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46.負けられない戦いへの序曲

 エドワードは眉間にしわを寄せ、腕を組んで唸るように言う。


「今回、君が魔女であるという疑いはノーマン・ノースゲートの証言が発端だった。魔女は国を揺るがす存在。国家犯罪者だ。国王たる僕が訴えるという形になる」

「そうなのですか? 私を捕まえたのって、陛下のご意向だったのですね」

「待ってくれ。こうでもしなければ、対等に腹を割って話ができないと思って……」


 人を魔女の嫌疑で陥れて、逃げ場を無くして何が対等なのよ。

 王はまくし立てる。


「君が魔女ではなく聖女だったとする用意が、僕にはある」

「私を聖女認定ですか?」

「そうだとも。王都の荒廃は聖女の君を私が追放してしまったから。一方、幸運の女神の生まれ変わりとも言える聖女が、故郷に戻ったことでシルバーベルクは未曾有みぞうの発展を遂げた」


 結果だけみれば、そう言えなくもないけど。王は張り付いた笑みで私に告げた。


「そのことを公表し、王都の臣民に謝罪をしよう。そして、再び聖女を王都に招き王国の発展に寄与させるとね。どうだい? 君は救国の英雄になるんだ。もちろん、シルバーベルクの安寧を約束しよう。なんなら北方三領をまとめた大領主として認め、シルバーベルクを侯爵家にしたっていい」


 王妃が「与えすぎです陛下! こんな女にそこまでしてやるなんて」と抗議する。


 今更もう遅い。交渉できると思っていることが、王の傲慢ね。


 ううん、交渉でもなんでもないわよ。脅迫じゃないの。


「残念ですが陛下。もし、私を聖女として迎えても王国がかつての栄華を取り戻せるとは思えません。たった一人の人間に何ができるというのでしょう?」


 きっと、刺繍を縫ったとしても私はこの国を救えないと思う。何も宿らない空っぽの刺繍にしか、ならないから。


 王は食い下がった。


「そ、そんなことは言わず、戻ってきてくれないか……このままでは僕は君を……魔女として断じることになる」

「最終的な裁定を下すのは大法廷です。陛下ではありません」


 判事はセリア王国聖教会の大司教猊下がするのだし、国王の権限じゃない。


 シャーロットが私の顔を指さした。


「明日の担当検事は無敗の異端審問官ヴィクトル・ブラックモアよ。100%有罪で死刑よ死刑! あんたなんて死ねばいいのよ! 殺されちゃいなさい!」

「…………」


 言い返せば王妃と同じレベルに落ちる気がして、私は口を結んだまま耐えた。

 これが一国の王を支える王妃の言葉だなんて信じられない。


 王がますます目を血走らせた。


「確かに大司教は中立だ。だが、この僕が君を聖女認定し、証言すればすべてが丸く収まる。上手くいくんだ。君の命は助かって、シルバーベルク家は侯爵の地位を得る。なあ、わかってくれないか? 君が魔女と認定され、シルバーベルクが魔女の力で発展したということにだって……できるんだ」

「脅しですか?」

「脅しじゃない。事実を述べているんだよ。僕が黒といえば白かろうと黒になる。王権とはそういうものだ。領主の君の処刑が決まればシルバーベルク家は取り潰しになる。抵抗すれば軍が動く」

「そんな……」


 いくらレオナルドに鍛えてもらっていても、一地方の領地軍と王国軍では規模が違いすぎる。けど。


「王都の防衛の部隊を動かせば、他国に柔らかい横腹を晒すことになりませんか?」

「動くのは別の軍だ」


 別の……軍?


「大義名分はこっちにあるんだよ? 君が魔女と決まったら……ドレイク公爵家の精鋭部隊がシルバーベルクを攻めることになるね」

「ドレイク公爵家が動くのですか?」

「僕だってこれ以上、ドレイク家に借りは作りたくない。すぐにシルバーベルクは陥落するさ。きっとそのままレオナルドがシルバーベルク領を治めることになるだろうね。ドレイク公爵家の飛び地の領土として」


 もう無茶苦茶ね。だけど、レオナルドの父親でセリア王国の軍事を握るドレイク公爵にとって「魔女から領地を開放する戦い」は、手を伸ばすだけで簡単に掴める確実な勝利に違いない。


 王は言う。


「君がいけないんだよリリア。僕にこんな辛い決断を迫るなんて。さあ意地は張らずに、聖女になると言うんだ」


 ここで「はい」と言えば、故郷を戦乱に巻き込まないで済む。


 確実に助かる。


 だけど――


 許せない。エドワードもシャーロットも。


 いずれまた、状況が好転したところでエドワードが「気が変わった」と、シルバーベルクを陥れるかもしれない。


 私は――


 魔女になると決めた。


「お断りします。これ以上、無いようでしたら失礼します」


 私は席を立った。


「あっ! 待ってくれリリア! 話し合おう! 侯爵位だけじゃ不満なら……そうだレオナルドをくれてやる! あいつと婚姻すれば、君も立派に王家の一員だ! 公爵家だぞ!!」


 もし自分がギャレットくらい強かったら、この場でエドワードを殴り倒していたと思う。

 どうしてここでレオナルドの名前が出てくるのよ。


 彼の意思も私の意思も無視して、勝手に決めないで。


 私が部屋を出ようとすると――


 ヒステリックな女の笑い声が背後から響いた。


「あーっはっはっは! バカな女ね! 陛下がここまで譲歩して、救ってあげようとしてるのに! バーカバーカ! 死になさい魔女! あんたは明日、有罪判決を受けて魔女として死ぬのよ! ざまあぁないわね! スッキリするわ!」


 ガーディアナ王国の姫君だった人とは思えない。

 品位も礼節も教えてもらわずに育ったのかしら。


 あるのは極めてすばらしい外見だけ。


 中身は空っぽどころか悪意で満たされている。


 ようやく部屋を出る。


 足取りは重い。一つ確実なことは、明日の大法廷まで、私の身の安全は確実だということ。


 魔女の容疑者を法の庭で裁く前に、何者かによって害されるなんてことがあれば、それこそ国の恥だから。


 護衛……というか護送の兵に連れられ歩く。足取りは重い。



 監獄ではなく、城の離宮に私は身を置くことになった。警備は厳重。たった一人に百人規模の厳戒態勢だ。


 さすがにギャレットでも、この警備網を突破はできないわね。


 離宮の一室でベッドに腰掛け窓から外を見上げた。


 空は段々と燃えるような赤に染まりだす。


 あの人に……レオナルドに会いたいなと思った。


 外面の姿もいいけど、二人きりでいるときの大きな猫みたいな、ぐったりまったりした彼に膝枕してあげて、今日まであった色々なことを話して、とりとめのない言葉を交わしたかった。

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