12.感謝の気持ち
「重いニャ……」
深い森。月明かりの差す中、森に棲むオーク達を倒したリュードを獣人族のネコ耳少女レーニャが負ぶって歩く。一時は重傷を負った彼女であったが、リュードの治療に加え身体能力の高い獣人族にはこの程度問題はない。
「痛ててて……、あ、あまり揺らさないでくれ……」
リュードは一歩も動けないほどのダメージを負っている。鈍った第三王子の体。アーティファクトの力を使ったとは言え、限界を超え無理をしたことに違いはない。
「うるさいニャ。黙ってじっとしてるニャ……」
「うい~、あ、そうだ」
リュードがふと思い出し、それをポケットの中から取り出す。
「これ、返すよ」
取り出したのは緑の石のついたヘアピン。あの窮地を救ったレーニャのものだ。それをじっと見たレーニャが言う。
「髪につけて欲しいニャ。レーニャは両手がふさがっているニャ……」
リュードを負ぶっている彼女。自分でヘアピンはつけられない。リュードがやや戸惑った顔で尋ねる。
「いいのか? 髪に触れちゃうぞ?」
以前カフェであった際、勢いで彼女の髪に触れ激昂されたことを思い出す。レーニャが小さな声で答える。
「……リュードなら、いいニャ」
「そうなのか? じゃあ……」
リュードは痛む腕に力を入れそっとレーニャの髪に触れる。月明かりを受け艶やかに光る黒髪。しっとりとした髪にそっとヘアピンを結う。
(くすぐったいニャ……、でも、なんか、嬉しい……)
レーニャは不思議と体が温かくなるのを感じる。そして自然と口に出る。
「それ、母様に貰ったんだニャ」
「母様? へえ、そうなんだ。今はどこにいるんだ?」
「……分からないニャ。レーニャが小さい頃に居なくなったニャ」
「そうか……」
余計なことを聞いてしまったなとリュードが思う。だがレーニャが言う。
「ありがとうニャ」
「いいって、それより……」
「それから、……ごめんなさいニャ」
(ごめんなさい? え? なんで……??)
その謝罪の意味が分からないリュード。
「それよりさ、レーニャ……」
そこまで彼が言いかけた時、レーニャが森に生えるとある草を見て言う。
「あ、あったニャ! あれニャ!!」
レーニャはその草の前まで行きリュードを背から降ろすと、すぐにその葉を手に取り見せながら言う。
「これは薬草ニャ。ちょっと苦いけど怪我に効くニャ!!」
森で暮らす獣人族だから知る薬草。リュードは座ったまま手際よく石で薬草を磨り潰し、飲み薬や塗り薬にする彼女を見つめる。
「うわ、苦っ!!」
薬を口にしたリュードが思わず顔をしかめる。レーニャが笑いながら言う。
「苦いニャ。でもよく効くニャ」
「ああ、知ってるよ。久しぶりに飲んだけど、やっぱ苦いな」
その言葉にレーニャの黒い耳がぴんと立つ。
「リュードは飲んだことがあるのか?」
「ああ、ある。随分前になるけどな」
獣人族の薬。仲の良い相手にしか作らなない。
「リュードは獣人族の友達がいるのか?」
「友達? ああ、いたぜ。ザレスって言うおっさんだけどね」
(!!)
その名前を聞いたレーニャが固まる。どこのザレスかは知らないが、獣人族のザレスと言えば古の時代『獣人族の里』を作った歴史上の人物。
いや、そんなはずはない。あり得ないこと。レーニャが尋ねる。
「ザレスってどこのザレスニャ……??」
「どこのザレスって、ザレス・レード。女好きで酒好きのどうしようもない奴だったぜ」
(ザレス・レード……、まさか、そんなことは……)
やはりそれは獣人族の中での英雄。同名の別人か。驚く彼女にリュードが言う。
「昔旅をしていた時に大怪我をしてね、その時もこうやって彼に助けられたんだ」
黙って聞くレーニャ。そしてリュードが真面目な顔で言う。
「レーニャ、お願いがある。俺の仲間になってくれないか?」
(え?)
心臓が止まるほど驚くレーニャ。黙り込む彼女にリュードが言う。
「お前にはきちんと話さなきゃならない。実は俺、古の時代に生きた勇者サックスが転生してるんだ」
口を開けて驚くレーニャ。リュードは彼女にすべてを話した。
「あ、あの……」
驚きの顔のレーニャが何か言おうとする。リュードが答える。
「全部信じろとは言わない。俺だって最初は意味分からなかったよ。まあ今でも分からないけど」
驚いた顔のレーニャにリュードが言う。
「今の俺には情報が必要なんだ。だからレーニャの諜報部員としての能力、俺には絶対不可欠で……」
「で、でも……」
リュードが笑って言う。
「それにレーニャ、可愛いしな」
(!!)
レーニャの顔が赤く染まる。
人に必要とされたことなどこれまで一度もなかった。ましてや相手は人間。獣人族を蔑み差別する忌むべき存在。だけど、だけど彼なら……
「レ、レーニャは獣人族ニャ……」
「そんなことどうでもいい」
「きっとリュードに迷惑が掛かって……、!!」
リュードはそこまで言った彼女の手を握り優しく言う。
「お前が必要なんだ。一緒に来てくれ」
レーニャの体がぶるっと振るう。経験のない喜び。興奮。溢れ出る感謝の気持ち。レーニャは零れそうな涙を拭い、一歩下がって両膝をつく。
「レーニャは……」
勇者サックスと言えば、古の英雄ザレス達獣人族の危機を救った人物。そして今、自分自身も救われた。レーニャが獣人族固有の忠誠の仕草、両手を胸の前で交差させ頭を下げて言う。
「あなたに忠誠を誓うニャ。リュード、私を連れて行って欲しいニャ」
里を出てひとりで生きてきたレーニャ。名前を捨て自分を否定してきた彼女。そんな自分を必要だと言ってくれた。
「ありがと! レーニャ!!」
リュードが溜まらず彼女に抱き着く。
「きゃ!! な、なにするニャ!?」
「あ、痛てててて……、ごめん、嬉しくって」
リュードに抱かれるレーニャ。触れられるのを極端に嫌う彼女だが、不思議と今は心地良い。
「感謝するのはこっちの方……、それに」
溢れ出す涙を感じながら思う。
――レーニャも一緒に居たいニャ
初めての仲間。生まれて初めて誰かを信頼した日。レーニャの黒い尻尾は嬉しさを表すように左右に大きく揺れ続けた。