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4.二人の密約

 決断を迫られた私は――


「お断りします。今のお話も聞かなかったことします。お引き取りください」

「いいや、私の野心を聞かれた以上は共犯者になってもらうよリリア」

「好きで聞いたのではありません」

「じゃあ、どうするんだい?」

「このまま諦めて、黙って帰らないと仰るなら、今の企みをエドワード王とドレイク公爵様にお伝えします」

「君と私と、どちらの言葉を信じるか……一つ試してみるのもおもしろそうだ。おっと、私は外面だけは良くしてきたのでね。君に勝ち目はないよ」


 私にだけとびきり悪い顔をみせて、青年は楽しそうに笑う。


「と、ともかくだめです!」

「怖いのかい? それとも私では王にはなれないかな?」

「わ、わかりません。そんなこと」

「私は次男だ。公爵家とはいえ家督を継ぐ立場にはない。だから、私が一番になるにはこんな方法しかないんだよ」

「どうして……そのようなことを? 先ほどはゴロゴロ寝ていたいだなんておっしゃっていたのに」

「もちろんゴロゴロと平和に暮らすためさ。早晩、他国につけ込まれてセリア王国は滅びるよ。エドワードという男は国を守る義務を放棄し、権利にのみ固執している」

「それは……」

「君が一番良く知っているだろう。あいつに任せていては、私の人生計画が狂ってしまうんだ。王位を手にして国を再興させる。上に立つ者の責務を果たした後に、信用の足る相応の者に後を託して、私は隠居して楽に暮らしたい」


 レオナルドの表情は終始、真面目だった。


「楽とは真逆に思えますけれど」

「茨の急斜面みたいな道だから困っているんだ。私は働きたくなかった。これもウィリアムのせいだ。ウィリアムが存命ならエドワードはただの放蕩息子で済んだのに。兄王子の都合の良い事故死が偶然とは思えないね、まったく。あれだけ調べて証拠の一つも出ないんだから」


 彼は眉間にしわを寄せた。


「お調べになったのですか?」

「兄王子暗殺の容疑が固まれば、エドワードを降ろす絶好の口実にもなったのに……正直、今の私の権限では手詰まり感がいなめない」


 間接的に私も責任を追及されているみたいな気持ちになった。


 刺繍の与えた幸運がエドワードを王位に据えた。

 レオナルドにそんなつもりはなかったとしても……。


 刺繍の幸運の力が万人を幸せにできるのは、持ち主に人々の幸せを願う心があればこそ。

 自分の幸せを追求し他人を蹴落とすことになんの躊躇もない人間に、渡してしまったのは……私だ。


 青年がじっと私の顔をのぞき込む。


「もし助力してくれるなら、事を成し遂げたあとには必ず、シルバーベルク家に報いると誓うよ」

「当家は今のままで十分です」


 陰謀に加担し、破綻すればシルバーベルク領もお父様も守れない。危険な賭なんてとてもできない。


 レオナルドが言う。


「エドワードが国王直属軍を率いて、シルバーベルク領に進軍するとしてもかい?」

「えっ!?」


 直属軍といえば精鋭で、王都を守る要と聞いたことがあった。本来、絶対に動かしてはいけない戦力のはず。


「君と父君を縛り首にして、領地を王家直轄にするなんてことをするかもしれない。バカだからね」

「そんな……」


 シルバーベルク領の常備軍はもともと領内の治安維持がやっと。国王直属の軍と戦えるわけもない。


 レオナルドはピンッと人差し指を立てた。


「そこで提案だ。私をここに置くといい。エドワードはギャンブル狂いだからね。1%でも可能性があればチップが無くなるまで、賭けを続ける男だ。私が君を説得しているという状況であり続ける限り、君が戻ってくるかもという淡い期待を持って、彼は待ち続けるだろう」

「それは……そうかもしれませんけど……」


 たしかにエドワードは勝つまでやめない人だった。


「逆に、今ここで私を追い返せば可能性は0%になる。エドワードが無茶をするかもしれない。残念ながら、私の父も兄も目が曇っていてね。あちら側の人間なんだ。強行を止める権力が私にはないんだよ」


 一番にならなければ、何もできない……だからレオナルドは、危険を冒しても私に包み隠さず、すべて話したのだろう。


 このまま彼をドレイク家に帰したら、国王の軍が攻めてくるかもしれない。


 刺繍の幸運があっても……圧倒的な力の前では……。

 青年はダメ押しする。


「私を手元においておくといいことがあるぞ。君の仕事の手伝いもするし、いざとなれば私を人質にドレイク家と交渉すればいい。本当に立ちゆかなくなったら、君と父君が国外に逃げる時間くらいは稼いであげよう」

「は、はいぃ!?」


 この人は自分がどうなってもいいのかしら。楽に生きたいというのは方便に思えてきた。


「だからともに戦ってはくれないか? リリア・シルバーベルク」


 ソファーから立って、裸足のままレオナルドは私に握手を求めた。


 このままじゃ、私一人の力でシルバーベルク領は守れない。

 迷っている場合じゃない。


 最後に信じるべきは、自分自身の直感だった。

 少なくともレオナルドは……悪い人には思えなかったから。


「わかりました。その申し出……お受けします」


 私も立つとレオナルドの手をとった。


「ありがとうリリア」

「あくまで共闘するだけですから」

「ああ、十分だ」


 青年は朗らかに微笑んだ。ちょっとだけ、その顔にドキッとしたけど……。


 本当に大丈夫なのかしら。



「というわけで、しばらく領地運営の勉強をさせていただきますゲオルク殿」

「どうかおもてをあげてくださいレオナルド卿」

「レオナルドとお呼びください。ご厄介になります」


 改めてお父様に事情を説明した。嘘をついてしまったのだから、少し心苦しいけど。


 お父様がレオナルドに告げる。


「とりあえず使用人のマーサに部屋を用意させました。そちらをお使いください。あと何かありましたら遠慮無く、私に言ってください」

「ご厚意痛み入りますゲオルク殿。剣ばかり振るって参りましたので、何かと到らぬこともあると思いますが、微力を尽くします」


 うやうやしく一礼して、レオナルドはマーサに案内されて部屋へと向かった。


 二人残されて――


 お父様が私に言う。


「大貴族の子息様だというのに、丁寧で素晴らしい方じゃないか」

「え、ええ、そうですね」


 お父様、騙されてる。本当は野心家で国家転覆さえ目論んでいるのに……レオナルドの外面を取り繕う能力は、本物だった。


 ああ、これからシルバーベルク領はどうなってしまうのかしら。

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