48.仕組まれた法廷
呼吸を整えて、断言した。
「いいえ。違います。私は魔女ではありません」
はっきりノーと意思表示する。私にできる目一杯だ。
傍聴席がざわついた。意見が割れてるみたい。さっきまで、私を有罪にしろって空気だったのに。
判事の木槌が鳴り響き、法廷を鎮めた。
大司教は国王エドワードに顔を向ける。
「国王陛下のご意見は?」
「うっ……リリア・シルバーベルクは……」
迷っているの? 私を助けたいとでもいうのかしら? それとも、ただ利用するため?
前者であればやっぱり遅すぎたし、後者なら許せない。
王妃シャーロットが鳴いた。
「陛下! 魔女を火あぶりにすべきよ! このまま生かしておけば陛下の心が操られてしまうかもしれないわ! 民衆たちも陛下の迷う姿に不安を覚えています! さあ、突きつけてあげましょう! リリア・シルバーベルクは国に滅びをもたらす魔女だって!!」
一瞬――
シャーロットの言葉に審問官ヴィクトルの片眉がピクリと反応した。
王妃の声に背中を押された国王は言う。
「わかった……残念だよリリア。君を……魔女と認定し火刑に処すことを望む」
大司教はゆっくり頷いた。
求刑は死刑。火あぶりか。
怖い。心が凍り付く。死ぬこともだけど、こんな不当な裁判で魔女に仕立て上げられたことが、悔しい。
自分に対する幸運を刺繍は運んでこない。結局、これが私の力の限界……なのね。
判事の木槌がスッと上がった。
大司教が結論を出す。
「大法廷の判決は……リリア・シルバーベルクを魔女として認定し……」
ダメだった。こちらに決定的な証拠がなく、私の普段の行いさえもヴィクトルの法廷戦術に組み込まれてしまっていた。
負けたんだ……。
目を閉じる。もう何も聞きたくない。見たくない。
自分で動いて無罪を晴らそうとすればよかったのかしら。それとも逃げてしまえば。
今のこの状況に到るまで、私は最善を尽くせなかった?
ううん、きっと……負けていたと思う。悪あがきにしか……ならなかったと思う。
木槌が振り下ろされて結審されようとしたその刹那――
大法廷の観音開きの扉が開け放たれた。
「その結審。待っていただこうか!」
真っ白になった頭の中に、懐かしい青年の声が響いた。
二つの影が入廷する。金髪碧眼の貴公子が颯爽と進み出る。
後ろに銀甲冑の巨漢の護衛騎士を従えて、青年は裁きの庭を縦断すると、被告人席の私の前に立った。
「お待たせリリア」
「もう……お、遅すぎるわよ。怖かったんだから。危うく火あぶりで死刑になるかと……思ったんだから」
「泣かないで。けど、君はずいぶんと楽観的な人だったんだね」
「な、なによ!? 悲観と悲嘆の底に沈んでたのよ!」
「いいや楽観主義者さ。私が助けに来ると信じていたようだし」
青年はマントを翻して大司教猊下に対し膝を折って一礼した。
「この裁判にはまだ、提出されていない証拠と証言がございます。どうかその振り上げた木槌を、一旦置いてはいただけないでしょうか猊下」
「ふむ。しかし……本法廷の審議はすでに……」
大司教の言葉を審問官ヴィクトルが遮った。
「よろしいではありませんか猊下。どのような証拠にせよ、すべてをつまびらかに知ることを小生も望むところです」
国王エドワードが唇を震わせている。なにか嫌な予感でもしているみたいだった。
王妃シャーロットがヒステリックな悲鳴を上げた。
「衛兵! その男をつまみ出しなさい!」
動きだそうとした衛兵に対して――
赤毛の巨体が一睨み利かせた。瞬間、誰一人動けなくなる。
「……無礼だぞ。貴様ら」
たった一言で衛兵たちはその場に釘付けだ。
レオナルドは顔を上げた。
「どうか私に発言の機会をお与えください」
大司教は白滝のような髭を撫でる。
「わかりました。しかし……ここは神聖なる大法廷。この裁判は国の行く末すら決めかねない大事なものなのです。もし、貴男の証言に嘘偽りがあれば、重い処分は免れられないでしょう」
「無論、その覚悟です。この私……レオナルド・ドレイク。もし証拠に偽りがあるならば、リリアとともに清めの炎に焼かれましょう」
思わず声が出た。
「だ、ダメよレオナルド! そんなこと! 貴男まで巻き込むなんてできないわ!」
「君は私が負ける手札で勝負をすると思っているのかい?」
黒獅子様は立ち上がった。
その口元はかすかに「ニヤリ」としていた。
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そして――
私と別れてから今日までの、レオナルドが集めた証拠の数々が提示された。
セリア王国の第一王子ウィリアム暗殺の陰謀について。
エドワードが幻影貿易連合に依頼していたことが、明るみに出た。
裁判の最後に滑り込んだのも、証人を確保するためだ。なんと黒獅子様は護衛騎士ギャレットと合流後、隣国ガーディアナにまで赴いて実行犯グループを見つけて捕まえてきたのだ。
セリア王国内でいくら証拠を探しても見つからなかったのには理由がある。
それらは幻影貿易連合の手引きによって行われ、彼らの本拠地はガーディアナ王国にあったのだから。
エドワードが王位を狙って、兄王ウィリアムを殺害した。真実はただ、それだけ。
しかも、口止めにせよなんにせよ短絡的で、本来ならエドワードの凶行はすぐにもバレてしまうほど、稚拙な計画に基づいたものだった。
これまで明るみに出なかったのは――
私がエドワードにあげた刺繍の加護が、巧妙に国王の犯罪の証拠を消していたからみたい。
今は運気が逆転している。犯罪の証拠を追うレオナルドには黒獅子の加護が味方をし、犯罪を隠そうとしたエドワードにはもう、何も残っていなかった。
傍聴席は蜂の巣をつついたみたいな騒ぎになって、記者たちがエドワード王の犯行と確定する前に飛び出した。
木槌が今日、一番多く、強く何度も打ち鳴らされる。
「静粛に! 静粛に! 静粛にッ!!」
どよめく場内でエドワード王の顔が青ざめた。
「そんな……なんで……」
バレるはずがないと、口にしかけて王は呑み込んだみたいに見えた。
レオナルドと対峙する審問官は目を細めたまま、腕を組み言葉を聞き続けると、最後にこう呟いた。
「どうやら時間を稼いだ甲斐はあったようだな、レオナルド候。それにご苦労だった弁護団の諸君。よく民の声をあれだけ集めてきたものだ」
レオナルドの後ろについて、次々資料や証人を出すサポートに徹した五人の弁護団も満足げに頷いた。
って、ちょっと……どういうことなの?
もしかして弁護側とレオナルドと……ヴィクトルまでグルだったわけ!?




