38.真相はまだ霧の向こうだけど光が射して……
夢を見ていた。
自覚できるのも、この「夢の中にしかない森」に来るのが三度目だから。
妖精スティッチリンが私の前にふわりと現れる。
「やあリリアちゃん。久しぶりだね」
「出てきたってことは、何か私……まずいこととか、しちゃったのかしら?」
「ううん。すばらしい作品を生み出してくれたお礼に来たのさ」
嬉しそうに鹿モチーフの妖精は飛び回った。
「それって、フェイリスに贈った水色の兎のこと?」
「君自身もいたくお気に入りみたいだし、会心のできだったね」
やっぱりスティッチリンから見てもそうなんだ。
「ねえ、ええと……刺繍なのだけど、効果ってやっぱり出てしまうものなのかしら?」
私がこの力に目覚めてから、心を込めて縫った刺繍を贈った相手は三人。
理想の男性をイメージした最初の金鹿。これは当時、第二王子だったエドワードの手に渡って彼を国王に据えた。
彼が望んだ幸運が第一王子ウィリアムを死の運命に導いてしまったかもしれない曰く付き。
こんなことになるなら、あげなければよかった。
二人目はお父様。二頭目の金鹿ね。シルバーベルクにニシンの大群を呼び寄せた。
三人目はレオナルド・ドレイク。古代の遺構から金貨を発掘する幸運が舞い降りた。
スティッチリンは指揮棒みたいに縫い針を振るう。
「もちろんだよ。異性でも同性でもね! しかも刺繍は集まれば集まるほど、大きな幸運と奇跡を呼ぶんだ」
「ええッ!? そんなの聞いてないわよ!」
「あれ? そうだっけ」
そういえば、前にスティッチリンが出てきた時に、私に何か言いかけてたわよね。
「ねえ、前回、こうして夢に出てきた時なんだけど」
「あ、そうそう、最後に言いたいことがちゃんと伝わったか心配だったんだ」
「教えてちょうだい」
「うん。ええとね、キミは最初の金鹿の刺繍をエドワードに贈ったから、第一王子ウィリアムが事故にあったって考えてるんじゃないかって」
だとすれば、私の罪だ。
レオナルドはウィリアム王子の死に不信感を覚えて、色々調べたみたいだけど陰謀も暗殺の証拠も掴めなかったみたいだし。
スティッチリンはフェンシングするみたいに、虚空をシュッシュと縫い針で突いた。
「まちがいなく、君が与えた幸運はエドワードの味方をしたと思うよ。ただ、兄王子のウィリアムが王になるのを阻むのに、殺害する必要はないと思うんだ」
「どういうこと?」
「エドワードが幸運の力でウィリアムより高い評価を得て、第二王子ながら王位を受け継ぐ。それが本来、刺繍が与える幸運だから。誰かを落とすんじゃなくて、受け取った人が上がるんだよ」
「それも聞いてないわよ!」
「君とお喋りできるのは夢の中だけだからね」
「なら、もっと来てくれてもいいのに」
「ごめんねリリアちゃん。君の創造性が最大限に高まった時にしか繋がらないんだ」
水色兎の刺繍が完成したから……かしら。
「もっと教えてちょうだい。ウィリアム王子の事故の時に、エドワードにいったいどんな幸運があったの!?」
「確定じゃないけど、きっと暗殺に関する証拠のことごとくを隠蔽するのに成功したんじゃないかな?」
「つまり、本当に暗殺だったって……こと?」
夢の中だけど背筋が凍った。エドワードはダメな人だけど、心の底でほんの少しだけ……信じたかった。
そこまでする人ではないと。証拠はないけど、それさえも掴ませないように幸運が作用したから、エドワードは玉座の主でいられるんだ。
スティッチリンはその場でくるりと宙返りする。
「だからねリリアちゃん。第一王子ウィリアムの死について、キミが思い悩んだり悔やんだり責任を感じたりする必要はないんだよ」
「このままじゃ……いけないわよね。証拠とか、見つけられないのかしら?」
「エドワードはキミから取り上げた刺繍を燃やしてしまったからね。それでも、暗殺の陰謀を企てた時の幸運はまだ、生きてるんだ」
そんな……。それじゃあいくらレオナルドが調べても、証拠なんて出るわけがないじゃない。
段々と森の景色が白み始めた。ちょっと待って! まだ、訊きたいことはいっぱいあるのに!
スティッチリンが一礼する。
「そろそろ時間みたいだねリリアちゃん」
「お願い! 待って! どうすれば陰謀を暴けるの!?」
「そういう意味ではキミはもう、勝ってると思うよ」
「もったいつけないで!!」
ゆっくり頭をあげると妖精は目を細めた。
「だってレオナルドに愛されているんだもの。彼が暗殺の陰謀を調べていた時にはなかったものが、今はある。さあ、もうすぐ夜が明けるよ」
手を伸ばしてもスティッチリンの姿は遠のいて白い闇に呑まれて消えた。
んもう! こうなったら刺繍を量産して、毎晩呼び出してあげようかしら。
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数日が経った。
刺繍を縫ってスティッチリンを呼び出すもくろみは、結局上手くいかなかった。
というか、実行に移せなかった。
黒獅子様の抜けた穴埋めを私が担当して、フェイリスの公務のお手伝いに忙しかったから。
おかげでくたくた。針穴に糸を通す集中力さえ欠くくらいだし、モチーフも思い浮かばないし。
なにより、フェイリスのお母様の形見の品は、一糸たりとも無駄にはしたくなかった。
忙しくしている間も、王都に単身向かったレオナルドが心配だったけど――
彼の帰りを待つ間に、戻ってきたのは別の人物だった。
「おいオマエら! よくもやってくれたな!」
顔を真っ赤にしたノーマンがフェイリスの執務室に怒鳴り込んできた。
フロストヴェール家の家宰の制止も「うるさい黙れボクチンに意見するのかフロストヴェールを手に入れたら真っ先にクビにしてやるぞ!」と、脅して無理矢理すぎる。
ちょうど私とアルヴィンも居合わせていたのは不幸中の幸いだったかも。
フェイリスには水色兎の刺繍を贈ったのに、幸運の力は働いていないのかしら。
私がノーマンに文句の一つもつけようとすると。
「まずは落ち着いてくださいましノーマン」
領主らしく毅然とした態度で妹ちゃんが一歩、進み出た。
「これが落ち着いてもいられるか!」
「御用件をお話願えますかしら?」
「用件だぁ! 白々しい! ボクチンにたてつきやがって!」
「ハッキリ仰っていただかないと皆目見当もつきませんわね」
ノーマンの剣幕に一切動じないフェイリス。こんなに強い女の子だったかしら。
妹ちゃんの後方でメガネ君が腕組みニッコリしていた。
あっ……そっかぁ。狸のノーマンなんて相手にならないくらいの鬼と、連日やりとりをしてきたんだものね。
ひるまないフェイリスに業を煮やして狸が吠えた。
「先日王都から書面が届いたんだ! エドワード王がボクチンとオマエの婚約について、白紙にするって提案だった! あり得ない! なにをした!!」
思わず心の中で、私は両の拳を握って振り上げていた。
レオナルドがバカ王の説得に成功したんだ。
これでフロストヴェール領は安泰ね。見ればアルヴィンも静かに拳をグッと握り込んでいる。
と、思ったところで。
狸が書類の束を私たちにつきつけた。
「残念だったなバカども! じゃじゃーん! 鉱山権利書ぉ~!」
フェイリスが首を傾げた。
「なんですの? やぶからぼうに?」
「大魚が小魚を呑み込むならエドワード王は婚約白紙撤回を、撤回するってね! こんなこともあろうかと、優秀なボクチンはノースゲート伯爵家に莫大な富をもたらす異国の鉱山採掘権を、極秘ルートで購入してたんだよ! こいつを見せればエドワード王だって、お考えを改めてくれるはずだ!」
ええっ……なによそれ。想定外なんだけど。
もし、その採掘権の利権が高く評価されたら、せっかくがんばってフロストヴェール領の独立性をアピールしたのが水泡に帰してしまう。
狸は胸を張って高笑いだ。
「ぎゃーっはっはっは! これに懲りたら逆らうな! さあフェイリス! 無駄な抵抗はやめてとっとと結婚しようじゃないか! キミのお父様も早く安心したいだろう? 安心しろ。ちゃんと世継ぎは作ってやるからな!」
「うっ……」
フェイリスも言葉が出ない。それにしても、なんて下品な男なのかしら。
とにもかくにも、大変なことになってしまった。




