1.プロローグ
「見事魔王を倒した勇者サックスに盛大な拍手を!!!」
パチパチパチパチパチ!!!!
サイラス王国中心にある王城。その最上階の王の間に集まった一同は、世界を恐怖に陥れた魔王を討伐したその若い勇者に惜しみない拍手を送った。
「いや~、どうも~」
称えられるべき勇者の名はサックス。手にした者に様々な力を与える魔導宝具の稀代の使い手。魔王討伐と言う偉業も、その強大なアーティファクトと心強い仲間のお陰で成し遂げることができた。
「……ちょっとぉ、サックス! だらしない顔していないでちゃんと歩いてよ!!」
割れんばかりの拍手の中、王の間を退出するサックスの隣に歩く美少女。
「大丈夫、ココア。ちゃんと歩いてんよ~、むふふふっ……」
ココアと呼ばれた少女。サックスと共に魔王討伐を成し遂げたパーティのひとり。栗色の髪に愛嬌のある顔。大きな胸はいつも周りの男の視線を集める。ココアが王城内を歩くサックスのお尻をつねりながらむっとして言う。
「大丈夫じゃないでしょ! 私知ってるんだからね。サックス、ずっと周りの女の人ばかり見てたでしょ!!」
「え~?? どうかな~~??」
『アーティファクトの申し子』と呼ばれた天才勇者。同時に彼は稀代の女好きであり、特に巨乳には目がない。ココアが怒った顔で言う。
「またー!! そうやって胡麻化す!!」
「ひゃ~、ココアが怒った!!」
怒り出した彼女から逃げるようにサックスが走り出す。
(俺はついに魔王を倒したんだ!!!)
王城を出たサックスが艶やかな緑髪を靡かせながらさらに力強く駆け出す。
(これで自由!! 今まで我慢してきたけど、ようやく勇者の呪縛から解き放たれて自由に……)
最強のアーティファクト使いとして名声が上がる一方、周囲や世間からは当然の如く『魔王討伐』の期待が集まるようになった。知らぬ間に集まる強者。本人があまり望まぬまま勇者パーティは結成され、魔王討伐が当たり前のように彼に課せられた。
「ああ!! 待ちなさいよ、サックス!!」
サックスには野望があった。
(ふざけんな。これで俺は自由、そしてこれから……)
その野望とは、
(世界中の巨乳美女を口説きまくる!!!!!)
魔王軍と戦い、各地を転戦しながら出会った美女達。だが勇者と言う重い肩書のせいで碌に会話もする時間もなく戦いの日々を強いられた。だからサックスは心に誓った。
――勇者なんて肩書が要らない平和な世を作り、俺は巨乳美女を口説きまくりたい!!
誰にも言えぬ下品な野望。だが彼にとってそれは心の奥に煌煌と輝く穢れ無き美しき夢であった。
「ヒャッハー!!! これで俺も自由に……」
王城門を出てさらに加速するサックス。だが、それは突然彼を襲った。
「サ、サックス!! 危ないっ!!!」
後ろを走っていたココアが真っ青な顔で悲鳴に近い声を上げる。
(え?)
大きな野望と、後ろから迫るココアにばかり気を取られていたサックス。横から猪突猛進で迫って来る暴れ馬に気付くのが一瞬遅れた。
ドオオオオン!!!!
「サックスーーーーっ!!!!!」
馬は商用で王都サイラスを訪れていた商人のもの。突然気が狂ったように暴れ出し、手が付けられぬ状態になっていた。
「サックス、サックス!!!」
気が狂った馬と衝突したサックス。魔王にも屈さないほどの強き男であったが、頭の打ちどころが悪くそのまま意識を失う。
(……俺、このまま死ぬのか)
遠くでココアが叫ぶのが聞こえる中、サックスは突然の事態に戸惑いつつやがて意識が薄れていった。
「ぶぐはっ!!!???」
息ができない。液体!? 突然口の中を満たす水。
(な、何だこれ!? 俺は一体!!??)
意識が戻ったサックスは焦った。まだ上手く回らない頭ですら感じる窒息の危機。どこかの水の中。馬に轢かれたはずなのにこれは一体!?
「うぐっ!!」
そして同時に感じる背中の激痛。馬との衝突ではない、何か鋭利なものによる負傷。
(か、体が動かねえ……)
窒息に激痛。
本当にこれで死ぬのか。訳が分からぬままサックスは、目に映った首飾りのアーティファクトを手に掴んだ。