15.城内に潜む違和感
(それらしき媒体って言っても中々難しいわ……)
リュードの王城復帰作戦が始まって数日。城内に彼の記憶を封じている何かの媒体を探しているのだが、そう簡単には見つからない。
「どうニャ? 見つかったか?」
王城メインホール。太い柱の傍へ来たサーラにその陰に潜むレーニャが尋ねる。警備兵や忙しそうに行き交う人の中、『隠密』のアーティファクトを使いレーニャが闇に潜む。サーラが前を向いたまま首を振る。それにレーニャは『分かったニャ』と答え姿を消す。
(まるで雲をつかむような話。でもやれるだけやらなきゃ)
かつての大国サイラス城と違い現在は属国の小ぶりなサイラス城。とは言え一国の城の中をほとんど手掛かりもなく探すのだから骨が折れる。
「サーラ様、お疲れ様です!!」
「はい、お疲れ様です」
すれ違う兵が剣術指南のサーラに気付いて挨拶をする。すべては同じ。リュードと言う存在が皆の記憶から消されていること以外はすべていつもの日常。噴水の前で気を失いその事実を知ってから数日、可能な限り彼女自身でも手を尽くした。だが何も手掛かりがないまま時間だけが過ぎていく。
(そう、私はこの噴水の前で倒れていたのよね……)
王城大ホールとは別の場所にある小ホールの噴水。すべてが狂ったのはこの場所で何者かに襲われてからだ。ここに警備兵はいない。人通りも他の場所に比べて少ない。リュードと自分を狙うには悪くない場所。
(それにしても不思議。どうして私だけリュード様を覚えているのかしら……)
確実に皆の記憶から消えたリュード。だが自分ははっきり覚えている。初めてこの城に来た時。初めてリュードに会った時。稽古をした日々。あれが嘘だとは到底思えない。
(自分のみならず、リュード様まで危険な目に遭わせてしまうとは……)
あれから何度も自分を責めたサーラ。何が起きているか分からない不安。リュードのこともいつか忘れてしまうかもしれない恐怖。精神的にも不安定になっていた彼女だが、リュードに加えて城内で情報交換ができるレーニャの存在が彼女を少しだけ冷静にさせた。
(あれ? 何か違和感が……)
ふたりが襲われた噴水のある小ホール。そこに立っていたサーラが違和感を覚える。じっと周りの景色を見つめる。そしてとある壺が目に入った。美しい壺。台に置かれた年代物の壺のようだ。
「この壺、何か変……」
ゆっくりとサーラが壺に近付く。一見ただの高価な壺の様。だが何かおかしい。
「どうしたニャ……?」
そんな彼女の後ろからレーニャが声を掛ける。ホールには誰もいない。それを確認してレーニャが姿を現す。サーラが言う。
「ねえ、この壺って何か変じゃないですか?」
「壺? う~ん、どうかニャ??」
レーニャは眉間に皺を寄せて首を傾げる。彼女には何も感じないようだ。
「これがリュードの探していたものなのか?」
「分からないわ。でも可能性は十分にある」
レーニャが壺に近付く。そしてそれに触れサーラに言う。
「じゃあ、割ってみるニャ」
「え? あ、ちょっとレーニャさん。気を付けて……」
そこまで言ったサーラが、壺を持ち上げたまま固まるレーニャに気付き言葉が止まる。
「どうしたの?」
壺を持ったままのレーニャ。抑揚なしに答える。
「これは割っちゃだめニャ。割っちゃだめニャ……」
(レーニャさん……??)
抑揚のない口調。表情のない顔。焦点が合わない目。おかしい。何かに掛かっている。
「貸して!!」
サーラがレーニャが持っていた壺を強引に奪い取る。驚いたレーニャが強い口調で言う。
「やめるニャ!! 割っちゃいけないニャ!!」
バリン!!!
そんな彼女の言葉を聞く前にサーラが持ち上げた壺を思い切り床に叩きつけた。音を立てて割れる壺。誰もいないホールに壺の割れた音が響く。
「どうしましたか!!」
大きな音を聞きつけて近くにいたふたりの警備兵が駆け付ける。既にレーニャはいない。サーラが申し訳なさそうな顔で答える。
「あ、何でもないですわ。ちょっと足に引っ掛けて壺を割ってしまっただけで」
兵士が床で割れた壺を見て頷いて言う。
「片付けは我々がやっておきます。お任せください」
「ありがとう。助かるわ」
サーラがそうにっこり笑いながら答えると、ふたりの兵士は彼女の巨乳を見ながら鼻の下を伸ばし、そそくさと壺を片付け始める。
(違和感が消えた!! もしかして……)
サーラが早足でホールを歩く。そして陰に潜む彼女に聞こえるように言う。
「リュード様の所へ行くわ」
影の気配が消える。サーラは小走りになって城を出た。
「リュード様っ!!」
数日ぶりに訪れたリュードの宿。部屋には訳の分からないガラクタを手ににやにや笑うリュードが居た。
「おお、お帰り!」
サーラの姿を見てリュードがにっこり微笑む。部屋にはすでにレーニャも来ている。サーラが尋ねる。
「それは、何でしょうか??」
指輪やネックレスの他、色のついた石や用途不明の壊れた道具。それを愛でながら大事そうに撫でている。
「これ? アーティファクト。使えないのもあるけど幾つか手に入った」
「それが、アーティファクトなんですか?」
古代に栄えた魔導宝具。今では使うものはほんの少数で、アーティファクト自体がある意味骨董品のようなものだ。リュードが答える。
「そうだよ。みんな気付いていないだけで注意してみると時々見つかるんだ」
そう答えるリュードの顔は満面の笑み。やはりアーティファクターにはアーティファクトが良く似合う。レーニャが言う。
「それでサーラ、あれは何だったんだニャ?」
レーニャが城で起きた先程の件について尋ねる。サーラが答える。
「はい。私の直感ではあの壺が記憶封殺の媒体だと思います。レーニャさんはどうでしたか?」
様子がおかしかった彼女。レーニャが答える。
「う~ん、正直あまり覚えていないニャ……」
気付いたら兵士が来たので闇に隠れた。そしてサーラにここへ来るよう声を掛けられた。リュードが尋ねる。
「その壺はどうしたの?」
「割りました」
「なるほど。で、レーニャは何も覚えていないと?」
「そうニャ」
腕を組み少し考えたリュードが言う。
「封印を掛けた奴がその壺に触れさせないような魔法をかけたのかな? よく分からないけどサーラ、良くやった!」
「はっ、有難きお言葉。それでリュード様……」
「分かっている。これから王城へ行って確かめるつもりだが、レーニャ」
「はいニャ」
「俺が第三王子だって思い出したか?」
何かの洗脳が解けたのならばレーニャに変化があるはず。レーニャはぽかんとした顔で答える。
「レーニャはもう知っているニャ。リュードが第三王子だってこと」
リュードが苦笑して答える。
「だよな。じゃ、行こっか。王城へ」
「はい!」
立ち上がったリュードにサーラが頭を下げそれに応える。部屋の窓から先に王城へ向かうレーニャ。リュードとサーラも覚悟を決め王城へと向かった。