49.愚王の最期
膝から力が抜けて、立っていられないくらい。
腰を抜かしそうになりながら、私は声をあげた。
「どういうことか説明してもらえますかレオナルド様?」
黒獅子様は私の頭をそっと優しく撫でた。
「敵を騙すには味方からというからね。審問官にヴィクトルを推薦したのは、実は私なんだよリリア」
「ええッ!?」
「彼とは旧交があって、信頼できる男だと確信していた。他の審問官では君を冤罪で貶めるかもしれなかったが、ヴィクトルなら必ず公平に見てくれる……すべて読み通りだよ」
柔らかい笑みに吸い込まれそうになった。ずっとずっと、この顔と声が恋しかったのに、いざネタばらしをする彼に……ちょっとムカつく。
子供みたいに楽しそうで、こっちは死ぬ覚悟までしたのに。もう……。
「さすがですねレオナルド様」
「ごめんねリリア。こっちも大変だったんだ。まさかギャレットが君を助けるために勝手に動くとは……今回、一番の想定外だったよ」
銀の巨人は「……若。自分もリリア様との出会いによって、変わったのです」と、引き締まった表情で返す。
帰ってきた黒獅子様は宣言した。
「リリア・シルバーベルクは魔女ではない。すべては国王エドワードによって仕組まれたものだ。調べるうちに、私は真実にたどり着いた。レオナルド・ドレイクの名をもって、今ここで……国王エドワードを兄王子ウィリアム殺害の首謀者として告発するッ!!」
青年はビシッと壇上のエドワードを指さした。
私の無実どころか、王を告発だなんて……もうめちゃくちゃね!
けど、正直に思った。
やっちゃえ。と。
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レオナルドが提出した証拠品はすべて、審問官がつつがなく受理した。
そして、決定的な証拠としてウィリアム殺害の依頼書が提出された。
幻影貿易連合に雇われた実行犯が、何かあった時には国王を脅すためにと残していたらしい。
殺害に関する計画書も残っていた。第一王子ウィリアムの馬車に仕掛けをし、事故が起こるように仕向け、自然なものに見せかける手立てが詳細に書かれたものだ。
証拠に大司教も目を通す。
「ふむ。日時だけでなく、ウィリアム王子の移動経路についてもここまで知っているとなると……」
審問官ヴィクトルが特別傍聴席のエドワードに向き直り、目を見開いた。
「陛下でしたら二つの条件……日時と経路を知っていてもおかしくはありませんね」
「そ、それはだな……というか、お前はどっちの味方なのだヴィクトル審問官!?」
「小生は正義の味方です。ああ、陛下から漏れ聞こえるはなんと醜い心音か」
呆れたようにヴィクトルは首を左右に振る。国王はあがいた。
「で、で、でっち上げだ! レオナルド! 貴様! あれだけ僕が良くしてやったっていうのに、よりにもよって今、裏切るのか!! 僕の影に隠れてばかりの人間のくせに!!」
黒獅子様はニヤリ。この表情をした時のレオナルドは……つよい。
「エドワード陛下。私は裏切ってなどおりません。最初から……見限っていただけです。ウィリアム王子殺害をずっと調査し続けていました。暗殺の条件を整えられるのは消去法にて、陛下を含む王族のどなたかしかおりません。そして、暗殺で一番利益を得られたのは、現在の玉座の主だ。まさか隣国ガーディアナにすべての証拠を隠しているなんて、思いませんでしたよ」
「違う! 知らない! 僕はなにも知らないんだ」
「だとしたら陛下は無能以下だ。本当に気づきもしない。大切なもの。素晴らしいもの。真実。真相。何一つ。目が曇っている。私がお相手して差し上げていたことにもね。グロワールリュンヌの剣技大会でも、チェスでもカードでも乗馬でも、いつだって貴男に勝ちを譲ってきた」
「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だーッ!!」
「今日、この日だけは譲れません。リリア・シルバーベルクの命が掛かったこの勝負だけは」
「うぐぐっ……どうして……絶対に……ばれるはずなんて……はうっ!」
ついにエドワードは追い詰められて、本音を吐露した。
大司教が告げる。
「今の言葉、しかとこの耳に届きました。レオナルド・ドレイクの証言と証拠は看過できぬもの。民を欺き兄を殺し国を傾けその責任を、たった一人の少女に冤罪を負わせてかぶせようというのですか? 大司教として貴殿の王権を支持することはできません」
「や、やめろ……やめろぉッ!!」
「貴殿は王にあらず」
エドワードの断末魔が響いた。
「うううあああああああああああッ!!僕がこの国の王だああああああああああああああああああっ!!」
むなしい叫びとともに、王だった者は白目を剥いて気絶した。
次の瞬間――
王妃シャーロットの甘ったるい声が響く。
「な、なんてことなの! エドワードがそんな酷いことをしていたなんて。信じられないわ! ああ、ごめんなさいリリア。これまでの非礼をお詫びするわね。どうか許してくださらないかしら」
エドワードの元からシャーロットがドレスのスカートの裾を手にして駆け下りて、私の元にやってきた。
「仲直りのハグをいたしましょう。ね? いいでしょうリリア? あたくしも騙されていたのよ!」
特別傍聴席から降りてきて、一方的にまくしたてるとシャーロットが両腕を広げた。
抱きつこうとしてきたその時――
「……触るな……たとえ王妃だろうと許さない」
巨体がそれを遮った。軽く突き飛ばされて王妃は後ろによろめきながら倒れる。
「ギャレット!? 急にどうしたの?」
「……ご無事ですか」
「え、ええ。急に抱きつかれそうになって、びっくりして動けなかったけど」
「……王妃から禍々(まがまが)しい気配を感じます。お下がりください」
騎士が腰の剣の柄に手を掛けた。
床に這ったままシャーロットが泣く。
「ううっ……ひどいわあんまりよ。エドワードに裏切られた、このあたしだって被害者なのよ」
顔を上げ、歌劇場の主演女優ばりの切なげな表情でシャーロットは傍聴席と大司教に訴えた。
「実はエドワードは機嫌が悪くなると、あたしのことをぶつのよ。顔だって腫れてしまって化粧で隠さなきゃいけなくて、怖くて……限界で……だからリリアには強く当たってしまったの。ねえ、お願い。あたしも辛かったの。エドワードが言えないことを、あたしが代わりに言ってあげないと、彼……二人きりになった時に爆発しちゃうの。だから……お願い……許して……許してよ!」
なんだか、かわいそう。
哀れだとも思うし、もしシャーロットの言葉が本当なら、エドワードに裏で暴力を振るわれて、歪んでしまったのね。
前に二人がシルバーベルクにお金の工面をしに来た時も、我慢できなくなったエドワードに、シャーロットは顔を叩かれた。
「シャーロット王妃……」
その名を口にする。と、王妃が再び私にすり寄ろうとした瞬間――
審問官の銀剣が泣く女の首筋にぴたりと吸い寄せられた。
「そこまでだ……シャーロット王妃」
「――ッ!?」
王妃の目が丸くなり、金魚みたいに口をぱくぱくさせた。ヴィクトルが小さく息を吐く。
「なるほど、そうやって女性から女性に乗り移っていたわけか」
「無礼な! すぐにその剣を収めなさい! あたしはセリア国王妃にしてガーディアナ王族なのよ?」
「黙れ」
ヴィクトルは引かなかった。誰もが息を呑む。王が失墜しても、シャーロットは隣国の王族に違いない。
セリア王国教会所属の審問官が、その首に刃を立てるのは外交問題に発展しかねなかった。
なのに――
レオナルドは動かない。
「止めなくていいのですかレオナルド様?」
「いいんだ。ようやく彼の方もこれで、決着がつく。ガーディアナには説明済みだよ」
もう! 私の知らないところでなんでもかんでも進みすぎよ!
まあ、私がいて何かお手伝いできた保証はなかったけど!!




