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13.男の約束

「ああ、もう朝だな……」


 フォレストオークの棲む森からレーニャに背負われて街まで戻って来たリュード。深夜の約束に魔物との戦い。街に入る頃には東の空が明るくなっていた。レーニャが尋ねる。


「それでどこへ行けばいいニャ?」


「ああ、俺が泊っている宿がある。そこまで頼む」


「分かったニャ」


 レーニャは魔物との戦いで所々破れた黒のフードに顔を隠し、早朝の街を歩きだす。

 空気がひんやりと冷たい大通り。掃除をする老婆や捨てられた空の酒の瓶など、その静寂さは賑やかな夜とはまた違った顔を見せる。レーニャはリュードに言われた宿に入る。



 ギギッ……


 早朝、宿のドアをゆっくりとレーニャが開ける。木造の宿屋。決して小さくはないが豪華な宿でもない。受付に立っていた若い男が夜勤明けだろうか、眠そうな顔で声を掛ける。


「宿泊者か? 女の連れ込みは勘弁してくれ」


 それを聞いたレーニャがフードから顔を出して答える。


「違うニャ。リュードは怪我をしている。部屋に運ぶだけニャ」


「獣人族……」


 眠そうだった男の顔があからさまに嫌そうな表情へと変わる。レーニャに背負われたリュードが言う。



「魔物に襲われてな。この子に助けられたんだよ。部屋まで運んで貰うだけだ」


「そうですか、分かりました……」


 そう答えるものの男の顔はやや不満顔。下等な獣人族が部屋に入ることを良しとは思っていないようだ。レーニャはそんな冷たい空気にも一切表情を変えることなくリュードを部屋へと運ぶ。



「ありがとう、レーニャ」


 部屋に入ったリュードはベッドに腰掛け礼を言う。レーニャが答える。


「大丈夫ニャ。リュードは少し休むニャ」


「ああ、そうするよ。お前も疲れたろ? ベッドひとつ空いているから使っていいよ」


 レーニャはそう言ってリュードが指さすベッドを見てから答える。


「大丈夫ニャ。レーニャは獣人族。少しぐらい寝なくても平気ニャ」


 そう言いながらもその顔にはさすがに疲れが見える。


「いや、だけど……」


 そう口にするリュードに、レーニャが両腕で彼の頭を絡めるように顔を近付ける。柔らかな腕。甘い香り。驚くリュードにレーニャが言う。



「一緒に寝たらリュードに襲われるニャ。襲ってもいいけど」


 リュードが苦笑しながら答える。



「大丈夫。俺は巨乳以外襲わない」


「ニャ?」


 レーニャがリュードから離れ、()()()胸を手で押さえながら尋ねる。


「リュードは胸の大きい女が好きなのか??」


「そうだ。巨乳美女を口説くのが俺の生涯の目的」


 レーニャがむっとした顔で言う。


「そんなの大きくても仕方ないニャ! 邪魔なだけニャ!!」


 裏で活動する彼女にとって機敏さを損なう大きな胸は邪魔なだけ。無論、持った経験がないからあくまで憶測の話だが。リュードが笑顔で言う。



「心配するな。レーニャは多分これからまだまだ大きくなる。発展途中だろ?」


 疲れと怪我のせいで、『変態サックス』が止めどなく溢れ出る。レーニャが引きつった顔で言う。


「リュードは人間としてはいい奴だが、オスとしてはちょっと問題ニャ……」


「そんな、酷い……」


 サックス時代、いつもココアに言われていたような台詞。やはり時代は変われど女からの評価は変わらないらしい。レーニャが言う。



「早く寝るニャ。レーニャは何か食べるものを買って来るニャ」


 そう言って出かけようとするレーニャにリュードが言う。


「あ、レーニャ。ちょっと頼みがある」


「なんだニャ?」


「王城にサーラと言う剣術指南がいる。そいつに俺がここに泊っていることを伝えてくれないか?」


 ドアノブに手をかけたままレーニャが止まる。そして尋ねる。


「サーラと言うのは女か?」


「女だ」


「巨乳?」


「巨乳だ」



 バン!!


 レーニャはそれに返事もせずにドアを勢いよく閉めて出て行く。リュードはなぜそこまで彼女が巨乳を嫌うのかよく分からないままベッドに横になり、大きく息を吐く。



「ふう、優秀な諜報部員が仲間になってくれた。……まあでも皮肉なもんだぜ」


 勇者サックス時代はあまり望みもしないまま強者が集まり魔王討伐を行った。だが今は自ら仲間を欲している。その理由は明白だ。


(やることが山積している。情報収集、王城への復帰、そして俺達を襲った奴の特定)


 魔王討伐に比べれば小さなこと。だが力のない今のリュードには十分難題である。



「あ、そう言えば」


 横になったリュードは懐に入れていた分厚い日記に気付き取り出す。レーニャが取って来てくれた第三王子リュードの日記。ゆっくりとその頁を捲る。



 静寂。横になっていたリュードは自然と上半身を起こし、膝の上に日記を乗せ再び読み出す。日が昇り外からは小鳥のさえずりが部屋に響く。窓から入る風は白のレースカーテンを優しく揺らす。



「そんな、ことが……」


 本を手にしたリュードの目に涙が溢れる。第三王子としてのリュードの王城生活。それは想像を絶するものであった。



『〇月〇日、今日はサーラとの剣の訓練中、ベル兄様が来てくれた。稽古をつけてくると言うことで随分久しぶりにベル兄様と剣を交わしたけど、やっぱり全然ダメだ。一方的に殴られる展開になり最後は倒れた僕を叱りながらベル兄様は殴り続けた。これは僕がまだまだ弱いから。ベル兄様、ありがとう』


『〇月〇日、その日は遠征に出ていたランフォード兄様が戻られた。残念ながら負けてしまったようだけど僕なりに気を付けて声を掛けたつもりだったけど兄様の怒りを買ってしまい、しばらくお仕置き部屋に入れられた。今回は一週間ほど。お腹も減り、真っ暗で何も見えない辛い場所だけどそれも僕の責任。これから兄様に謝りに行こう』


『〇月〇日、今日の夕食に僕の分が用意されていなかった。いや、あったんだけど水とパン一切れ。兄様達の分はちゃんと用意されていたのにおかしいと思って給仕に聞くと、食材が一時切れてしまっていたようだ。安心した。兄様達が食べられればそれでいい。僕はこれで大丈夫』


『〇月〇日、外交の場で僕だけ呼ばれなかった。外務大臣が忘れていて……』


『〇月〇日、少し前から体調不良からの嘔吐が止まらない。どうやら医者の薬が間違っていいたようで……』


『〇月〇日、廊下を歩いていたら後ろからランフォード兄様に殴られた。兄様の前を歩いてはいけない事を忘れてしまっていて…』




「なんだよ、これ……」


 日記を読んでいたリュードの目からぼろぼろと涙が零れる。ヘタレ王子だとは分かっていたが、これほどまでに凄惨な嫌がらせを受けていたとは。それでも彼は前向きであった。その理由は手に取るように分かった。



『〇月〇日、サーラは本当に強い。僕ももっと頑張って早く彼女に認められたい』


『〇月〇日、怪我をした僕をサーラが治療してくれた。嬉しい。今日は本当に幸せな日だ』


『〇月〇日、周りの国がサイラスに侵攻してきている。僕は強くなって国を守りたい。強くなりたい!! サーラ、君を守れるぐらい僕は強くなりたい!!』


 第三王子リュードが凄惨ないじめにも負けなかった理由。それは剣術指南サーラへの秘かな想いからであった。そして日記は最後の頁に噴水のあるホールにサーラに呼ばれたことが記され、そこで終わっていた。

 リュードはゆっくりと本を閉じ、自分自身を抱きしめるようにつぶやく。



「よく頑張ったな、リュード。マジ、カッコいいぜ……」


 溢れる涙。震え。眠気も疲れも吹き飛んでしまうほどの辛い事実。ヘタレながらも彼は精一杯生きていた。だから心は決まった。リュードが言う。



「お前の思い、この俺が引き受ける。お前が守りたかったもの、この俺がすべて守ってやる!!」


 涙を拭い、天を仰いで言う。



「約束だ。男としてお前と約束する」


 神の悪戯か、それとも歴史の必然か。

 動乱渦巻く群雄割拠の世界に転生した勇者サックス。思い半ばで散ったリュードの思いを引き継ぎ、勇者は再び立ち上がることを決意した。

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