超え燃えるように消えてしまっている。
ドオオオオオン!!!!
「くっ!!」
間一髪。サーラの超人的な反射神経がゼルキドの巨斧を剣で防ぐ。
「きゃああああ!!!!」
だがアーティファクトの護衛がなくなった彼女。そのまま遥か後方へ飛ばされ巨木にぶつかりぐったりと倒れ込む。
「サーラ、サーラ。しっかりするニャ!!」
すぐにレーニャが駆け付け彼女の体を抱き上げる。外傷はなし。だが想像を絶する強撃で体が動かず頭もぼんやりしてしまっている。ゼルキドがゆっくりとふたりの元へ接近しながら言う。
「獣人族の女? けっ、またゴミみたいな奴が現れたか」
周りの兵士達はまだ眠っている。原因は分からないがあの獣人族の女を叩きつければ何か吐くかもしれない。そう思って歩き出そうとしたゼルキドの前に茶髪の男が立ちはだかる。
「何だ、てめえ?」
気が立っていたのか、全く彼の動きに気付かなかったゼルキドが一瞬焦る。その男、口におしゃぶりを咥えたまま答える。
「はほぶごおおうふえ(名乗るほどの者じゃねえ)」
「貴様、馬鹿にしてるのか……」
揶揄われたと思ったゼルキドの額に青筋が立ち始める。レーニャがサーラを膝の上に乗せたまま叫ぶ。
「リュード!! そんな奴やっつけるニャ!!!」
その言葉にゼルキドが反応して言う。
「リュード? サイラスのリュードと言えば、第三王子じゃねえのか?」
おしゃぶりを咥えたままリュードが頷く。ゼルキドが笑って言う。
「がはははっ!! こりゃ面白れえ!! 兄のベルベットを倒して、弟も討ち取りゃ、この俺は大英雄じゃねえか!!」
サイラス王国の三兄弟のうちふたりが今この付近にいる。これを殲滅させられればセフィア王国の勢いはぐっと増す。
(誰? 誰が戦っているの……)
レーニャの膝の上でうっすら目を開けて戦況を見つめるサーラ。だが意識朦朧の中で何が起こっているのかよく分からない。
(強ええな、このおっさん……)
全身鋼鉄の鎧を纏い、巨斧を肩に担ぐゼルキド。猛将と恐れられる理由も分かる。
(サックスだったら取るに足らない相手だけど、今の第三王子じゃ……)
今のまま戦ったらまず勝てない相手。だが、
(『リュード』と約束したんだ、平和な世の中にするって。それに……)
リュードがレーニャに介抱されるサーラを見て心を決める。
(巨乳美女との食事会がなくなったら困るんでね)
リュードが懐から壊れかけた古い指輪を取り出し指にはめる。そして剣をゼルキドに向け叫ぶ。
「ふはばばふあぶふぁああ!!!(この俺が相手になってやる!!!)」
おしゃぶりを咥えたまま戦おうとするふざけた相手。馬鹿にされることを最も嫌うプライド高き猛将ゼルキド。その熱き魂に炎が宿った。