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41.広くて大きな籠の中の小鳥

 一方的に誘拐同然で、私は屈強な男たちに腕を引っ張られる。


 白甲冑の聖騎士を止めようとしたアルヴィンは、顔を殴打されてしまった。


「先輩に触るな!」


 それでも立ち上がる彼だったけど、何度も何度も殴りつけられる。メガネのフレームひしゃげてレンズも割れて、顔も痣だらけになって……。


 殴り飛ばされたアルヴィンは壁に背中を打ってそのまま動かなくなった。


「アルヴィン君!?」

「…………」


 なんなのよ、この状況。魔女って……。


 フェイリスもすがるように異端審問官に訴えた。


「何かの間違いですわ! お姉様が魔女だなんて!」


 黒髪糸目の審問官は静かに口を開く。


「それを調べるのが小生の役目だ。異義は取り調べの後に行われる教会大法廷にて唱えるがいい」

「横暴ですわ!」

「フロストヴェールは魔女の疑いがかかった人間を庇い立てるのかね?」

「魔女ではないと申し上げておりましてよ!」

「証明できると?」

「そ、そちらこそ嫌疑を掛けるに十分な理由はありますの?」

「シルバーベルクから本来、あり得ないほどの富が次々にもたらされているという噂だ。北方の果て。辺境の地とは思えぬほどにな」

「リリアお姉様の手腕ですわ!」


 審問官がゆっくり目を見開いた。

 黒曜石の瞳がじっと、拘束された私を射貫く。


「本当だろうか?」


 冷たい眼差し。まるで自分が蛇に睨まれた蛙になったみたい。


「ええ、もちろん。当家にはなんの落ち度もありません」

「では、なおのこと手間を掛けさせないで欲しい。貴殿から彼女にも言ってやってくれないだろうか。気絶させるだけでは済まなくなる」


 ぐったりしたまま動かないアルヴィンが心配だ。

 すぐにお医者様に診せないと。

 これ以上、抵抗しても……。


 胸の奥で早まる心音を必死に隠しながら、フェイリスにいつも通りの口ぶりで告げた。


「大丈夫よ。すぐに戻ってくるから」


 この世の終わりみたいな顔でフェイリスが首をブンブン左右に振る。


「いけませんわお姉様! 何も悪い事なんてしていないのに! 不当逮捕ですわ!」

「そうよ。だから行くの。ちょっとした休暇みたいなものだもの」

「お姉様ぁ……」


 妹ちゃんを巻き込むわけにはいかない。


 もし、この場にレオナルドと護衛騎士ギャレットがいたら、聖騎士団を相手に大立ち回りになっていたかも。


 床に膝を突いて絶望するフェイリスと、沈黙を保ったまま、かすかに肩が上下して、息のあるアルヴィン。


 二人をおいたまま、私は護送の馬車に詰め込まれた。



 二日がかりで連れてこられたのはホーリーベルンという町だった。

 聖教会が誇るベルン大聖堂を中心にした、セリア王国の信仰の中心。


 立法と行政は王権だけど、司法については聖教会が担っている。


 王様って、神様に認められるから王様たり得るのよね。聖教会の影響力は大きかった。

 一つの国にとどまらず、セリア王国の周辺国はみんな聖教会を信奉している。


 そうして一つに団結することで、魔女や魔族や異教徒に立ち向かってきた。


 馬車が城塞みたいな門を抜ける。町並みはどことなく、全体的に白っぽかった。



 最悪、牢屋にでも閉じ込められるのかと覚悟していたのだけれど。


 あてがわれたのはそれなりに広い部屋だった。二階の角部屋で、窓からはベルン大聖堂の高い鐘塔が見える。


 正直、シルバーベルクの屋敷にある自室より広いし、調度品なんかも良い物だった。


 ただ、自由に外に出歩くことは許されていなかった。


 昼も夜も扉の向こうに見張りが立っている。


 窓の下を見れば、見張りの衛兵が目を光らせて侵入者も脱走者も逃さない厳重警備。


 不意に扉がノックされた。


「どうぞ」

「失礼する」


 黒髪の蛇みたいな異端審問官だった。部屋に入らず戸口に立ったままだ。


「中にお入りにならないんですか?」

「ここで結構」

「魔女の疑いが掛かっているのに、ずいぶん丁重に扱ってくださるんですね」

「魔女と確定した場合、速やかに処刑となる。生きている間の最後のいとまくらい、穏やかに過ごせるようにという配慮だ」


 それって温情なのかしら。


「ずいぶんお優しいんですね」

「皮肉かね? 事実、魔女というものは厄介でな。自分を悪いとも思わない。断じた際に、その恨みが呪いとなって残り続けることもある。牢に繋いで処刑した魔女と、丁重に扱ったのちに処刑した魔女とでは、処刑人に降りかかった呪いは雲泥の差でね」

「だから綺麗な部屋でもてなしてくださる……と?」

「ただし脱走を図れば容赦はしない。屋敷の敷地を一歩でも出れば、射手が貴殿の心臓を射貫くだろう」

「でしたら最初から、矢で撃てばよろしいではないですか?」


 男は首を左右に振った。背中側で一本に結ってまとめた長い髪が、黒猫の尻尾みたいにしなやかに揺れる。


「罪を犯したという意識がないほど、呪いは強くなるのだよ。脱走してくれた方が小生としては手間がかからない」

「自身が無罪と信じている容疑者なら、脱走することも正当な権利と考えるのではないかしら?」


 審問官が目を見開いた。

 光の無い感情の枯れ果てた瞳だ。


「噂通り頭の回る人物のようだ。まさしくその通り。くれぐれも手間をとらせないでほしいものだな」

「ご忠告、痛み入ります」


 男は「ほぅ」と息を吐く。


「貴殿は媚びぬな」

「はい?」

「魔女は男を籠絡ろうらくする術に長ける。誘惑し肉体関係をちらつかせることもしばしばだ」

「私、魔女ではないですから」

「…………」


 その場で腕組みをすると、審問官は不機嫌そうに革靴で床を数回鳴らした。


「どうかしました?」

「ノーマン・ノースゲートを知っているだろうか」

「ええ、もちろん」

「彼が勘当され行方不明になる前に、直接、小生を指名して調査の嘆願を出したのだ」

「はぁ」

「貴殿の周辺事情や王都の調査部からの情報。国王エドワードを中心とした社交の場などから、漏れ聞こえる噂を元に、調査し容疑を固めるに到った。かつて王と婚約し、王妃になったかもしれない女性だ。魔女と見抜いた王の慧眼となるかどうか……」

「…………」


 選ぶ言葉が見つからないから、沈黙で返した。


 私が疑われる理由に自覚はあるし、魔女がどういった存在かは知らないけど……刺繍の力がそれに当たるなら、やっぱり自分は魔女なのかも。


 審問官は大きく息を吐く。


「自己紹介など本来魔女にはしないのだがね。我が名はヴィクトル・ブラックモア。魔女狩りを専門とする聖教会所属の異端審問官だ。断罪率十割の死神ヴィクトルと呼ばれている」


 自分で言っておいて、審問官は眉尻を困ったように下げた。


「それはすごい異名ですね」

「この仕事に誇りを持ち、すべての魔女を葬ってきたことに多少の自負があった。が、貴殿のような者を相手にすることになるとはな」

「なにか問題でも?」

「魔女を多く見てきたからこそ、貴殿は異質なのだ。後ろ暗さがない」

「つまり、私が明るくてハキハキとしている良い人間に見えるということですね」


 男は渋々、うなずいた。


「認めざるを得ないが、印象だけであれば魔女には思えない。ひとまず状況証拠や証言を集めよう。大法廷の開廷までにはまだ時間がある。欲しいものがあれば、衛兵に言ってくれ。読みたい本などあれば、一階の書庫を見るといい。手紙も自由に出してくれて構わない。検閲はさせてもらうがな。遺書になるかもしれないのだから」


 審問官――ヴィクトル・ブラックモアは背を向けた。


「では、失礼する」


 扉が閉まる。

 ほの暗い瞳をしていても、どうやら人を見る目はあるみたいね。


 それにしても。


 部屋はほどよい広さで、ベッドもふかふか。机には筆記具が一式揃っていた。

 花瓶に花も活けてあるし、クローゼットの中には服も揃っている。


 お腹が空けばお菓子もお茶も。朝昼夜、三食きちんと食事も出るみたい。マーサさんの手料理は恋しいけど、それこそ贅沢よね。


 魔女の呪いを残させないよう、丁重に取り扱うというヴィクトルの言葉に嘘はなさそう。


 なによりも。


 ここには片付けなきゃいけない仕事の書類が、一枚もない。


 ゆっくりと背伸びをした。


「本当に休日じゃないのこれ。久しぶりにのんびりできそうね」


 日頃、ずっと回転させっぱなしだった頭を解放したら、なんだかモリモリと創作意欲が湧いてきた。


 ああ、本も読みたいかも。一階の書庫のラインナップが楽しみね。


 手紙でも書かなきゃ。アルヴィンの怪我も心配だし、私が連れて行かれたことにフェイリスが過剰な責任を感じてるだろうし。


 大丈夫って伝えて安心させないと。


 不安がないといえば嘘になるけど、今はこの独りの時間を享受することにした。

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