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8.アルヴィン・メルカート

 熊男が後ずさる。


「い、言いがかりも大概にしろガキがッ!!」

「鑑定書にある日付はたしか……日曜日ですね。王都の織物組合は休業日なのに、誰が承認印を押したんです?」

「はあっ!?」


 日付の項目には曜日なんて書いてない。なのに彼はカレンダーでもめくったみたいに、日曜日と断言した。


「鑑定書の書き方も形式が違います。素人を騙すには十分かもですけど、ちょっと知識があれば簡単に見抜けちゃいますよ?」

「ぐぬぬ……」


 商人がさらに後ずさった。勇ましかった勢いが急にしぼむ。一方、事情通な青年は黒縁メガネのブリッジをくいっと指で押し上げた。


「偽造するなら幻影貿易連合シャドートレードユニオンくらい徹底的にやらないと。子供だましがせいぜい……いや、ぼくを騙せていないんだから、子供だまし未満です」

「う、う、うるせぇ! でたらめ抜かしやがって!」

「では、今から教会法廷にご一緒します? ちょうど動かぬ証拠もありますし」


 青年は偽の鑑定書をひらひらさせた。


「返せ! クソガキッ!」


 悪徳商人が鬼の形相でメガネの青年につかみかかろうとした。ひらりとかわして、青年は私に偽の鑑定書を押しつけると。


「ちょっとだけ預かっててください」

「え、ええ!?」


 私がすっとんきょうな声を上げると同時に、悪徳商人が私に向かってきた。


 ちょ、こっちに来てるんですけどッ!?


 そうなるとわかっていたようで、青年は悪徳商人に足を引っかけ転ばせる。正面からバタンと倒れた熊男の腕を、メガネの青年はひねって関節を固めた。


「いでええええええ! なにしやがるうううう!」

「はいはい騒がないでください。ぼくがこの人を押さえておくから、どなたか通報をお願いします」


 極めて冷静。落ち着いた口ぶりで青年が言うと、周囲で見ていた住人の一人が、町の守備隊の屯所に駆けていった。



 すぐに警備兵が飛んできて、熊男は捕縛された。


 事情聴取もそこそこに悪徳商人は連行。彼の商材も警備兵に押収された。

 メガネの青年が偽の鑑定書について警備兵長に説明する。


 私はといえば――


 全部、メガネの青年がやってくれるのを、ぼーっと眺めていた。本当に手際がいいと、感心しきりだ。


 市場の騒動を収めて、メガネの青年が私に向き直った。


「あの人の商品はどれも良くできた贋作。見た目だけとりつくろった偽物です。偽の鑑定書はあからさますぎましたけど。品物を見ただけで気づくなんてすごいです」

「は、はぁ」


 気の抜けた生返事をしてから、ハッと気づく。


「あ、あの、ありがとうございます。助けてくれて」


 アッシュグレーの髪が風に揺れる。最初に目と目があった瞬間にも感じたけど、どことなく、知っているような気がしてならない。


 こうして話してみて、余計にそう思う。


「どういたしまして。リリア先輩」

「え? まだ、名乗ってないのに」


 領主だから知られていることも多いけど……リリア先輩・・


 青年の灰色の瞳がにっこり笑う。


「ぼくですよ。グロワールリュンヌ学園で一年後輩だったアルヴィン・メルカートです」


 アルヴィン……え、ええっ!? あのちびっ子アルヴィンなの!?


 私がまだ学園にいた頃、学園祭の模擬店を手伝ってくれた男の子がいた。


 それからずっと、弟みたいに面倒をみてあげてたっけ。


 アッシュグレイの髪に灰色の瞳。大きな黒縁メガネ。だけど、身長は私よりも小柄で、幼い感じで、なんだか弟ができたらこんな感じかなって思っていた――


「アルヴィン君なの? え? でも……だって、身長が……」


 王都の大商家メルカート家の四男、アルヴィン・メルカート。


 私は二年生の途中でエドワードと一緒に、飛び級扱いで学園を卒業してしまったから、それっきりだった。


 身長を追い抜かれてしまった。雰囲気は生意気な弟のまま、身体だけおっきくなっちゃって。


「先輩はずっと素敵なままですね」


 少年の表情に戻ってアルヴィンは悪戯っぽく笑った。


「か、代わり映えしなくて悪かったわね」

「ほっとしてます。ぼくにとって……憧れの人ですから。変わらずいてくれて嬉しいです」


 なんだろう。青年の後ろに大型犬みたいな尻尾がブンブン左右に揺れている気がした。



 アルヴィンはメルカート商会の仕事を手伝うため、シルバーベルクにやってきたと語った。


 王都に本館があるけれど、メルカートの商館といえば王国のどこにでもあるなんて言われている。


 商館に案内された私は――


「王室御用達とはいきませんが、刺繍糸の在庫がありました。黒だけでいいんですか?」

「ええ、助かったわアルヴィン」


 無事、刺繍糸を買うことができた。


「刺繍、まだ続けてるんですね先輩?」

「最近は領主の仕事が忙しくて、時間を作って再開したところよ」

「ええ!? 領主なんですか!?」

「あれ? 言ってなかったかしら?」


 アルヴィンは本当に、つい最近シルバーベルク領にやってきたばっかりみたい。


「びっくりしました」

「意外だったかしら?」

「いえ、そんなことないですよ! 先輩なら当然です」


 腕組みしてメガネ君はウンウンとうなずく。私への謎の信頼感が高すぎるのは、昔からだった。


「それじゃあ、今日はありがとうねアルヴィン君」

「はい! 何かご入り用でしたらぜひ、当メルカート商会へ! 先輩のためならなんでも調達してみせますから」


 胸を張る青年の顔が、学園にいた頃の少年の彼と重なってみえた。

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