17.サーラ隊、出陣。
宗主国であるティルゼール王国は、北方にある強大な敵国と緊張状態にあった。
その国の名はレーベルト帝国。古の旧サイラス王国時代には弱小国であったが、軍事産業を興し、めきめきと力をつけて来た。
それ故ティルゼール王国としては支配する属国同士の争いは極力避けたい。だが腐敗したティルゼールにはもうそれだけの力はなかった。
「ベルベット様、退路が完全に断たれました!!」
「ふん、小癪な……」
そんな属国同士であるサイラス王国とセフィア王国。小競り合いが続き、業を煮やしたサイラスの長兄ベルベットが禁忌である追撃を行ってしまった。見事退路を断たれたベルベット軍。しかもその指揮は猛将ゼルキド将軍だと言う。
「戻ってゼルキドを討つ!!」
ゼルキドは周囲にその名を轟かす猛将。彼と戦える人間はそうはいない。副官がすぐに答える。
「いけません、周りはもう敵に囲まれています!!」
「くそっ……」
敗走したセフィア軍。だがすぐに援軍が現れ、逆に追撃した自軍に迫って来ている。猛将でありながら知力も決して低くない長兄ベルベット。だが時にカッとなって頭に血が上ると冷静さを失う。ベルベットが言う。
「全力で敵を迎え撃つ!! それから戻ってゼルキドを叩き潰すぞ!!」
窮地に立たされたベルベット。頼るのはもはや自分の武力以外なかった。
「サーラ様、ベルベット様救援部隊の準備が整いました」
そう話す軍責任者の表情は冴えない。
「あ、ありがとうございます」
それに笑顔で答えるサーラ。
(少ねぇ~)
その様子を後ろから見ていたリュードは思わず内心つぶやいた。
敵国へ、あのベルベットを救援に行くのに集められた兵士は三十名ほど。しかも退路を阻んだ猛将ゼルキドとの戦闘は不可避。剣術指南であり外様の様なサーラは自分の軍隊を持たないが、それにしても心許ない。軍責任者が言う。
「ゼルキドさえ討てば我らの勝利です。何卒ご武運を……」
「はい」
正式には軍に所属していないサーラ。だから今回の依頼も断ることはできた。だが心優しい彼女。利害無視で超難関な任務を受け入れた。
「レーニャ」
「はいニャ~」
後方に立つリュードが小さく声を掛けると、陰に潜んでいたネコ耳獣人族の少女レーニャが姿を現す。
「敵将ゼルキドと、長兄ベルベットの様子を探って来て欲しい。頼まれてくれるか?」
レーニャが甘えた声で尋ねる。
「ご褒美は?」
「スペシャルネコ耳マッサージ」
レーニャは笑顔になって答える。
「いいニャ。行って来るニャ!!」
「うむ。頼んだぞ」
レーニャはリュードから施術される『ネコ耳』へのマッサージにはまっていた。経験のないような快楽。レーニャ至福の瞬間。笑顔のまま姿を消す。
「リュード様」
救援兵らに任務の説明を行ったサーラがリュードの元へやって来る。そして不安そうな表情で言う。
「これから出陣となりますが、あの、やはりリュード様はここに残られた方が……」
口には出せないが戦力としては期待できない第三王子。と言うより足枷にすらなる。困った顔のサーラにリュードが言う。
「大丈夫大丈夫。俺が君を勝たせてあげるよ」
「いや、でもやはり……」
極めて困難な任務。この自信は一体どこから湧いてくるのだろうか。リュードが小声で言う。
「約束だろ? それよりさ、勝ったらふたりで食事に行かない~??」
リュードは大きく膨らんだサーラの胸を横目で見ながら言う。サーラがやや俯いて答える。
「そ、そんな。私などがリュード様と……、でももしふたり共無事生きて帰られるのなら……」
「よーし、言質頂き~!! じゃ、行こうぜ!!」
リュードは意気揚々と近くに用意された馬に向かう。サーラが驚いて言う。
「あ、リュード様! 馬に乗れるのですか!?」
リュードが思わず笑う。勇者として手足の如く数々の荒馬を乗りこなしてきた。この程度の普通の馬、乗れないはずがない。
「大丈夫だよ、はあっ!!」
馬に手をかけ、颯爽と飛び上がるリュード。気持ちは、イメージは美しく馬に跨っていたはずだった。
ズル……、ドン!!
「ぎゃあっ!!」
飛び上がったリュードはそのまま馬に激突。鐙に乗せた足も滑らせ顔面から地面に落下。顔を真っ青にしたサーラが駆け寄り抱き起して言う。
「リュ、リュード様!? 大丈夫ですか!!」
「痛てて……」
忘れていた。今は勇者サックスではなく『引きニート』の第三王子。颯爽に馬に乗れるはずがない。
「おい、大丈夫かよ……」
「俺達やっぱ死ぬのか……」
集まった兵士達から不安の声が漏れる。猛将ベルベットと並ぶ強者サーラとの出陣。だから皆も逃げずに招集に応じたが、まさかあのヘタレ王子が一緒に行くとは聞いていない。
(でも逃げたら厳罰が……)
とは言えここで拒否することもできない。
結局大将サーラを指揮官とした急遽編成されたベルベット救出部隊は、不安を抱えたままサイラス王国を後にする。
(むふふふっ……、戦が終わればサーラとふたりきりで食事会だぜ!!)
緊張や顔面蒼白な一行。唯一その茶髪のアーティファクターだけが呑気に別妄想に耽っていた。