45.エドワード王
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数日後――
私は王都に移送された。大法廷に出廷するためだ。
護送の馬車が石畳を行く。
久しぶりの王都は活気を失っていた。街を行く人々もどこか陰鬱そうで、野良猫さえも痩せ細っている。
馬車は大通りを進んで、王城のある中央区画に入った。
明日、開廷する前に、私に会いたいという人物がいるみたい。
今更なんの用かしら。
エドワード……。私の元、婚約者にしてセリア国王。
馬車を降りる。手入れもされず荒れた前庭を進み、王城内の客間に通された。
王城内を飾った調度品がごっそり無くなっている。全部外国に売り飛ばしてしまったのかしら?
衛兵が一礼して部屋の外へ。私の目の前にはエドワード王と王妃シャーロットが並んで座っていた。
エドワードは目の下がくぼんだみたいなくまを作って、目を血走らせ私をじっと睨む。
シャーロットの方はといえば、身につけた宝石はどれも小さくて、数も少ない。初めて会った時の絢爛豪華さはどこかへと消え失せていた。
端的に、率直に言って、みすぼらしい。
王が言う。
「まあ掛けたまえよリリア」
「失礼します」
促されるまま着席した。シャーロット王妃はぷいっとそっぽを向く。
国王が続けた。
「まさか元、婚約者の君に魔女の疑いが掛かるだなんてね。僕も驚いたよ」
「ご安心くださいエドワード陛下。私は無実です。もし噂通りの魔女でしたら、陛下に取り入っていますもの」
「うぐっ……いや、そのだね……」
シャーロットが口を尖らせた。
「今の陛下には取り入る価値もないと仰りたいのかしら?」
「とんでもない。陛下はすばらしい御方です。王妃のような素敵な女性の心を射止めたのですから」
お似合いの二人よね。どう考えても。
王妃が眉尻をつり上げた。
「あ、あなたなんて! 魔女に認定されて死刑よ死刑ッ!!」
すぐさまエドワードが「よすんだ君!」と、王妃を強めの口ぶりで制した。
明日、結果次第では私に死刑宣告が下される。
そんな相手の顔を見たいというだけで、王と王妃が揃ったのも変に思える。
「私を笑いものにするにしては、ギャラリーが少なくないですか?」
シャーロットがキャンキャン吠える。
「田舎貴族の行き遅れ娘が生意気だわ! 失礼すぎるわよ!」
「でしたら不敬罪で今すぐ、私を処刑なさればいいことです」
人生で一度も賭け事なんてしたことがなかった。
自分の命が掛け金になる、一世一代の大勝負。
不思議と、負ける気もしないのだけれど、ともかく今の私は怖い物知らずな精神状態だ。
死ぬも生きるも、明日どうなるか自分の力ではどうすることもできない。
もしかしたら、選択を間違ったかしら。
護衛騎士ギャレットと一緒に逃げていたら、また別の運命が待っていたかもしれないけれど。
色々あったけど、開き直ったら無敵になった。
シャーロット王妃が下唇を噛む。
「陛下! こんな女……今すぐ殺してしまいましょう! セリア王国に寄生した魔女に違いないのだもの!!」
「待つんだシャーロット。しばらく黙っていてくれないか」
「ですけど!」
「黙れと言っている」
エドワードが威圧すると、王妃は私を睨みながらしぶしぶ口を閉ざした。
再び王と相対する。
「御用件をうかがいます陛下」
「君からみて、今の王都や王宮はどうだろう?」
「かつての栄華が嘘のようです。町に活気はなく人々はくたびれ、王城の庭も荒れ放題。あと数年で廃墟になってしまいそうですね」
「率直な意見だな。事実だ。君が王都を去って以来、なにをしても上手くいかなくなったのだ。外国の要人との賭に負け、奪った領土を取り返えされたどころか、こちらの穀倉地帯を租借されてしまった」
バカの極みね。あの夜会の日、私が送った刺繍入りのハンカチを燃やしてしまったのだもの。実力以上の幸運がなくなって、エドワードの自力が王の器じゃなかったことが露呈しただけ。
王は続けた。
「国庫は底をつき、ドレイク公からの支援でなんとか国体を保っている」
「まるで公爵様が王様ですね」
「うぐぐ……まずいのだよ。このままでは僕は玉座を追われかねない。かわいそうだとはおもわないかいリリア?」
「おかわいそうに」
哀れすぎて他に言葉も出ない。
「君を王都から追放してからだ。ずっとずっと、なにをしても上手くいかない。一方、君はシルバーベルクに戻って以来、飛ぶ鳥を落とす勢いだというじゃないか?」
「堅実な領地運営を心がけただけです」
「ニシンの回遊ルートが変わって、シルバーベルクに好景気をもたらしたんだろう? 紛れもなく『幸運』だ」
「はい?」
「君は僕の見立てた通り、幸運をもたらす女神だ! 魔女だなんてとんでもない。君こそがセリア王国を救う聖女なんだよ!」
魔女の嫌疑をかけておいて、ここにきて聖女ともてはやすつもりなの?
「私は普通の地方領主に過ぎません」
「何を言っているんだリリア。北方三領は今や、シルバーベルクが中心となった一大勢力になろうとしてるじゃないか? ノースゲート家が筆頭になると思っていたのだけれど、ノーマンなんていう無能では君に勝てるわけがなかったんだ」
「まるでノーマンを私にけしかけたみたいな言い方ですね陛下」
「い、いや、ちが……違うんだ。誤解さリリア」
さっきから気易く名前を呼ばないで欲しい。嫌悪感で背筋が寒くなる。
シャーロット王妃の剥き出しの敵意の方が、まだ気が楽。
「結論を仰ってください陛下」
「取り引きをしよう。司法取引だ。僕なら君を助けることができる」
今更、何を言い出すのかしら。




