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11.名前が戻る日

(だめニャ……、殺されるニャ……)


 獣人族の少女は、目の前に現れたフォレストオークの上位種であるレッドフォレストオークを見て震え上がった。オークにすら勝てない非戦闘員である彼女。その上位種に睨まれるだけでまるで金縛りにあったように動けなくなる。


「ウゴオオオオ……」


 取り巻きのオーク達が囲むように少女に迫る。


(やだ、やだ……、死にたくない……)


 少女は無意識に懐からナイフを取り出す。だが震えた彼女の手、思わずナイフがこぼれ落ちた。



 ドフ……


「ぎゃっ!!」


 周りに迫っていたオークの拳が少女に打ち込まれる。


「ぐはっ、げほっげほっ……」


 少女が口から血を流し四つん這いになる。



(逃げられない、嫌だニャ……、死にたくないニャ……)


 体が強張り、得意の『隠密』もできない。陰に潜み力を発揮する少女。圧倒的強者の目の前ではそのすべてが封殺される。


「ウゴオオオオオ……」


 迫るオーク達。再びその腕が振り上げられた。






 ドフッ!!


「うがっ!!」


 そして元勇者サックスであるリュードも大苦戦を強いられていた。本来ならば取るに足らないフォレストオークだが、鈍ったリュードの体ではまともに戦えない。



(あばらが、折れたか……)


 内臓がズンズンと痛む。普通の人にとってこれほどまでにオークの攻撃は強かったのかと、今更ながら思い知る。



「はあ!!!」


 ガンガンガン!! ドフ!!!


 リュードの斬り込み。だが弱々しい剣撃では致命傷を与えることができず、逆にカウンターを食らう。



「がっ、がはっ……」


 口の中に溢れる血液。魔物討伐の大変さにが体が悲鳴を上げる。


(この体じゃ、リュードの体じゃダメだ。考えろ……)


 あばら骨折、臓器損傷。動かぬ王子の体では、さすがの勇者サックスでも勝てるか分からない。



 ――あなたは最高のアーティファクターよ!!


 そんな彼の頭に一緒に旅をしてきた仲間であるココアの声が響く。常に傍にいて励ましてくれた彼女。ココアが平和を望むからサックスは剣を振った。リュードが立ち上がってつぶやく。



「ああ、そうだな。そうだったな。すまねえ、ココア。俺は最高のアーティファクター。アーティファクトがある限り俺は負けねえ!!!」


 周囲をフォレストオークに囲まれる中、リュードは『宴会』のアーティファクトを握りしめた。






 ドフ!!


「ぎゃっ!!」


 一方獣人族の少女は、非戦闘員と言うこともありリュード以上に危機的状況に追い込まれていた。必死に攻撃をかわしながらも周囲を囲まれどうすることもできない。すでに体はボロボロで少し動くだけで全身に激痛が走る。


(嫌だ、嫌だ、体が痛い、死にたくないニャ……)


 流れる涙に血が混ざり赤く染まる。騙されるより騙す。これまで何名かの人間を欺いてきた報いが今こうして自分に返って来るのかと自問する。



 バン!!!


「ぎゃああ!!」


 オークの拳が少女の顔に容赦なく撃ち込まれる。



「あっ……」


 少女は蹲りながら自分の中で何かが切れたのを感じた。目の前には巨大なオーク。気味の悪い緑の体。もう逃げることも抵抗する力もない。怖い。足が震え力が出ない。振り上げられるオークの右腕。少女の思いが自然と口に出る。



「嫌だ、死にたくない。助けて、助けてニャ……」



 ズン!!


(!?)


 目の前で腕を振り上げたオークの首の後ろに現れた影。持っていた剣でその首を一突きすると、巨体のオークは小さな唸り声をあげて倒れた。


 ドン……



「大丈夫か? 子猫ちゃん」


「お、お前は……」


 少女の体から力が抜ける。目の前に現れたのは自分が騙し見捨てた茶髪の男。全身ボロボロになりながらこちらに寄って来て小声で言う。



「ヒール」


(えっ)


 全身に感じる暖かな安らぎ。魔法とは違った強い安心感。



 パリン……


 気が付くと茶髪の男、リュードの指にあった小さな指輪が音を立てて割れる。



「やっぱノースターはダメだな。すぐに壊れる……」


 回復のアーティファクト。リュードはボロボロになった少女を見て迷わず治療を行った。少女が言う。


「お、お前どうして……、どうしてここに? それにお前だってボロボロ……」


「大丈夫、俺はもう一回使った」


 使ったという割には少女以上の酷い怪我のリュード。少女が震えた声で言う。



「どうして、どうして戻って来たニャ……」


 リュードが笑って言う。


「どうしてってそりゃ、女の子が助けてって言ってるからだろ」


「だ、だってミャーは……」


『お前を騙した』と言いかけて思わず少女が黙り込む。リュードが言う。


「昔な、ちょっと獣人族に世話になったことがあってな」


「ミャーは、ミャーは……」


 少女の目から涙が溢れる。



「コオオオオオ……」


 そんなふたりに他のフォレストオークが襲い掛かる。リュードが少女の前に立ち手を広げて言う。


「俺が相手をする! お前は逃げろ!!」


 ふらつきながらリュードが剣を構えオークに対峙する。


(逃げる……?)


 少女がひとり敵に向かうリュードの背中を見て思う。


(ミャーはもう逃げないニャ……)



 リュードがポケットから黒縁メガネを取り出して顔につける。


「ああ、痛てぇ……、くそっ」


 体はもう限界。骨折に臓器損傷。ヒールを使ったと言うのも本当は嘘。感覚的にあと一回で回復のアーティファクトが壊れるのは分かっていた。だけど女の子が泣いている。女の子が怪我をしている。リュードが右手を差し出して叫ぶ。



「咲き誇れ、真紅の花っ!!!」


 ボン、ボボボボン!!!


 宴会用のアーティファクト。本当に花を出すだけのくだらないアーティファクトだが、出現した際にその演出の為か()()()()を発し、注目を集める。



「ウグググッ……!?」


 オーク達の注意が突然現れた真紅の花へと集まる。


(今だっ!!)


 その隙をついてリュードがオーク達の背後へと回り込む。弱点は知っている。後ろ首。強い体を持つオークだが、後ろから首への攻撃には弱い。



 ザン、ザザザザン!!!


「グガアアア!!!!!」


 次々と決まるリュードの攻撃。全身の痛みに耐えながら茶髪の勇者が敵の間を駆け巡る。少女が涙を流し言う。



「逃げない。もう逃げないニャ……、だってミャーの為にあいつが……」


「あ、あと一体!!!」


 緑のオークを倒し上位種であるレッドフォレストオークに立ち向かうリュード。少女が言う。



「あいつが、あんなに頑張っているんだもん……」



 ドフ!!!


「ぐわあああ!!!」


 鋭い攻撃がリュードを襲う。全ての能力においてた他を圧倒するレッドフォレストオーク。手負のリュードは格好の餌食であった。倒れたリュードに少女が駆け寄り抱き抱えて言う。



「大丈夫か!? もう無理するな、ここはミャーと一緒に一旦……」


 リュードがこぼれ落ちた少女の涙を手で拭き、笑顔で言う。



「女の子を泣かせる奴はな……」


 リュードが立ち上がり肩で息をしながら言う。


「絶対に許さねえんだ」


 少女が首を振りながら言う。


「だけど、だけどあいつには……」



 リュードが少女の髪につけられたヘアピンを手に取り言う。


「ちょっとだけ借りるぜ!」


「え!?」



隠密行軍シャドウステップ!!」


 アーティファクトである少女の髪留めの力を解放したリュード。まるで闇夜に消えるように一瞬でレッドフォレストオークの背後に移動する。



(うそ!? なんて速さニャ!!!)


 陰に潜んで生きてきた少女ですら見えぬリュードの動き。音も立てずレッドフォレストオークの首筋に回り込んだリュードが、持っていた剣を突き立てる。


 ズン!!!


「グガアアア!!!!」


 突然の攻撃。訳の分からぬままオークが地面へと倒れる。


 ドン……



 倒れるオーク。

 そしてリュードも崩れるようにそこへ落ちる。



「お、おい!!!」


 少女が慌てて駆け寄る。そして倒れたリュードを抱き上げ泣くように言う。


「ひどい怪我ニャ……、どうして、どうして……」


 激痛で動けなうなったリュードが笑顔で答える。


「どうしてって、言ったろ? 泣いている女の子がいれば俺はいつだって……、!?」


 少女がリュードを抱きしめて言う。



「ありがと、ニャ……」


「子猫ちゃん?」


 少女が顔を上げて笑顔で答える。



「子猫ちゃんじゃないニャ。ミャーの名前は()()()()と言うニャ……」


「そっか、じゃあどう致しまして。レーニャ」


「うん……」


 自分を捨て生きてきた少女。その彼女が再び名前を取り戻した瞬間であった。

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