18.え、俺は見学なの……!?
「リュ、リュード様。あまりくっつかれては、その、私、上手く馬が操れないのですが……」
サイラス王国を出発して二日、サーラ率いるベルベット救出隊はセフィア王国との国境を越え、長兄ベルベットの退路を断った猛将ゼルキド軍の後方に迫っていた。
馬に乗れないリュード。サーラの馬に一緒に乗せて貰っているのだが、必要以上に密着している。
「え~、仕方ないじゃん。ちゃんと抱き着いていないと落ちちゃうし」
「そ、そうなんですけど……、あぁん、へ、変なところ触らないでください~」
後方に続く兵士達が大将サーラにべったりする第三王子を見て首を振る。生死を掛けた戦が始まると言うのになんて緊張感のない振る舞い。この任務は自分の兄を救出する重要な任務じゃないのか。やはりヘタレ王子はやはり低俗な無能者に間違いなかったと皆が思う。
「サーラ様、あの森の向こうにゼルキド軍が布陣しております!!」
小高い丘の上、前方に広がる森を指さしながら斥候に出た兵士が報告する。
「わ、分かりました。ありがとうございます」
馬上のサーラが小さく頷きそれに答える。剣術指南とは言えこれは彼女にとって初陣。しかもサイラスの中枢を担うベルベット救出と言う重要任務。緊張しない方がおかしい。
「リュード〜」
馬から降りて森を見つめるリュードの横に、まるで黒い風のようにすっとそのネコ耳の少女が現れる。リュードは前を向いたまま答える。
「ご苦労さん。どうだった?」
フード付きの黒いコートに身を包んだレーニャ。リュードに小声で報告する。
「ベルベット様の部隊は損害が激しいニャ。今はセフィア本国から来た増援軍と正面から戦っていて苦戦中ニャ」
「なるほど。じゃあ、今後ろからあのゼルキド軍に攻められたら挟撃って訳か。時間がないな」
「そうニャ」
「ゼルキド軍の数は?」
「多分数百。今のままじゃウチは負けるニャ」
そう言ってレーニャはちらりと後方に待機するサーラ軍に目をやる。その数僅か三十ほど。大将ゼルキドだけを討ち取ればいいのだが、やはりこれでは話にならない。
「あと、ゼルキド軍にはたくさんの獣人族がいたニャ……」
そこまで話したレーニャの顔が曇る。このままでは獣人族との戦になる可能性が高い。リュードが尋ねる。
「だってよ、サーラ。どうする?」
途中から一緒にレーニャの報告を聞いていたサーラが深刻な顔で答える。
「やはり正面突破は無理ですね。となれば、あの森を利用しての奇襲が最善かと……」
「なるほど、さすがサーラ。いい作戦だね」
「あ、ありがとうございます……」
戦、特に軍事作戦についてはまるで知識がないはずの第三王子リュード。それが今の彼はまるでどこかの大軍を率いるような雰囲気を持つ指揮官の様だ。リュードが言う。
「じゃあ俺も一緒に……」
「なりません!!」
「え?」
一緒に戦うつもりだったリュード。サーラが一喝する。
「リュード様はここから動かないでください! いいですね!! 約束破ったら、しょ、食事会はなしですから!!」
「え~、そんなぁ……」
ご褒美のサーラとの食事会。それを人質に取られてはもう動けない。サーラがレーニャに言う。
「レーニャさん、すみませんがここでリュード様を見張っていてくれませんか?」
「いいニャ。どっちにしろレーニャも戦えないから」
レーニャがリュードの腕を組み尻尾を振る。サーラはもう一度念押しすると、後方に控える部隊へ説明に向かった。レーニャがリュードに尋ねる。
「今回は見学なのか?」
「まあ、とりあえずはね」
「ふ~ん、ところでそのダサい腕輪は何だニャ?」
レーニャはリュードの腕に付けられた金色の悪趣味な腕輪を見て尋ねる。リュードが苦笑いしながら答える。
「ダサいか? まあ、そうかな……、これはアーティファクトだよ」
「アーティファクト? なんの?」
「う~ん、苦労すると言うか体が重くなると言うか……」
そう答えるリュードにレーニャが真顔で言う。
「リュードはやっぱりあほニャ。なんでそんなもんをつけるニャ?」
「まあ、先のことを考えてね」
「??」
言葉の意味が分からないレーニャが首を傾げる。そこへ部隊への説明を終えたサーラが戻って来て言う。
「これより奇襲作戦を開始します。リュード様は絶対にここを動かないようにお願いします」
「サーラ」
「は、はい」
真顔のリュードに思わず背筋が伸びるサーラ。リュードが言う。
「無理するなよ」
「きゃっ!?」
そう声を掛けながらサーラのお尻を叩くリュード。サーラが顔を真っ赤にして大声で言う。
「な、何をなさるのですか!! リュード様!!」
声を荒げるサーラにリュードが言う。
「よし、それだけ大声が出せれば問題なし。さ、行って来な」
そう言われて初めて体の力が抜けていることに気付いたサーラ。ふうと小さく息を吐くとリュードに答える。
「あ、ありがとうございます。でもこんなやり方はもうしないでくださいね。皆さんの前では。では行って参ります!」
サーラは軽く会釈をするとそのまま部隊と共に森へと向かう。
(ほ、本当に変わられたわ。リュード様。一緒に居て感じるあの不思議な安心感は、一体……)
サーラは戸惑いつつもいつの間にか頼もしくなったリュードを素直に嬉しく思う。
(『皆さんの前』じゃなきゃいいのか。むふふふっ……)
ひとり下品な笑みを浮かべるリュード。そんなくだらない思いがサーラに伝わらなかったのは幸いであった。
「おい、状況を報告しろ」
ベルベットの退路を断ったセフィア王国の猛将ゼルキド。ベルベット軍の後ろから睨みを利かせ森の中でじっとその時を待ち続けている。報告兵が答える。
「はっ! ゼルキド様の予想通りサイラスより救援部隊がこちらに向かっております。姿を隠しながらの行軍ですが密偵が発見。間もなく我々と接触することになりそうです!!」
「やはり来たか。くくくっ。で、敵の数は?」
報告兵がやや困惑しながら答える。
「はい……、それがたった三十ほどでして……」
ゼルキドがじろりと報告兵を睨みつけて再度尋ねる。
「たったの三十だと? 何かの間違いじゃねえのか!!」
セフィア王国でも猛将と知られる自分。その部隊急襲にたった三十で何ができるのか。報告の信憑性を疑うゼルキドに報告兵が恐々と答える。
「あ、あの、間違いありません。発見から監視を続けていましたが三十ほどです。追加の兵もありません……」
報告しながらみるみるゼルキドの顔が赤く染まっていくのが分かる。猛将と恐れられた自分。それを馬鹿にするかのような話。
「それで、誰が率いている?」
「あの、女性、亜麻色の髪をした女騎士が率いていると……」
「……本気で馬鹿にしているのか?」
低く静かな声。だが存在を消されそうな威圧感がある。報告兵が後退りしながら答える。
「い、いえ! 決してそんなことは!!」
「間違いねえのか?」
「はい!!」
ゼルキドは腕組みをするとしばらく目を閉じ考える。そして皆に言う。
「おい、てめえら!!」
「は、はい!!」
後方に待機するゼルキド兵達が立ち上がって答える。
「サイラス本国から援軍が来たぜ。たったの三十。分かってんな!? この馬鹿どもを捻り潰すっ!!」
「おうっ!!!」
兵士達が片手を上げそれに応える。ゼルキドが叫ぶ。
「奴らはきっと森に潜んで奇襲をかけてくるだろう。馬鹿どもが考えそうな作戦だ。だが心配するな。俺達は正面から押し切る!! 絶対負けねえ!! そして先陣は……」
ゼルキドは腕を縄で縛られた獣人族の男達を指さし言う。
「てめえらだ。ゴミカス共っ!!」
先陣を言い渡された獣人族の男達。その体は痩せ細り目は虚ろであった。