47.大法廷開幕
クライマックスなので本日は 8:10 8:20 8:30 三連続更新です
「以上の状況証拠からリリア・シルバーベルクが魔女であると判断する」
王都の大法廷にある傍聴席は立ち見がでるほど超満員。
異端審問官ヴィクトル・ブラックモアの結論に人々がざわついた。
被告人席に立たされた私に、王都の人々の容赦ない視線が浴びせかけられる。
それだけではなかった。
「王都が苦しいのは魔女のせいよ!」
「そうだそうだ! エドワード国王を恨んで呪いをかけたんだ!」
「奪った富を自分の領地の発展に使ったに違いない!」
「死刑だ! その女を死刑にしろ!」
王都が苦しいのは全部、私のせいだと言わんばかり。
傍聴席の九割九分が敵だった。
それでも――
「リリア先輩は魔女なんかじゃありません!」
「そうですわ! 決定的な証拠なんて何一つありませんもの!」
お父様の代行として身元引受人に名乗りを上げてくれた、アルヴィンとフェイリスが立ち上がり、振り返って民衆に訴える。
フェイリスは純白のストールを肩に掛け、アルヴィンの手にはまじないのお札みたいに布栞があった。
二人とも、水色兎と緑妖精犬の刺繍をお守りとして持ち込んでくれていたのね。
裁判長席で木槌がカンカンカンと鳴る。
「静粛に。お二人も座りなさい」
立派なおひげを蓄えた大司教猊下が通る声で場の一同に呼びかけた。
その隣の特別傍聴席には……国王エドワードと王妃シャーロットが並んで座る。
大司教が告げる。
「では弁護側の意見を述べてください」
アルヴィンが集めてくれた弁護団が反撃を開始した。
これが失敗に終われば、私は魔女として処されることになる。
ここにお父様はいない。もし、お父様まで王都に来てしまったら、親子揃って死刑にされかねない。
ここにあの人の姿も……ない。
今はメガネの青年が集めてくれた弁護団に委ねるしかなかった。
主任弁護人によって、シルバーベルクの人たちの嘆願の声の数々が読み上げられた。ほんの一部とされているが、署名の名簿は分厚く声の数は読み切れないほど。
みんな、私の無罪を訴えてくれていた。
「お嬢様の母親代わりをしてはや十年。母親だなんておこがましいけれど、気立ての良い優しい立派な人にお育ちになられました」
マーサさんの声だった。思わず涙が出そうになった。ぐっとこらえる。
「シルバーベルクでクレープ店を営んでおります。前に詐欺まがいというか、詐欺そのものの偽貴族の客に困らされたことがありましたが、そこを救ってくださったのがリリア様でした」
あのお店……レオナルドと一緒にたべたクレープ店はちゃんと営業が続いているのね。よかったと、安心した。
「フロストヴェール家の使用人一同より。滞在中、わたくしどものような下々の人間に対しても、礼節をもって接してくださったことを心よりお礼申し上げます。どうかまた、フェイリスお嬢様に会いにいらしてください。無実を信じております」
フロストヴェールのお屋敷には、思っていたよりも長く滞在してしまったから、たくさん助けてもらったのは私の方なのに……。
「フロストヴェールの先代当主セルダン・フロストヴェールと申します。病床に足を運んでくれてありがとうリリア。貴女の優しさに心を打たれました。アルヴィン殿の紹介の薬で、少しずつ娘の公務を手伝えるようになりつつあります。この大法廷にはエドワード陛下がいらっしゃることでしょう。リリア・シルバーベルクは魔女などではありません。どうか寛大なる裁定が下されることを、切に願っております」
フェイリスのお父様まで。私はただ、ごく普通のことをしただけなのに。
「俺のことなんてリリアさんは覚えてないかもだけど、あなたがホーリベルンに軟禁されてた時の衛兵です。つーか屋敷のメイドたちもだけど、これまでブチ込まれた魔女とは全然違うって言ってました。俺も一回しか話してないけど、そう思うんですよね」
軽ッ!
騎士ギャレットが忍び込んだ夜に、不幸にも見張り担当だった若い衛兵だ。本当に証言してくれるなんて。
あれ? けど、その証言ってどうやって弁護団にもたらされたのだろう。
視線を主任弁護士から審問官ヴィクトルに向ける。
黒髪に糸目の青年は静かに腕組みをしたまま、陳述に耳を傾けていた。身内のリークだったりすれば、もっと動揺したりもしそうなのに。
もしかして……ヴィクトルが証言を弁護側に流してる?
それからも記憶にあることからないことまで、私の印象を語る第三者たちの声が並んだ。
グロワールリュンヌ学園の教授たちや、当時の学友からの反応まであって……みんな私が魔女なわけない。むしろいい人だったとか、憧れの先輩だったとか……。
恥ずかしくなってきた。別の意味で晒し上げられて公開処刑されてる気分。
特別傍聴席のエドワードはムッと眉間にしわを寄せて厳しい表情をしてるけど、学園での私の素行についての証言には、時折、頷いてさえいた。
隣の王妃は退屈そうに、開いた扇子で口元を隠して私を冷たく睨む。
一般傍聴席も水を打ったように静かになった。
あんまりにもすんなり行きすぎてるのが怖い。ヴィクトルの罠かもしれないのだから。
主任弁護士が抜粋された中から、最後の陳述文を読み上げた。
「リリアの父のゲオルク・シルバーベルクです。今日、この場にいないことをまず最初に、深くお詫び申し上げます。娘にかけられた嫌疑はすべて、予期せぬ幸運がもたらした唯一の不幸です。決して国王陛下や王国に弓を引くものではございません。当家の発展それすなわち、王国全体の利益ともなりましょう。どうか娘の無実を陛下の手でお晴らしください。王国の裁判が公平であり、王の目が真実を見極めるものだと世に広く知らしめくださいますよう、お願い申し上げます」
お父様……。私を助けるのにエドワードを動かそうとしてる。
国王の表情が苦悶に歪む。
決定的証拠は弁護側も審問官も双方、持っていない。
審問官側が今回、私を魔女とする容疑を固めたのは、表向きにはノーマン・ノースゲートの告発がきっかけだけど……裏で決定したのは国王エドワード。
王都の衰退と反比例してシルバーベルクが栄えたこと。それがヴィクトルの出した状況証拠だった。
一度、木槌が鳴った。
判事の大司教が審問官に訊く。
「私は今の弁護側の陳述には、一定以上の説得力を感じます。リリア・シルバーベルクの素行には問題がなく、むしろ接した人々からは好印象をもたれているようです。あなたの提出した証拠は、偶然の生んだ不幸の重なりでしかないのではありませんか?」
ヴィクトルはゆっくり目を見開いた。どす黒い光の無い虹彩が、じっと大司教に返す。
「人を魅了するのが魔女なのです猊下。エドワード陛下も学園時代、彼女の人となりに惹かれてしまった。恐るべき魔女の人心掌握術といったところかと」
「審問官のあなたの率直な感想をお訊きしましょう。リリアについてどう思われましたか?」
審問官は腰に帯びた剣を鞘から引き抜いた。銀の刀身を掲げる。
「この魔を討つ銀剣に誓って申し上げる。すべての魔女を駆逐すると誓った日より、今日まで出会ったどのような魔女もリリア・シルバーベルクの前では色あせるだろう。魔女狩りの小生さえも……ほんの一瞬とはいえ信じかけてしまったのですから」
特別傍聴席のシャーロット王妃が扇子を畳んでテーブルを叩いた。
「危ないところでしたね! その女は人間の好意や善意にただ乗りする寄生虫よ! 騙されてはいけないわ!」
その一言で――
傍聴席が再び沸いた。私に対する憎悪が膨らんで弾けて罵声罵倒が酷くなる。
木槌が鳴っても声は止まらなかった。
それを黙らせたのは――
銀剣を振るって空を切り鞘に収めた審問官ヴィクトルだ。
「静粛に願おう」
傍聴席の野次が収まる。みんな、私を断じる言葉が黒髪の青年から発せられるのを待っているみたい。
「すでにシルバーベルクは取り込まれているのかもしれない。滅ぶ前の偽りの成功。魔女によって一時、国が栄えることはあれど、最後には滅びの道をたどる。魔女とは気まぐれに国一つを破壊してしまうのだ。組みするメルカート家も、その先兵と化したのかもしれない」
傍聴席のアルヴィンが立ち上がった。
「待ってください! 今回の弁護団は、ぼくが個人的にお願いしたものです!!」
「着席し口を慎むように。法廷侮辱罪の適応もある」
「うっ……」
商業の場なら無双できるアルヴィンも、ヴィクトルを相手に法の庭では身動きが取れなかった。
審問官は判事の大司教に続ける。
「メルカート商会の規模はセリア王国内にとどまらず、海外にまでも広がっている。魔女の暗躍に裏の組織はつきものだ。仮にメルカート家が支援していたとするならば……現在、ちまたで噂になりつつある犯罪組織……幻影貿易連合の動きと偶然にも合致する。偶然も三つ揃えば必然ではないだろうか?」
ここまで考えていたの!? アルヴィンとメルカート家まで巻き込むなんて……。
大司教は「わかりました」と静かに呟くと、私を見つめた。
「最後に……リリア・シルバーベルクに問います」
「はい、猊下」
「これまで出された証拠や証言は、どれも決定的なものではありません。ですが、あまりにあなたの素行が良すぎることが、かえって疑惑にもなっているのです」
完璧すぎてダメなんて、生まれて初めて言われたかも。まさか人生の瀬戸際で、そんな評価を受けるなんて皮肉よね。
「私はそこまで人間ができていません。失敗もしますし、好きなこととなれば夢中になって、他のことを放り出したりもします。きっと……私を助けたいとおもってくれた、みなさんが作った虚像なんです」
大司教は「ほう」と目を丸くすると。
「報告の内容が盛られていると自分で認めるのですか?」
「私は普通の人間ですから。今回は良いところばかりを抽出した結果なのだと思います。誰にだって、同じ文法を用いれば同じ事が起こるかと」
「ふむ」
大司教は審問官に視線を向けた。ヴィクトルは目を糸にしただけで、異義を唱えない。
もう一度、大司教が私を見る。
「貴女は……本当に魔女なのですか?」
はい、か、いいえ、か。
次の一言で私の運命が決まる。そんな予感がした。




