2.どうやら転生したようです
「うぐがっ、ぐがはあはっ!!!!」
突然の水の中。息ができない苦しさに背中の激痛。訳の分からぬまま死を覚悟したサックスは、目に映った首飾りのアーティファクトを無意識に掴んだ。
(これは!! ヒ、ヒール!!!!)
サックスが無意識で掴んだ首飾り。それはアーティファクトと呼ばれる魔導宝具。古代より存在する宝具で幾つもの種類があるが、同時に使い手を選ぶ道具でもある。
(来た!! 体が動くっ!!!)
そのアーティファクトの天才的使いであるサックスだからこそ、このような状態でも手にした瞬間その用途が分かる。
「ぷはーーーーーっ!!!!」
苦しかった水の中でもがき、立ち上がって見るとそこは意外にも浅い噴水のような場所であった。
「はあはあ、はあはあ……」
濡れた服、ゼイゼイと響く大きな呼吸の音。周りの水は自分のものだろうか薄く赤色に染まっている。
(何が起こった? ……いや、それより)
「ここは、どこだ……??」
サックスの目に映った光景。それは石畳と石壁で作られたどこかのホールのような場所。見知らぬ建物内。それほど広くはないが、その中央にある小さな噴水の中に立っている。
(俺は、確か王城を出て、それから馬に轢かれて……)
全く頭の整理がつかない。そして気付いた。
「あれ? なんだこの服は……」
見たこともないような高貴な服。国王に謁見するためにそれなりの品のある服は着ていたが、そんな次元とは全く異なる高貴な服。絹をベースにした光沢のある生地で、腕や胸の部分に細やかな装飾が施されている。
「どうなってるんだ……、あっ」
そんなサックスの目に噴水の近くで倒れているひとりの少女の姿が映る。先ほどまで一緒に居たココアではない。倒れている少女の髪は美しい亜麻色。栗色のココアとは別人である。
「お、おい。大丈夫か……?」
噴水から出たサックスが少女の元へ歩み寄る。一体何が起きているのか分からない。夢か幻覚か。ただ体に感じる様々な感覚は作り出されたものとは思えない。
(うっ、可愛い……)
サックスが腰を下ろし、床に倒れていた少女を抱き上げる。見たところ外傷などはなさそうだが、それよりもかなりの美少女。艶やかな亜麻色の髪に絹のような肌。ココアも可愛かったがそれに決して引けを取らない。
(いや、そんなことより……)
サックスの視線が少女の胸元に集まる。
(なんて立派な巨乳なんだ!!!!!)
こちらもココアに負けないほど豊満なもの。サックスは反応がない少女を見ながら、手にしていた首飾りのアーティファクトに意識を向ける。
(ノースターの回復アーティファクト。なんでこんな物を持っているのか知らないけど、これなら……)
サックスが念じるように言う。
「ヒール」
パリン!!
アーティファクトには等級がある。それは作り手や製作された時の出来の良さで決まるのだが、主に刻まれた星の数でランク分けされている。一般では最高が三星のスリースター。最低が星がないノースター。サックスが手にしていた首飾りは星なしの最低ランク。数度使えば今のように割れてなくなってしまう。
「うっ、うーん……」
サックスの腕の中にいた少女が目を覚ます。
「お、おい。大丈夫か……」
その声に反応するように少女が目を開けサックスを見つめる。大きな目。綺麗な目。まるで吸い込まれそうになりそうだ。
「リュ、リュード様!!」
「……へ?」
リュード。聞いたことのない名前。だがこの少女は間違いなく自分を見てそう呼んだ。少女がサックスの腕から飛び起き頭を下げて言う。
「も、申し訳ございません。私、倒れちゃってたんですか……??」
顔を赤くして狼狽える少女。濡れたままのサックスが、訳の分からぬ今の状況について初めて尋ねる。
「なあ、俺リュードって名前じゃないし、それにここどこなんだ?? なんで君は倒れていたんだ?」
「え!?」
「え?」
見つめ合うふたり。何かを思い出そうとした少女が、急に重い頭痛を感じ頭を押さえる。
「あ、おい、大丈夫か……?」
少女が青い顔を上げて尋ねる。
「リュード様、私のこと、サーラのことをお忘れなんでしょうか……?」
サーラ。目の前の少女はサーラと言うらしい。これほどの美少女。会っていたら忘れるはずがないのだが、残念ながらサックスには彼女のような知り合いはいなかった。困った表情を浮かべながらサックスが答える。
「ごめん、俺もよく分からないんだけど君のことは知らない。だけどこれは運命。是非これから君のことをたくさん教えてくれないかな」
そう言ってサックスが不安な目でこちらを見つめるサーラの手を握る。サーラが飛び跳ねるように驚いて言う。
「ひゃっ!? だ、だめです!! 第三王子ともあろうお方が、わ、私の手を握っては……」
「第三王子??」
一瞬サックスの思考が止まる。ゲスとか勇者とか色々呼ばれたことはあるが、記憶の限り王子と呼ばれたことはない。サックスが真剣な顔で尋ねる。
「なあ、サーラ。俺はそのリュードと言う人間なのか?」
「はい、そうですが。どうされたんでしょうか……」
サックスの真剣な顔に対してサーラの不安そうな顔。何が起こったのか分からない。ただ、今自分は『リュード』と言うどこかの王子になっているようだ。言われてみれば手や指もこれまでの自分のものではない。『リュード』と言う王子の体なのだろう。
(となると、まさか『転生』!? 俺は、サックス・クロフォードは馬に轢かれて死んで、リュードと言う王子に転生したのか!?)
「なあ、俺はやっぱりリュード?」
「あの、そうですけど。本当にどうなされたんでしょうか??」
不安そうなサーラの顔がより深く不安の色に染まる。転生が事実だとすれば、もはや自分はサックスではなく『リュード』。サーラを混乱させないためにも一旦リュードになる必要がある。
「なあ、それでここはどこなんだ? そしてサーラ、君は誰なんだ?」
それを聞いたサーラが泣きそうな顔になって言う。
「本当にどうされたんですか!? 私のことも忘れてしまうなんて……」
絹のような肌が悲しみのせいか赤く染まっていく。慌ててリュードが言う。
「い、いや、違うんだ。ほら、さっき俺、噴水に落ちたろ? その時頭を打って多分記憶をなくしちゃって……」
適当な言い訳。だがこれ以上の言い訳はできない。サーラが涙が零れそうな目を赤く染めながら答える。
「そうだったんですか……、ではお答えしますね。私はサーラ・フローレンス。リュード様の剣術指南です」
「剣術指南……」
お淑やかそうな女の子。その彼女が剣術指南?
「そしてあなたは……」
サーラが真面目な顔で言う。
「サイラス王国第十七代国王のご子息、第三王子リュード様でございます」
「十七代……」
それを聞いたリュードの頭が真っ白になる。
勇者サックスが活躍した時代、それはサイラス王国第三代国王の時代であった。