51.エピローグ
ドレイク家のタウンハウスの一室に、私はいる。
王城は大混乱。宰相だの大臣だの文官がてんやわんやしてるみたい。
王が廃されたのだもの。
で、目の前では金髪の美青年がテーブルに着き、涼しげな顔でお茶の香りを楽しんでいた。
「こうして君と二人きりになるのが、本当に久しぶりすぎて懐かしいくらいだよ」
「レオナルド様。こんなところで私とお茶をしている場合なのですか?」
「いいじゃないか。ご褒美があったって。君を助けるために隣国ガーディアナにまで足を運んで、証拠固めに奔走したのだから」
彼と離ればなれになってからのこと。
私の方は、ただ刺繍をして待つだけだったから、平和といえば平和だった。
レオナルドは違う。私に心配をさせないようにと、ところどころ笑い話にするけれど、危険な場面もあったみたい。
「君がギャレットを送ってくれたおかげで、私も安心して資料をまとめられたよ。あの男はようやく眠れたみたいだ」
護衛騎士は別室で泥のように眠っていた。
「不眠不休はレオナルド様もでしょう?」
「仮眠くらいはとっていたさ。君を助けるためならなんだってするよ」
「ご、ごめんなさい。ううん……ありがとう……ございます」
「お礼を言うのは私の方さ」
言うとレオナルドはハンカチを取り出した。黒獅子の刺繍を私に向ける。
「あの……なにか?」
「君の刺繍を手にしてから幸運が続いているんだ。シルバーベルクで金貨を見つけた時もそうだった。偶然かと思ったが、どうやら違ったらしい」
あっ……これ、もしかして尋問? エドワードを詰めシャーロットを追い込んで、最後は私って……こと?
「きっとレオナルド様の日頃の行いが良かったからです」
「その程度で済むなら、もっと早くエドワードの罪を暴けたさ。君が与える幸運の助力がなければ、ガーディアナ王国への潜伏も、兄王子リチャード暗殺の実行犯も、その証拠となる文書も見つかりはしなかった。幻影貿易連合の尻尾だって、きっと掴めなかったろう」
「貴男が有能なだけです」
「もちろんそれもあるが……私だけじゃないさ」
彼は続けた。
アルヴィンもフェイリスもギャレットも、それぞれのやるべきことをして、誰もが「幸運だった」と感じていた……と、黒獅子様は言う。
「恐らくゲオルク殿もだろう。みな、君を助けるために尽力し、最高の成果が結集したのが、本日の大法廷だ」
「幸運の重なり合いだったのですね」
「今、名前を挙げた全員が君の刺繍を持っている。こんな偶然があるだろうか?」
あーもう。
「さっきから意地悪です。まるで審問官みたいじゃないの。もう」
「君のことはなんでも知りたくなってしまうんだ。すまない。許して欲しい」
青年はハンカチを戻す。
そういえば、審問官のことで気になることがあった。
「レオナルド様が審問官を選んだというのは本当ですか?」
「ヴィクトルとは旧知でね。まさかノーマン・ノースゲートが彼に直接訴えるとは思わなかったが……魔女を絶対に有罪にするのであれば、この人選になることは想定内だった。ただ……」
「ただ……なんでしょう?」
「あの魔女狩りの男が、まさか亡国の王子だったとは。気づかなかった。私の外面の秘密なんて、かわいいものさ」
本当に、レオナルドには色々なことがあったみたい。
困難で不可能な状況のすべて。彼の挑戦が全部まるっと大成功したから、今、私はここにいる。
これって自分のために幸運を使ったことになるのかしら?
そうなればいいかもくらいのつもりでいたけれど。
真剣な眼差しでレオナルドは続けた。
「ヴィクトル・ブラックモアとは密使を通じて手紙のやりとりをしていたんだ。君の様子を知らせてくれた。魔女狩りの異端審問官の心を開き、君は味方につけたんだ。そういう意味では、魔女よりも人心掌握術に長けているかもしれない」
「魔女じゃないですからね、私は」
「わかっているさ。魔女が望むのは自分自身の幸せだけ。君はそれを他の誰かと分かち合える人だ」
分かち合える? そっか。だから、私は助かったのだ。
幸運の刺繍を贈った人が私を助けるために、その力を尽くしてくれた。
刺繍はそれに応えてくれた。
巡り巡って、今がある。
過去は大変だった。今は一安心。
だけど、これから先は――
どうなるのかしら?
だって、彼は……。
「レオナルド様は……セリア国王に即位なさらないのですか?」
「君との契約を履行するなら、それが望ましい。そういう約束だった。私は王になって国を立て直したあと、後継者に任せてのんびりだらりと暮らすつもりでいたよ」
「なぜ、大法廷の場で大司教猊下に即答なさらなかったのです?」
「君さ」
「わ、私?」
「君が望むなら私は魔王にもなろう」
「の、望みません!」
「そうか……君ならそう言うと思っていた」
青年はそっと手を差し伸べる。
「君と出会って、私は変わってしまったんだ。元々、王になりたかったわけじゃない。頂点に立つ理由も、そうしなければ国が滅ぶと考えたからだ」
「ではなおのこと、王様になってセリア王国を再建しなければならないのではありませんか?」
黒獅子様はゆっくり首を左右に振る。
「私の幸せがようやく理解できたよ。リリア……君が好きだ。心から愛している。君と離れている間、ずっと辛かった。シルバーベルクで共に過ごした時間と思い出だけが、心の支えだったんだ」
「レオナルド……様」
青年の手をとる。立ち上がった。
「だから……私は決めた。決めたよリリア」
「な、なにを……でしょうか?」
「本当に欲しかったのは玉座なんかじゃない。この国のことは兄のフィリップ・ドレイクに任せるさ」
「レオナルド様はどうなさるのです?」
「君さえ良ければ……ずっと……隣に立たせて欲しい」
言い終えるとレオナルドは私を抱き寄せて、そっと優しく唇を重ねた。
頭が真っ白になる。けど……心がほっと温かくなって、嬉しくて、自然と涙が溢れだした。
王になることよりも、彼は私を選んでくれた。
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永らく王国内でも下にみられてきた北方の領主たちは、沿岸貿易によって力を増すと、弱体化した王国から独立。
ノースゲート領とフロストヴェール領にシルバーベルク領を加えたゴルディア連合同盟国が成立した。
金鹿は緩やかな同盟を組んだまま、没落する王国を置き去りにして繁栄することとなる。
私は立場上、連合国の代表という形で今ではなんと……盟主だ。誰かのためにと働いているうちに、同盟盟主に祭り上げられてしまった。
幸い、支えてくれる仲間はたくさんできた。
連合国の国旗には、私がデザインした金鹿が刺繍されている。
旗は長く、永く棚引き、王国の歴史が幕を閉じたあとも、ずっと掲げられ続けた。
金の鹿の旗の下――
今、私の隣には――
孤独から救ってくれた愛する人が、寄り添うようにそばにいる。
「本当に良かったんですかレオナルド様?」
「もうその呼び方はよしてくれ。私はドレイク家の人間ではないんだ」
「なかなかすぐには馴れません」
レオナルドは困り顔になった。
彼はセリア王国の玉座を兄のフィリップ・ドレイクに譲り、シルバーベルク家に婿入りした。
私の旦那様にして、ゴルディア連合同盟国の宰相だ。
二人の薬指にはお揃いの金のリングがはまっている。
私も……変わった。
彼を愛してから、刺繍が与えてくれる幸運は消えてしまった。
それでも――
忙しくも充実した日々が続いている。
「ところでリリア。君のハンカチの刺繍のそれはいったい……」
「幸運を呼ぶ妖精よ」
鹿の角と蝶の羽。エプロンをして、糸巻きと針を手にした不思議な妖精を、私は縫い上げた。
もう、夢では会えなくなったけど。
これは私が刺繍を通じて、普通の幸せを手に入れた物語。
<おしまい>
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原雷火 拝




