14.王城復帰作戦、始めるぜ!!
サイラス王国辺境。第二王子ランフォードは最近動きを活発化している蛮族の討伐に当たっていた。同じ属国のセフィア王国やバルカン王国が虎視眈々とサイラスを狙う中、蛮族達は隙を見ては辺境で凶行を繰り返す。
「怯むな、戦え!! 私の為に全力で戦え!!!」
長い銀髪に白い肌、病的までにほっそり瘦せた男。サイラス王国第二王子ランフォードが、愛用の氷結の剣を掲げ皆を鼓舞する。氷魔法を得意とし、その名声は兄ベルベットに劣らず周辺に轟いている。だが彼自身は強かったのだが、統率と言う意味では到底兄には及ばなかった。
「ぎゃああ!!」
「ぐわああああ!!!」
歩兵と魔法隊との混成部隊。碌な戦術もなく闇雲に突撃を繰り返すのみ。だから彼にはこのような蛮族退治程度の任務しか与えられなかった。そして戦況が悪化するといつも我慢できずに悪手を用いる。
「何をやっているのだ……」
結束力の高い蛮族に押されるランフォード隊。丘の上からその様子を見ていたランフォードは我慢の限界を迎えていた。
「私がカタをつける……」
「ラ、ランフォード様!! いけません!!」
慌てて制止を試みる副官の言葉を無視し、ランフォードが腰に付けた氷結の剣を抜き空に掲げる。
「凍てつく霊力。我、氷結の冷気を極限まで高め、凍結の氷刃を創造せん。忘却の氷を凌駕する冷えしき霊気よ、この手に宿り鋭く凍しめよ……」
ランフォード軍と蛮族が入り乱れて戦う戦場。その彼らの足元に巨大な青色の魔法陣が現れ魔力を放出し始める。魔法詠唱に気付いた兵士達が逃げようとするが時すでに遅かった。ランフォードが叫ぶ。
「受けてみよ、 氷刃狂い咲き!!!!」
ゴオオオオオオオ!!!!!
魔力を十分に溜めた魔法陣の至る所で、鋭利な氷の刃が狂ったように出現。味方諸共容赦なく斬り刻んでいく。
「ぎゃあああああ!!!!」
その光景はまさに阿鼻叫喚。蛮族を討ち取るためにランフォードは躊躇いなく味方をもその氷刃の餌食とした。
「なんと浅はかな……」
見事蛮族の侵攻を退けたランフォード。多少犠牲は出たものの、それは戦にはつきもの。意気揚々と帰還した彼に、その父親であるサイラス王は首を振って嘆いた。ランフォードが言う。
「ち、父上。なぜそのようなお言葉を……」
ランフォードにはその言葉の意味が理解できない。サイラス王が答える。
「報告によれば味方諸共魔法で吹き飛ばしたそうだな、ごほごほっ」
最近病状がさらに悪化している国王。ランフォードの愚行が一層その心を苦しめる。
「い、戦には多少の犠牲はつきもの。私は見事蛮族を退けました! これが何故いけないのでしょうか!!」
もはや訴えるように言葉を発するランフォード。悔しさで目は充血し、白い肌も興奮で赤く染まっている。国王が諦めたように言う。
「もうよい、下がれ。ゆっくりと体を休めよ……」
「……はい」
ランフォードは体の震えを押さえながら一礼するとその場を退場する。
なぜだ、理解できない。結果として国を、民を救ったのだ。怒りに任せて壁を殴るランフォード。その直後、長兄ベルベットがセフィア王国の再侵攻を食い止めた報告を受け、更に怒りが増幅されていった。
「帰ったニャ~、あれ? まだ寝てるのか?」
リュードはそんな明るい声に気付き目を開ける。
「ああ、レーニャ。お帰り……」
一度ベッドで体を伸ばしてから起き上がる。時刻は昼過ぎ。随分と眠っていたようだ。レーニャがサンドイッチをテーブルの上に置き言う。
「体はどうニャ? これ食べるニャ」
「ありがとう。だいぶ良くなったよ。さすが獣人族の薬だな」
薬としっかり寝たお陰か随分と体が軽い。ひとりでも歩けそうだ。レーニャが言う。
「お城でサーラと言う女に会って来たニャ。リュードのことを伝えたニャ」
最初突然現れたレーニャに驚いたサーラだったが、リュードの話をするとすぐに承諾して笑顔になった。
「そうか、ありがとう」
「大丈夫ニャ。後でここに来るって言ってたニャ」
「うん」
リュードが安心し、頷いて返事をする。レーニャが言う。
「リュード。あの女、何者ニャ?」
「何者って、王族の剣術指南だよ」
「とても強いニャ」
「分かってる」
リュードがサンドイッチを口に運ぶ。
「リュードとは違う匂いがするニャ」
「違う匂い? むしゃむしゃ……」
サンドイッチを食べながら、意味の分からない表現に首を傾げるリュード。レーニャも首を傾げて答える。
「分からない、でも匂いが違うニャ」
「そうか」
女だからなのかな、やはり意味の分からないリュードはそんなふうに考えながら残りのサンドイッチを口に入れた。
「そうだ、レーニャ」
「なんだニャ?」
「俺がサックスの転生者だってことはまだ秘密な」
少し驚いた顔でレーニャが尋ねる。
「そうなのか? サーラって女にもか?」
「ああ、そうだ」
本当は彼女には隠したくない。ただサーラにとってリュードは『ヘタレな第三王子リュード』。中身が変わってしまっていたと知れば驚かせてしまうだろう。それにリュードがこの世にはもう居ないことは彼女を深く悲しませる。サックスなりの気遣いであった。
「リュードはサーラのことが好きなのか?」
さらっとそう尋ねるレーニャにリュードは少し考えてから答える。
「好きだ。俺はすべての女が好きだ」
「意味分からないニャ。あの女、巨乳だったぞ」
リュードの顔に笑みが浮かぶ。
「ふっ、その通り。前のリュードも、そしてこの俺も巨乳美女は大好きだ!」
呆れた顔でレーニャが言う。
「もう一度死ぬニャ。それがいいニャ」
「酷いなあ~」
そんな会話をしていると、部屋のドアをノックする音が部屋に響いた。
「どうぞ~」
ガチャ……
入って来たのは美しい亜麻色の髪をした巨乳美女。サイラス王城剣術指南、久しぶりに会うサーラ・フローレンスであった。
「リュード様! 心配しました!!!」
サーラは泣きそうな顔でベッドに腰掛けるリュードの元へ行き、怪我の具合を見つめる。リュードが申し訳なさそうな顔で答える。
「いや~、魔物に襲われてしまってね。心配かけた」
サーラが小さく頷き、そして手をリュードの体に向け小声で言う。
「すぐに治療します。深淵より湧き出でしばる生命の泉よ。かの身体に宿る傷痕を癒し、再び輝く命を蘇らせん。ヒール……」
回復魔法。リュードの体の傷がどんどん治っていく。驚くリュードが言う。
「魔法も使えるのか、サーラ?」
少し安心した表情でサーラが答える。
「は、はい。この程度の魔法なら大して珍しくはないかと……」
生まれつきの才覚が必要なアーティファクトに対し、魔法は多くの人間にその必要な基礎力は備わっている。能力の大きさはあるが、訓練で伸ばすことも可能だ。
「そうか……」
頷くリュードにサーラが尋ねる。
「それよりこの獣人族の女性はどうされたのでしょうか??」
サーラが椅子に座るレーニャを見て言う。
「ああ、仲間にした。優秀な諜報部員。ほら、記憶をなくした俺に代わって色々調べて貰うため」
(記憶?)
レーニャが少しだけ首を傾げる。サーラが更に尋ねる。
「身元は大丈夫なのでしょうか……?」
「身元? 知らんけど、大丈夫だよな? レーニャ」
レーニャが頷いて答える。
「大丈夫ニャ」
「……」
サーラが横目でレーニャを見つめる。それに気付いたリュードが言う。
「心配か? それとも彼女が獣人族だから嫌だとか?」
この世界では獣人族は蔑まれる。それを思い出したリュードはそう尋ねたのだが、サーラは意外な返事をする。
「いいえ。人間だろうが獣だろうが、そこに大差はないです。私はリュード様が心配なだけで……」
妙な言い回し。だが純粋にリュードを心配しているだけのようだ。
「大丈夫。レーニャは信頼に足りる人物。俺が保証するよ」
「はい、分かりました……」
そう答えつつもサーラは、本当に人が変わったかのように逞しくなったリュードに驚きを隠せない。リュードが言う。
「とりあえずこの三人で俺の王城復帰を遂行する。敵はまだ見えない。何が起こるか分からないが、ふたり共、俺に力を貸してくれ!」
「は、はい! 無論です!!」
「もちろんニャ、レーニャは忠誠を誓ったニャ」
ふたりが差し出されたリュードの手を握り返す。リュードが言う。
「俺の記憶が皆から消されている。これはきっと強力な魔法か、それとも高ランクのアーティファクトのせいだろう」
「ふむふむ」
レーニャが頷いて応える。
「とは言え、これだけの強力な力をずっと維持し続けるには膨大な力が必要だ。正直現実的ではない」
皆の記憶の抹消をずっと続けるには相当な力が必要である。リュードがふたりに言う。
「きっとこの国の中心である場所……、きっと王城内に、何かこの状態を維持するための媒体があるはず。それを止めるか破壊すれば俺は戻るんじゃないかと思っている」
「なるほど~」
レーニャが感心したかのように言う。
「レーニャ、サーラ」
「はい」
「ニャニャ~」
リュードが言う。
「ふたりには王城でそれらしき媒体を探して欲しい。頼まれてくれるか?」
「いいニャ~」
「無論、喜んで」
リュードの王城復帰。いよいよその作戦が開始される。