40.想定外の結末
空っぽの→空っぽに
ほか微調整しました
ノーマンを言葉で刺しまくったメガネ君が、笑顔で振り返る。
「これくらいでいいですかリリア先輩?」
「ちょ、ちょっと。私がやらせたみたいな言い方になってるわよ」
「え? もう少し精神的に痛めつけた方がよかったですか?」
わざとなの? わざと聞き返したの?
アルヴィンって、やっぱりドSなのかしら。
レオナルドの方がオラオラした感じがしていたけど、第一印象というか人は見た目によらないものね。
ノーマンが膝から崩れ堕ちた。
「は、はは……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」
ずっと息を潜めていたフェイリスが口を開いた。
「お姉様を侮辱したこと、謝ってくださいまし」
なんでそうなるのかしら。
「う、うるさい! ボクチンに指図するな! ちょっと顔が良くて胸がデカいだけのバカ女のくせに!」
なんだか哀れになってきた。情けをかける余地はないけど。
フェイリスも狸の戯言を聞き流す。
「もしノースゲート家が没落するようなことがあれば、北方三領の安定を欠くことになりますわ。立て直しにお姉様の力を借りるのは、そちらでしてよ?」
「そんなことになるもんか! そ、そうだ!」
何か良からぬことでも思いついたみたい。ノーマンは立ち上がって膝頭を手ではらう。
「これは詐欺事件だ! 教会に訴えれば無かったことにしてくれるはずだ! ガーディアナ王国は異教徒の国ではないからな! 同じ教会勢力の国で、エドワード王とシャーロット王妃の婚姻で両国は固い絆で結ばれているんだから!」
それで空っぽにした金庫が元に戻るわけではないわよね。
もし、本当に幻影貿易連合が関与した犯罪なら、お金はその組織に流れて、取り返しようもないでしょうし。
私は小さく咳払いを挟むと。
「教会にいったい誰を訴えるのかしら? 詐欺師はとうに姿をくらましているではありませんか?」
「だ、だったら……オマエを訴える!」
「筋違いも甚だしいわね。取り合ってもらえないんじゃないかしら」
「ううううううううるさあああああああいいいいいい! じゃあガーディアナ王家だ!」
「今回の件はガーディアナ王家こそ被害者だと思いますけど? 権利書の偽造をされてしまったのだし」
「うがあああああああああああああああああああああ!!」
素直な感想を返しただけなのに、狸男は耳まで真っ赤になった。
メガネ君と妹ちゃんが頷き合う。
「さすがリリア先輩です。普通のリアクションで相手の心を折るところ。ぼくなんて足下にも及ばないや」
「お姉様の何気ないド正論ほど、強力なものはございませんわね。基本技が全部必殺技ですわ」
なによ二人とも! さっきから私をなんだと思ってるの?
ノーマンはその場で地団駄を踏んだ。
「いいか! 覚えてろよ! 教会に告発してやるからなリリア・シルバーベルク!!」
結局、矛先が私に向いちゃったんだけど。まあ、さすがに教会もこのおバカさんの言い分なんて、まともに取り合わないわよね。
証拠の偽の権利書を握りしめ、ノーマンはのっしのっしとフロストヴェールの屋敷を出ていった。
やっと部屋の空気が落ち着いて、気を張りっぱなしだったフェイリスがふらふらとソファーに倒れ込む。
「一時はどうなるかと思いましたわ。お姉様……それにアルヴィン教官。ありがとうございます」
アルヴィンがニッコリ微笑んだ。
「休んでいる時間はありません。ほら、立ってください。余計な時間を使った分、少し急ぎで仕事をしないといけないですよフェイリスさん」
「ひいいいい! 鬼! 鬼がいましてよ!!」
ちょっとスパルタが過ぎるかも。
「ねえアルヴィン君。フェイリスの分は私ががんばるから、少し彼女を休ませてあげましょう」
「そうはいきません。フロストヴェール領を一秒でも早く安定させて、シルバーベルクに戻らないと」
灰色の瞳はさも、当然のように言う。
本当に無邪気な仔犬……なのかしら。
「ねえアルヴィン君」
「なんです先輩?」
「どうして鉱山権利書が偽物だってわかったの?」
「それはご説明した通り、所有者のガーディアナ王家が簡単に手放すものではないと知っていたからです」
「けど、契約書の紙や筆跡なんて、本物を見たことでもないと判別がつかないじゃない?」
「あれは口から出任せですよ。ただ、作りがあまりに精巧だったから幻影貿易連合じゃないかなって」
その実体は不明で、セリア王国だけでなく各国に根を張るという犯罪組織。
「詳しいのねアルヴィン君って」
「メルカート家は商家ですから。偽金や偽の証券には詳しくなりがちで、調べると最後に行き着くのは幻影貿易連合なんです」
さらりと青年は言ってのけた。
万が一にも、こんなことは無いと思うけど。
アルヴィン君自身が、幻影貿易連合の一員だったなら。
メルカート家の裏の顔……なんてことも。ノーマンを潰すために彼に近づいて、言葉巧みに騙して偽の鉱山権利書を高く売りつけた……とか。
やだ、妄想しすぎよね。
灰色の瞳が心配そうに私を見つめる。
「どうかしたんですかリリア先輩?」
「いえ、なんでもないわ」
こうして――
私たちはノーマン・ノースゲートの撃退に成功した。
その後の顛末はというと、ノーマンはノースゲート家のお金の使い込みが発覚して勘当。
グロワールリュンヌ学園からも除籍となった。
教会に訴えにも行ったみたいだけど、結果をみれば火を見るよりも明らか。
流れてきた噂だと「魔女のせいだ! あの女さえ……リリア・シルバーベルクさえいなければ、こんなことにはならなかった! アイツは魔女だ! 魔女なんだ!」って、わめいていたみたい。
この一件でノースゲート伯爵家は没落寸前。北方三領の盟主が今や、足手まといの最下位になった。
今後はシルバーベルク家が主導となって、フロストヴェール家の協力を得ながら北方をまとめあげていく流れになりそう。
あとはレオナルドが王都から戻ってくれば、比較的全部が元通り。
に、なるはずだったのだけれど。
フロストヴェールでの役目が終わろうかというところで――
教会所属の聖騎士団が屋敷を取り囲んだ。
代表っぽい黒髪糸目の痩躯の青年が、屋敷の玄関口で私に書状を突きつける。
「リリア・シルバーベルク。貴殿に魔女の疑いありとして、身柄を拘束する」
異端審問官の男は眉一つ動かさず、そう告げた。
反論の余地もなく、私……逮捕されちゃった。




