表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/74

12.感謝の気持ち

「重いニャ……」


 深い森。月明かりの差す中、森に棲むオーク達を倒したリュードを獣人族のネコ耳少女レーニャが負ぶって歩く。一時は重傷を負った彼女であったが、リュードの治療に加え身体能力の高い獣人族にはこの程度問題はない。


「痛ててて……、あ、あまり揺らさないでくれ……」


 リュードは一歩も動けないほどのダメージを負っている。鈍った第三王子の体。アーティファクトの力を使ったとは言え、限界を超え無理をしたことに違いはない。


「うるさいニャ。黙ってじっとしてるニャ……」


「うい~、あ、そうだ」


 リュードがふと思い出し、それをポケットの中から取り出す。



「これ、返すよ」


 取り出したのは緑の石のついたヘアピン。あの窮地を救ったレーニャのものだ。それをじっと見たレーニャが言う。


「髪につけて欲しいニャ。レーニャは両手がふさがっているニャ……」


 リュードを負ぶっている彼女。自分でヘアピンはつけられない。リュードがやや戸惑った顔で尋ねる。


「いいのか? 髪に触れちゃうぞ?」


 以前カフェであった際、勢いで彼女の髪に触れ激昂されたことを思い出す。レーニャが小さな声で答える。



「……リュードなら、いいニャ」


「そうなのか? じゃあ……」


 リュードは痛む腕に力を入れそっとレーニャの髪に触れる。月明かりを受け艶やかに光る黒髪。しっとりとした髪にそっとヘアピンを結う。


(くすぐったいニャ……、でも、なんか、嬉しい……)


 レーニャは不思議と体が温かくなるのを感じる。そして自然と口に出る。



「それ、母様に貰ったんだニャ」


「母様? へえ、そうなんだ。今はどこにいるんだ?」


「……分からないニャ。レーニャが小さい頃に居なくなったニャ」


「そうか……」


 余計なことを聞いてしまったなとリュードが思う。だがレーニャが言う。



「ありがとうニャ」


「いいって、それより……」



「それから、……ごめんなさいニャ」


(ごめんなさい? え? なんで……??)


 その謝罪の意味が分からないリュード。



「それよりさ、レーニャ……」


 そこまで彼が言いかけた時、レーニャが森に生えるとある草を見て言う。



「あ、あったニャ! あれニャ!!」


 レーニャはその草の前まで行きリュードを背から降ろすと、すぐにその葉を手に取り見せながら言う。



「これは薬草ニャ。ちょっと苦いけど怪我に効くニャ!!」


 森で暮らす獣人族だから知る薬草。リュードは座ったまま手際よく石で薬草を磨り潰し、飲み薬や塗り薬にする彼女を見つめる。


「うわ、苦っ!!」


 薬を口にしたリュードが思わず顔をしかめる。レーニャが笑いながら言う。


「苦いニャ。でもよく効くニャ」


「ああ、知ってるよ。久しぶりに飲んだけど、やっぱ苦いな」


 その言葉にレーニャの黒い耳がぴんと立つ。



「リュードは飲んだことがあるのか?」


「ああ、ある。随分前になるけどな」


 獣人族の薬。仲の良い相手にしか作らなない。


「リュードは獣人族の友達がいるのか?」


「友達? ああ、いたぜ。ザレスって言うおっさんだけどね」


(!!)


 その名前を聞いたレーニャが固まる。どこのザレスかは知らないが、獣人族のザレスと言えば古の時代『獣人族の里』を作った歴史上の人物。

 いや、そんなはずはない。あり得ないこと。レーニャが尋ねる。



「ザレスってどこのザレスニャ……??」


「どこのザレスって、ザレス・レード。女好きで酒好きのどうしようもない奴だったぜ」



(ザレス・レード……、まさか、そんなことは……)


 やはりそれは獣人族の中での英雄。同名の別人か。驚く彼女にリュードが言う。


「昔旅をしていた時に大怪我をしてね、その時もこうやって彼に助けられたんだ」


 黙って聞くレーニャ。そしてリュードが真面目な顔で言う。



「レーニャ、お願いがある。俺の仲間になってくれないか?」


(え?)


 心臓が止まるほど驚くレーニャ。黙り込む彼女にリュードが言う。



「お前にはきちんと話さなきゃならない。実は俺、古の時代に生きた勇者サックスが転生してるんだ」


 口を開けて驚くレーニャ。リュードは彼女にすべてを話した。




「あ、あの……」


 驚きの顔のレーニャが何か言おうとする。リュードが答える。


「全部信じろとは言わない。俺だって最初は意味分からなかったよ。まあ今でも分からないけど」


 驚いた顔のレーニャにリュードが言う。


「今の俺には情報が必要なんだ。だからレーニャの諜報部員としての能力、俺には絶対不可欠で……」


「で、でも……」


 リュードが笑って言う。



「それにレーニャ、可愛いしな」


(!!)


 レーニャの顔が赤く染まる。

 人に必要とされたことなどこれまで一度もなかった。ましてや相手は人間。獣人族を蔑み差別する忌むべき存在。だけど、だけど彼なら……


「レ、レーニャは獣人族ニャ……」


「そんなことどうでもいい」



「きっとリュードに迷惑が掛かって……、!!」


 リュードはそこまで言った彼女の手を握り優しく言う。


「お前が必要なんだ。一緒に来てくれ」


 レーニャの体がぶるっと振るう。経験のない喜び。興奮。溢れ出る感謝の気持ち。レーニャは零れそうな涙を拭い、一歩下がって両膝をつく。



「レーニャは……」


 勇者サックスと言えば、古の英雄ザレス達獣人族の危機を救った人物。そして今、自分自身も救われた。レーニャが獣人族固有の忠誠の仕草、両手を胸の前で交差させ頭を下げて言う。



「あなたに忠誠を誓うニャ。リュード、私を連れて行って欲しいニャ」


 里を出てひとりで生きてきたレーニャ。名前を捨て自分を否定してきた彼女。そんな自分を必要だと言ってくれた。


「ありがと! レーニャ!!」


 リュードが溜まらず彼女に抱き着く。



「きゃ!! な、なにするニャ!?」


「あ、痛てててて……、ごめん、嬉しくって」


 リュードに抱かれるレーニャ。触れられるのを極端に嫌う彼女だが、不思議と今は心地良い。



「感謝するのはこっちの方……、それに」


 溢れ出す涙を感じながら思う。



 ――レーニャも一緒に居たいニャ


 初めての仲間。生まれて初めて誰かを信頼した日。レーニャの黒い尻尾は嬉しさを表すように左右に大きく揺れ続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ