42.死神との対話
一週間、ゆったりとした時間を過ごした。
手紙を何通か書いて送った。
初日以来、顔を見せなかった審問官のヴィクトルが「失礼する」と、扉をノックして部屋に入ってきた。
彼が持ってきた布張りの箱には見覚えがある。
「フロストヴェール家からの差し入れだそうだ」
「あら、フェイリスからね」
裁縫箱だった。審問官がテーブルに置く。
「中身は先に改めさせてもらった。鋏は武器になるが……」
糸目をゆっくり開いて、暗い瞳が私を見つめる。男は続けた。
「魔女に刃物を持たせるわけにはいかないのだが、貴殿の一週間の暮らしぶりをメイドから聞いたところ……大変印象が良いとのことだ。好感を持っているとも……」
「普通にしていただけです」
「本来魔女は同性に好かれない。しかも相手は使用人だ。見下すなり、わがままを言うなりするというのだが、生活態度に悪しきところが一片もない」
逆に怪しいと詰められているみたいな気分になった。メイドたちは親切だし、良い話し相手にもなってくれてこちらこそ、良い印象しかないのに。
審問官が裁縫箱を開ける。
「このまま渡しても問題無いと判断した」
「あら、ありがとうございます。裁縫用の良い鋏が使えるのは、手芸をするのにとても助かりますから」
「……貴殿の出した手紙の内容も調べさせてもらったが、助けを求めるどころか『普段通りに暮らして欲しい』とは、どういうつもりだ?」
「文面通りです。検閲されるものですから、当たり障りの無い内容で、きちんと届いて皆を心配させないようにしたに過ぎません」
私がたしなめないと暴発しそうな人ばかりだし。
ヴィクトルは革靴で床を軽く叩く。
「にも関わらず、貴殿への返信の手紙はどれも……いや、誰もが自主的に貴殿を救おうとしている」
「救う……ですか?」
「ゲオルク・シルバーベルクは領民の証言を集めた嘆願書をまとめて教会に提出したそうだ。大法廷での証言及び証拠になるだろう。その内容について精査はこれからだが……領民たちが教会に押し寄せ一悶着あったようだ」
「ええ!? 大丈夫だったのかしら」
「領主代行のゲオルク氏が諌めて事なきを得たとの報告が上がっている。貴殿の地元での人気は、王都のエドワード王とは比べるまでもないな」
含みのある言い方だった。こうやって私の反応をつぶさに観察しているのかしら。審問官が言葉を付け足す。
「なにか領民を引きつける秘訣はあるのかね?」
「私はお父様の統治を引き継いだだけです」
「……そうか。さて、もう一つ動きがあってな。貴殿のために腕利きの法律家をアルヴィン・メルカートが集めて、弁護団を結成したそうだ」
「アルヴィン君がそんなことを!?」
「最初は保釈金で貴殿を自由にしようとしていたようだが、魔女に保釈はないのだよ。理由はわかるだろうか?」
「さあ、私にはさっぱり」
保釈させない理由なんて、知りたいとも思わない。
「魔女は権力者に寄生する。時にその力を影からふるい偽りの繁栄をもたらしもする。それで得た財貨で権力者はなんでも解決できるからな。野に放たれ、逃げおおせた魔女は宿主を食い潰し、次を探す……そうして、いくつかの国が滅んだ」
かすかに審問官の眉尻が動く。
何か、心当たりがあるみたいに見えた。
「国を滅ぼす……ですか?」
「ガーディアナ王国の南に、エクリプスティア領がある。かつては独立したエクリプスティア小王国だった。滅びの魔女と呼ばれる魔女によって、およそ十年前に滅んだのだ」
「滅びの……魔女?」
青年は小さく頷いた。
「不老不死の魔性の女だ。しかも姿や年齢を自在に変える。権力者に取り入り、取り込み、裏から支配し、飽きれば国ごと捨てるを繰り返す。背後に力ある組織が控えているのか、魔女自身がその首魁か……尻尾さえ掴めず、仮に気づいたとしてもその時には、我々が手出しできぬ地位を築いてしまう」
淡々と語ってるけど、どことなくヴィクトルが悔しそうに思えてならない。
「恐ろしい人がいるんですね」
「美しいが故に恐ろしい。傾国の美女というものだ。貴殿は……美貌のみで王を操るようには見えぬが……」
もしかして私をその「滅びの魔女」かと、警戒してたのかしら?
「どうせ私は地味ですよ」
「失礼ながら、魔女の条件に合致しないのだ」
「本当に失礼じゃないの。もう」
レオナルドは茶髪も瞳の色も褒めてくれるのに。審問官のくせして、やっぱり人を見る目がないわね。
なんて、思ってみたけど私だって自覚はある。
追放された夜、王妃になったシャーロットの隣に立たされた時のことは、生涯忘れられない。
誰から見ても美女なんて言えないけど、レオナルドが気に入ってくれているなら、私はそれだけで満足だった。
って、恥ずかしい。私ってば……。
やっぱり、ずっと会えないから寂しいのかな。考えないようにしてきたけど。
うう、このままだと彼を好きになってしまう。
私がやきもきしている間、審問官の言葉が続かない。
「あの、他には?」
「以上だが」
「ええ!? ほ、本当ですか?」
「小生の言葉を信じるも信じないも、貴殿次第だが?」
レオナルドからなにもないの? 王都にエドワードを説得しに行ったきりじゃない。
もしかして何かあったのかしら。
「レオナルド・ドレイク様のことをお教えください。あの方はシルバーベルクに領地運営を学びにいらしたのです」
「現在これといった報告はないが……貴殿に魔女の疑いが掛かったことで、ドレイク領に戻ったのではないか?」
「そ、そんな……」
「貴殿もがっかりすることはあるのだな。レオナルド・ドレイクか……調べてみよう」
「はうッ!?」
しまった。寂しくなっちゃった私のばかばかばか。
レオナルド、本当に大丈夫かしら。
私が審問官に名前を出しちゃったから、彼が立場を悪くするなんてこともあるかもしれない。
ヴィクトル・ブラックモアは目を細めた。
「貴殿は時々、小動物のように変わった声を上げるな。さて、しばらくはその裁縫箱で刺繍でもして待つといい。足りない素材などあれば、メイドに言えばどうとでもしてくれるだろう」
「私の好きにさせるのも魔女の呪いを残さないためですか?」
「無論だ。それに、貴殿の刺繍の腕は素晴らしいと聞く。加えて、刺繍のこととなると我を忘れるとも……な。普通に過ごされるよりは、何かしら反応をみたいのだよ」
「正直なんですね。そんなことを言ったら、私はへそを曲げて刺繍なんてしないかもしれないですよ?」
「それはそれで、一つの判断材料だ」
背を向けて男は部屋を出る。と、戸口に立って振り向かないまま呟いた。
「あとで調べのついた手紙はもってこさせよう」
お父様たちからの返信ね。
「ありがとうございます」
「そうだった……一つ伝え忘れていた。貴殿に遣える護衛騎士がいるとのことだが、現在、行方不明だ」
それって騎士ギャレットよね。レオナルドだけじゃなく、ギャレットまで音信不通なの!?
「ギャレットになにかあったのかしら?」
「…………ふむ。本当に心当たりはなさそうだな」
「はい?」
「目を閉じ耳を澄ませれば、心の音階が真実を囁く……貴殿はテンポこそ変われど……実に心地よい音色しか奏でないな」
訳の分からないことを言い残して、ヴィクトルは後ろ手に扉を閉めた。
残された私に出来ることは、ここでじっとしているだけ……なのかしら。
「みんな、助けようとしてくれているみたいだけど……」
テーブルの上に、フェイリスの母親の形見でもある裁縫箱が静かにたたずんでいた。




